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第2章 前世の私の過ちと、今世の貴方のぬくもり
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「──……と、いうことがありまして、わたくしエイリットさんのお力になるどころか、彼の男としてのプライドを傷つけてしまいました。申し訳ございません」
場所は変わって、ここは砦内のイクセルの執務室。
大陸語を学ぶために、ディオーナとニドラは小会議室へ移動し、エイリットも課題を片付けたいという名目で二人の後ろをトコトコトコとついていった。
フェリシアも一度は3人と行動を共にしようと思った。だが、大陸語が不得手なことを隠したい気持ちと、今回の失態を他者から告げ口されるよりは自分で……という気持ちからイクセルの元に足を運び、こうして自らの失態を報告しているわけである。
報告を聞いている間ずっと、執務机に着席しているイクセルは、無言で肘を付き指を組んでいる。
対して執務机の前で起立した状態で、一連の出来事を報告しているフェリシアは、出来の悪い部下にしか見えない。
「あの、本当に申し訳ありませんでした」
長く続く沈黙に耐えきれず、フェリシアがもう一度謝罪の言葉を紡ぎ頭を深く下げれば、イクセルが堪えきれずプッと噴き出した。
「はっ、ははっ……あ、すまない。つい可笑しくってね。……駄目だ、ははっ」
一度は笑いを止めようと努力したイクセルだが、再び笑い声を上げる。しかもお二度目のほうが笑い声が大きいときたものだ。
しゅんとしていたフェリシアだが、ついムッとしてしまう。
「わたくしの報告が、そんなに面白かったでしょうか?イクセル様」
「怒らせてしまったようだね、すまない。こんなことで怯えるシアがつい可愛いくてね」
「か、可愛いかどうかはわかりませんが……そう見えたら笑ってしまうものなのですか?」
「それは、人によるな」
「……悪趣味ですね」
お咎めなしとわかった途端、フェリシアはイクセルに憎まれ口を叩く。
内心、言い過ぎたかな?と思ったが、彼の表情は不安に反して穏やかだった。
「では、ご報告は以上になりますわ。わたくしはニドラのところに──」
「それでいいのかい?」
「え?」
言葉を遮られた挙げ句、意味のわからないことを問われたフェリシアは、間抜けな声を出してしまう。感情のまま首をコテンと倒せば、イクセルは呆れたようにため息を吐いた。
「婚約者を置いて別の人のところに行こうとしているが、それでいいのかい?って私は訊いたんだ」
「あ、そういう意味でしたか」
「他にどんな意味があるんだい。またったく、貴女という人は……」
落ちこぼれ生徒に悩まされる教師のように眉間を揉むイクセルに、フェリシアは「だって」と口を尖らす。
「こんなにもお仕事に追われている状態なら、邪魔をしてはいけないと思ったんですもの」
イクセルの執務室は足の踏み場もないほどではないが、机の上に置ききれない書類がテーブルやソファにまで積み上げられている。
決済期限がいつまでなのかはわからないが、一枚一枚書類に目を通すだけでも膨大な時間がかかるだろう。
今日は何があってもニドラの傍を離れないと誓ったのは事実だ。けれど、こんな状況では、居たいと思ってしまうことが迷惑行為になるだろう。
それらを言葉を選びながらイクセルに説明すれば、次第に彼の表情から呆れが消えていく。
しかしイクセルは、フェリシアを部屋から外に出す気はなかった。
「なるほど。貴女の気遣いには感謝しましょう。ですが婚約者という立場では、少々他人行儀でしたね」
「そ、そうでしたか?」
「ええ。ですが貴女は私の婚約者となって日が浅い。ですので今回は、婚約者としての正しい振る舞いを2つ教えて差し上げます。どちらか好きな方を選んで実践してください」
「は、はぁ……」
まるで、前世で3日でリタイアした乙女ゲームみたいだなと、フェリシアは頭の隅で思いながら続きを待つ。
「1つ目は、ここ。私の膝に座って、貴女の侍女が迎えにくるのを待つ。婚約者を立たせたままでいることは私が耐えられないし、万が一誰かに見られたら私が”婚約者を大事にしない男”というレッテルを貼られてしまう」
”ここ”と言いながら、イクセルは椅子を引いて自分の太ももを叩いた。ズボン越しに細身ながらしっかりとした筋肉がついた生足がリアルに想像できて、フェリシアはへニャリとしゃがみ込む。
「だ、大丈夫か!?」
机に手をついて身を乗り出したイクセルに、フェリシアは大丈夫と言う代わりに何度もコクコクと頷く。
「あの……も、もう一つは何でしょう?」
1つ目より破廉恥なものではありませんように。心の中で必死に祈ったフェリシアだが、期待は裏切られた。
「2つ目は、私に“仕事ばかりしないで、構ってください“と言って口づけをしてください。婚約者からのおねだりを断れない私は、そうしてくれると仕事をサボる口実ができる」
最後は茶目っ気のあるウィンクで締めくくったイクセルに、フェリシアはあり得ない二者択一を突きつけられた怒りより、羞恥でワタワタすることで忙しい。
「い、いけませんわ。そんな……口づけなんてっ」
「別に今回は舌を絡ませなくていい。特別に軽いもので許してあげます」
「なっ……!!」
イクセルの卑猥な言葉に、更にフェリシアは顔を赤くする。しかし彼は無情にも「で、どちらがよろしいですか?」と詰め寄る。
追い詰められたフェリシアは、今、もっとも訊いていけない質問をイクセルに投げてしまった。
「あ、貴方はどっちがいいんですか?」
「もちろん、両方です」
「……ひぃ」
訊くんじゃなかったと後悔しても、もう遅い。何かのスイッチが入ってしまったイクセルは、椅子から立ち上がると、こちらにゆっくり歩いてくる。
「結局、私が動く羽目になるとは。悪い婚約者だ」
甘く、低く、どこか歌うように語りながら近づいてくるイクセルは、鳥肌がたつほど危険な笑みをたたえている。
「さぁ、シアおいで。痛いことはしないから」
「ま、待って。待ってくださ、あぁぁぁ」
ガクガク震えながらフェリシアは、潤んだ瞳でイクセルを縋るように見つめる。
視線を受けたイクセルは、犬歯を見せながらニヤリと笑う。これは完全にヤバい状況だ。
「……えっ、や……っ──」
もう観念するしかないと、フェリシアがぎゅっと目をつぶったその瞬間、ノックの音とともに扉が開いた。
「お待たせして申し訳ございません。帰宅の準備が整いましたのでお迎えにあがりました」
フェリシアの貞操の危機を間一髪で救ってくれたのは、侍女のニドラだった。フェリシアは、この機を逃すものかと気合で立ち上がる。
「ええ、わ、わかったわ。帰りましょう! 今すぐ帰りましょう!!」
大股でニドラの隣に立ったフェリシアは、振り返ってチラリとイクセルを見る。彼は貴族青年らしい爽やかな表情に変わっていた。
「名残惜しいですが、馬車までお送りしましょう」
「なっ……!い、いいえ、大丈夫ですわ!」
イクセルの申し出を断ったフェリシアは、ニドラの腕を引っ張って廊下に出る。
しかし扉を出る瞬間振り返り、イクセルに向けありったけの不満をぶつけるように”いー”と歯を見せてやった。
すぐさま背中に笑い声が刺さったけれど、フェリシアは振り返らずに砦を出た。
場所は変わって、ここは砦内のイクセルの執務室。
大陸語を学ぶために、ディオーナとニドラは小会議室へ移動し、エイリットも課題を片付けたいという名目で二人の後ろをトコトコトコとついていった。
フェリシアも一度は3人と行動を共にしようと思った。だが、大陸語が不得手なことを隠したい気持ちと、今回の失態を他者から告げ口されるよりは自分で……という気持ちからイクセルの元に足を運び、こうして自らの失態を報告しているわけである。
報告を聞いている間ずっと、執務机に着席しているイクセルは、無言で肘を付き指を組んでいる。
対して執務机の前で起立した状態で、一連の出来事を報告しているフェリシアは、出来の悪い部下にしか見えない。
「あの、本当に申し訳ありませんでした」
長く続く沈黙に耐えきれず、フェリシアがもう一度謝罪の言葉を紡ぎ頭を深く下げれば、イクセルが堪えきれずプッと噴き出した。
「はっ、ははっ……あ、すまない。つい可笑しくってね。……駄目だ、ははっ」
一度は笑いを止めようと努力したイクセルだが、再び笑い声を上げる。しかもお二度目のほうが笑い声が大きいときたものだ。
しゅんとしていたフェリシアだが、ついムッとしてしまう。
「わたくしの報告が、そんなに面白かったでしょうか?イクセル様」
「怒らせてしまったようだね、すまない。こんなことで怯えるシアがつい可愛いくてね」
「か、可愛いかどうかはわかりませんが……そう見えたら笑ってしまうものなのですか?」
「それは、人によるな」
「……悪趣味ですね」
お咎めなしとわかった途端、フェリシアはイクセルに憎まれ口を叩く。
内心、言い過ぎたかな?と思ったが、彼の表情は不安に反して穏やかだった。
「では、ご報告は以上になりますわ。わたくしはニドラのところに──」
「それでいいのかい?」
「え?」
言葉を遮られた挙げ句、意味のわからないことを問われたフェリシアは、間抜けな声を出してしまう。感情のまま首をコテンと倒せば、イクセルは呆れたようにため息を吐いた。
「婚約者を置いて別の人のところに行こうとしているが、それでいいのかい?って私は訊いたんだ」
「あ、そういう意味でしたか」
「他にどんな意味があるんだい。またったく、貴女という人は……」
落ちこぼれ生徒に悩まされる教師のように眉間を揉むイクセルに、フェリシアは「だって」と口を尖らす。
「こんなにもお仕事に追われている状態なら、邪魔をしてはいけないと思ったんですもの」
イクセルの執務室は足の踏み場もないほどではないが、机の上に置ききれない書類がテーブルやソファにまで積み上げられている。
決済期限がいつまでなのかはわからないが、一枚一枚書類に目を通すだけでも膨大な時間がかかるだろう。
今日は何があってもニドラの傍を離れないと誓ったのは事実だ。けれど、こんな状況では、居たいと思ってしまうことが迷惑行為になるだろう。
それらを言葉を選びながらイクセルに説明すれば、次第に彼の表情から呆れが消えていく。
しかしイクセルは、フェリシアを部屋から外に出す気はなかった。
「なるほど。貴女の気遣いには感謝しましょう。ですが婚約者という立場では、少々他人行儀でしたね」
「そ、そうでしたか?」
「ええ。ですが貴女は私の婚約者となって日が浅い。ですので今回は、婚約者としての正しい振る舞いを2つ教えて差し上げます。どちらか好きな方を選んで実践してください」
「は、はぁ……」
まるで、前世で3日でリタイアした乙女ゲームみたいだなと、フェリシアは頭の隅で思いながら続きを待つ。
「1つ目は、ここ。私の膝に座って、貴女の侍女が迎えにくるのを待つ。婚約者を立たせたままでいることは私が耐えられないし、万が一誰かに見られたら私が”婚約者を大事にしない男”というレッテルを貼られてしまう」
”ここ”と言いながら、イクセルは椅子を引いて自分の太ももを叩いた。ズボン越しに細身ながらしっかりとした筋肉がついた生足がリアルに想像できて、フェリシアはへニャリとしゃがみ込む。
「だ、大丈夫か!?」
机に手をついて身を乗り出したイクセルに、フェリシアは大丈夫と言う代わりに何度もコクコクと頷く。
「あの……も、もう一つは何でしょう?」
1つ目より破廉恥なものではありませんように。心の中で必死に祈ったフェリシアだが、期待は裏切られた。
「2つ目は、私に“仕事ばかりしないで、構ってください“と言って口づけをしてください。婚約者からのおねだりを断れない私は、そうしてくれると仕事をサボる口実ができる」
最後は茶目っ気のあるウィンクで締めくくったイクセルに、フェリシアはあり得ない二者択一を突きつけられた怒りより、羞恥でワタワタすることで忙しい。
「い、いけませんわ。そんな……口づけなんてっ」
「別に今回は舌を絡ませなくていい。特別に軽いもので許してあげます」
「なっ……!!」
イクセルの卑猥な言葉に、更にフェリシアは顔を赤くする。しかし彼は無情にも「で、どちらがよろしいですか?」と詰め寄る。
追い詰められたフェリシアは、今、もっとも訊いていけない質問をイクセルに投げてしまった。
「あ、貴方はどっちがいいんですか?」
「もちろん、両方です」
「……ひぃ」
訊くんじゃなかったと後悔しても、もう遅い。何かのスイッチが入ってしまったイクセルは、椅子から立ち上がると、こちらにゆっくり歩いてくる。
「結局、私が動く羽目になるとは。悪い婚約者だ」
甘く、低く、どこか歌うように語りながら近づいてくるイクセルは、鳥肌がたつほど危険な笑みをたたえている。
「さぁ、シアおいで。痛いことはしないから」
「ま、待って。待ってくださ、あぁぁぁ」
ガクガク震えながらフェリシアは、潤んだ瞳でイクセルを縋るように見つめる。
視線を受けたイクセルは、犬歯を見せながらニヤリと笑う。これは完全にヤバい状況だ。
「……えっ、や……っ──」
もう観念するしかないと、フェリシアがぎゅっと目をつぶったその瞬間、ノックの音とともに扉が開いた。
「お待たせして申し訳ございません。帰宅の準備が整いましたのでお迎えにあがりました」
フェリシアの貞操の危機を間一髪で救ってくれたのは、侍女のニドラだった。フェリシアは、この機を逃すものかと気合で立ち上がる。
「ええ、わ、わかったわ。帰りましょう! 今すぐ帰りましょう!!」
大股でニドラの隣に立ったフェリシアは、振り返ってチラリとイクセルを見る。彼は貴族青年らしい爽やかな表情に変わっていた。
「名残惜しいですが、馬車までお送りしましょう」
「なっ……!い、いいえ、大丈夫ですわ!」
イクセルの申し出を断ったフェリシアは、ニドラの腕を引っ張って廊下に出る。
しかし扉を出る瞬間振り返り、イクセルに向けありったけの不満をぶつけるように”いー”と歯を見せてやった。
すぐさま背中に笑い声が刺さったけれど、フェリシアは振り返らずに砦を出た。
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