前世の私が邪魔して、今世の貴方を好きにはなれません!

当麻月菜

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第2章 前世の私の過ちと、今世の貴方のぬくもり

  食事を終えたフェリシア達はピクニックシートに座ったまま、お喋りに花を咲かせる。

「──それでですねロビア先生ったら、剣術の授業では女子生徒は剣を握らせないで、男子生徒の介添人をやれって指導なさるんです。しかも嫌だといえば追試を受けさせるって!だからわたくしたちは、剣の握り方すらわからないのにレモン水の作り方だけは完璧なんです。もうっ」

 頬を膨らませるディオーナは、はつらつとした若さと、若さゆえの憤りが溢れて眩しいほどに愛らしい。

 けれど、どうかその魅力的な顔は自分にではなく、再び石化したエイリットに向けてあげてほしいとフェリシアは切に思う。

「わたくしはアカデミーに通うことができなかったので、大変興味深いお話ですわ」

 ひとまずフェリシアは、ディオーナに当たり障りのない返事をして、チラリとエイリットに視線を向ける。

(これ、口下手のレベルを超えてるわ)

 とはいえ思春期まっさかりの男子に、好きな女の子とフランクに接しろというのは裸で雪山に登れと言っているようなものだろう。

 男女交際が活発だった世界で暮らしていた前世の自分でも、苦い思い出の一つや二つはあるのだから。

「そういえばフェリシア様、エイリットから教えてもらったんですが大陸語が堪能とか?」
「は、はいっ!?」

 前世の黒歴史を思い出して切ない気持ちになっていたフェリシアは、素っ頓狂な声をあげる。

 しかし今の自分は18歳の美少女。慌てふためいたところで、ディオーナにはその仕草すら魅力的に映ってしまったようだ。

「ご謙遜なさらないでくださいませ、フェリシア様。わたくし、知ってるのですよ」
「え……えっと、何をでしょうか?」
「ふふっ、大陸語で熱烈なお手紙をイクセル様に差し上げて、あのお方の心をお射止めになられたことです」
「っ……!そ、それは!!」

 なぜディオーナが、そのことを知っているのだろう。そんなものイクセルがエイリットに喋って、エイリットがディオーナに喋った以外考えられない。

(あの人ったら!余計なことをベラベラと!!)

 フェリシアは、ここにいない仮初の婚約者に恨み言を吐く。怒りのあまり、手に持っていた木製のコップを握りつぶしたくなる衝動にかられる。

 ワナワナと震えるフェリシアを、ディオーナは恋に恋する乙女の表情を浮かべて見守っていたが、急に切実なものに変わった。

「実は今日……ここに伺ったのは、フェリシア様にお願いしたいことがあったのです」
「わ、わたくしに……お、お願いですか?」
「はい。恥ずかしながら、わたくし大陸語が苦手で……このままですと両親との約束が果たせず退学しなければならないのです」
「えっと、両親とのお約束とは?」
「両親はアカデミーなど女が通う場所ではないとずっと反対してまして……でも、どうしても通いたいわたくしは”在学中に全ての単位を10番以内にする”という約束を交わして進学しました。これまでの試験は大陸語がなかったのでなんとか10番以内を保ってきたのですが、大陸語だけはどうしても苦手で……このままではわたくし……」
「退学する可能性が高い、ということかしら?」

 言いにくい言葉をフェリシアが引き継げば、ディオーナが目を潤ませてコクリと頷いた。

 これまで違和感なく過ごしてきたフェリシアだが、前世の記憶が戻ってみると、この世界はびっくりするほどの男尊女卑だ。

 そんな逆境の中、学びたいという強い志を持ってアカデミーに通うディオーナの力になってあげたい。しかしフェリシアは大陸語はからっきし。力になりたくても、それ以前の問題である。

(ニドラ、貴女の力を貸してちょうだい!)

 フェリシアは焦る気持ちを隠して、侍女に視線を向ける。セーデル家が誇る最強侍女は、心得たといわんばかりに深く頷き、口を開く。

「ディオーナ嬢、割って入ることをお許しください。実はフェリシア様は語学が堪能ではありますが、それは天性の才能でございまして、言葉を選ばずに申し上げますと”大した努力もしないくせに、なんかできちゃう系”なのです」
「なんか、できちゃう……系?」
「さようです。何度も辞書を引いたり、教本を読み込まずとも、感覚で解読されてしまう天才なのです。ですが、言い換えますと、感性でできてしまう故に人に教えることができません」
「まぁ、そうでしたの。憧れますわ」

 ディオーナから一つも疑うことなく尊敬の眼差しを受けたフェリシアはあまりに辛すぎて、もう一生見栄なんてはるもんかと心に誓う。

 それにしてもニドラの流れるように語る嘘には妙に信憑性があり、フェリシアは侍女の隠された技能をまた一つ知ってしまった。

「フェリシア様は間違いなくディオーナ嬢のお力になりたいと思っておられます。ですが、教えることが苦手ということも自覚されておられるでしょう。そこで提案なのですが、侍女であるわたくしがディオーナ嬢のお手伝いをさせていただくのはいかがでしょうか?」
「まぁ、貴女が?」
「平民のわたくしから教えを受けるのはご不快であるのは重々承知しております。ですが、わたくしはフェリシア様から直接大陸語の手ほどきを受けた身です。きっとディオーナ嬢のお力になれるでしょう」

 語っている間、ずっと無表情だったニドラは最後に慈愛の笑みを浮かべた。

 滅多に笑顔を見せない人間がたまに見せる笑顔はとても貴重で、絶大な効力を発揮する。

 それは同性同士にでも有効で、出会ってからずっと無表情だったニドラの綺麗な笑顔を見たディオーナは、あっさりと頷いた。

「是非とも、お願いしますわ」

 ぱあぁぁぁっと顔を輝かせて、ディオーナはニドラの両手を握りしめる。

 その光景をうらやまし気に見つめるエイリットに、ディオーナは残酷な言葉を吐いた。

「心強い先生と出会えて、本当に良かったです!キッシュを焼いた甲斐がありましたわ」
「あら?キッシュを焼いたのは……」

 エイリットに気があるからじゃないの?という言葉をフェリシアは飲み込んだ。

 しかし飲み込んだ言葉はニュアンスとして、ディオーナに伝わってしまった。

「え?違いますよ。エイリットの好物を用意したら、わたくしの願いを無下にはしないかなって」

 えへへっ、とディオーナは無邪気な笑みを浮かべる。ずっと石化していたエイリットが、ここで声にならない悲鳴をあげた。それなのに、

「つまりは、進級するための賄賂を自らご用意したということでしょうか?」

 言わなくていいことを口に出したニドラに、ディオーナは「はい!」と元気よく返事をしてしまう。

「……えっと、エイリットさん。なんか、ごめんなさい」
「謝るなら、僕の顔をちゃんと見て謝ってくださいよ」
「それは、無理。それだけは今は無理です。でも、ごめんなさい」

 完全に余計なことをしてしまった。

 難しい年頃の少年の心を傷つけてしまったフェリシアは、それから何度もエイリットに謝罪をしたけれど、ついぞ許しを与えてもらうことはなかった。
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