21 / 44
第2章 前世の私の過ちと、今世の貴方のぬくもり
8
しおりを挟む
「もう無理です! 我慢できません!!」
一人掛けのソファに座っていたフェリシアは、突然、髪を振り乱して叫んだ。執務室にいたイクセルと部下のラルフの手がピタリと止まる。
「一体、どうしたんだい?」
「え?お、俺、なんかやらかしちゃいましたか!?」
羽ペンを持ったまま首を傾げるイクセルと、書類の束を抱えたまま右往左往するラルフ。彼らは、フェリシアが激ギレした理由がさっぱりわからない。
そんな二人にキッと眉を釣り上げたフェリシアは、勢いよく立ち上がり腰に手を当てる。
「何なのですか、この部屋はっ。一昨日からまったく、何も、ぜんぜん、変わってはいないじゃないですか!書類は全部片付けたんじゃないんですか!?」
「もちろん片付けたとも」
すかさずイクセルが口を挟んだが、それはフェリシアの怒りに火を注ぐものだった。
「全部片付けたのに、どうして一昨日より書類が増えているんですか?おかしいじゃありませんこと!?」
「え?でも、隊長の部屋から書類がなくなるほうが、おかしいんじゃ」
「おだまりなさい!」
空気を読まずに口答えをするラルフを一喝したフェリシアは、一歩イクセルに近づくとこう宣言した。
「わたくし、今日から手伝わせていただきます!!」
フェリシアが部屋の空気を震わすほどの大声を上げたのに、イクセルは首を縦に振ることはしない。
ラルフに至っては、ポカンと間抜け面をさらすだけ。その姿は寝起きの熊のようだ。
「シア、貴女の気遣いは嬉しいが、手伝ってもらうと逆に──」
「仕事が増えるとでも?」
「まぁ、そうとも言える……かもしれない、な」
言葉尻を濁すイクセルに、フェリシアは愛らしい笑みを返す。
「ご安心ください。わたくしラルフ殿よりは、貴方のお力になれますわ」
「基準がラルフなら、誰でもそう言える」
当の本人を目の前にして言うことじゃないだろう。
しかしチラッとラルフに視線を向ければ、彼はもっともらしい顔で「そうだ、そうだ」と頷いている。それでいいのか?貴方は。
などと思ったフェリシアだが、甘い香りのお花でやる気をフル充電した今、面倒なやり取りで時間を無駄にしたくない。
「ではイクセル様、婚約者からのたってのお願いです」
一度言葉を止めたフェリシアは、ツカツカとイクセルの前に立つ。そして彼の手を掴むと、今世の自分の魅力を最大限に引き出した。
「わたくし、貴方の手伝いがしたいでぇーす!」
キャピッとイクセルの手を自分の頬に添えて、甘い声を出す。アイドル顔負けのぶりっこは、どこの世界でも有効のようだった。
「ヤベ、マジでかわいい──って、痛っ!!」
鼻の下を伸ばすラルフの眉間に、インク瓶が命中した。
「ラルフ、そこの壁に頭を叩きつけて今の光景を忘れろ」
「はっ」
組織の一員であるラルフにとって上司の命令は絶対のようで、すぐさま壁に額を叩きつける。
「あ、あのっ」
「安心しろ、死にはしないし、壁は丈夫な造りになっている」
いや、大丈夫な要素が一つもない。余計不安になったフェリシアが、ラルフを止めるべく彼の元へ向かおうとしたその時、太い腕が腰にからみついた。
「さあて、卑怯な手を使った婚約者には、おしおきが必要だな」
喉の奥を震わせて笑うイクセルに、フェリシアは強気に出た。
「貴方がさっさとわたくしの要求を呑まないからじゃないですか」
「ほう」
「お怒りでしたら、甘んじてその”おしおき”とやらを受けますわ」
挑むようにイクセルと目を合わせたフェリシアは「ただし」と付け加える。
「貴方の足手まといにならなかったら、です。逆に満足いく結果になりましたら、その時はどうかお覚悟を」
フェリシアの挑発に、イクセルは乗った。
「よろしい。受けて立とうじゃないか」
かくしてフェリシアは、イクセルの執務室で前世の知識をフル活用して山積みにされた書類と格闘することになった。ラルフを助手として。
「まずは、種類ごとに書類を分けましょう。それから日付順に並べて……あ、差し替え分は、とりあえず種類ごとにこのチェストに置いてくださいませ」
「あのぉー、差し替え分ってどこを見ればいいんですか?」
「ここ。右上に印がありますでしょ?」
「あ、そっか。知らなかった」
「……ラルフ殿は見た目に反して書類作成は完璧なのですね」
「まっさかぁー、俺がそんなふうに見えますか?」
「見えたいって、願望だけはすごくあるわ」
書類と格闘すると決めてたった数分で、この作業がとてつもなく困難なものだと悟り、フェリシアは遠い目になる。
「シア、今すぐ降参するなら、おしおきは軽めのものにしてあげますよ?」
「ご冗談を」
ニヤニヤと意地悪く笑うイクセルに、フェリシアはツンとそっぽを向く。
ちょっと目測を誤っただけだ。時刻は昼前。大丈夫、時間はまだまだある。
「ラルフ殿、ひとまず貴方は、砦のどこかから空いている木箱を持ってきてくださる?そこに分類した書類を入れておきたいの」
「はっ。自分、そういうことなら得意なのでまかせてください」
力強く敬礼するラルフの姿はたくましいけれど、依頼内容は子供でもできること。けれども、フェリシアは心配でたまらない。
「寄り道しないでくださいませ。見当たらなかったら無理に探さずに、一度ここまで戻ってきてくださいね」
「はっ。自分、死ぬ気で行ってきます!」
まるで死地に向かったような顔をして、ラルフは廊下に出た。
「……大丈夫かしら」
まるで我が子のはじめてのお使いを見守る母親のような顔をするフェリシアを、イクセルは面白くなさそうな表情を浮かべて、じっと見つめていた。
一人掛けのソファに座っていたフェリシアは、突然、髪を振り乱して叫んだ。執務室にいたイクセルと部下のラルフの手がピタリと止まる。
「一体、どうしたんだい?」
「え?お、俺、なんかやらかしちゃいましたか!?」
羽ペンを持ったまま首を傾げるイクセルと、書類の束を抱えたまま右往左往するラルフ。彼らは、フェリシアが激ギレした理由がさっぱりわからない。
そんな二人にキッと眉を釣り上げたフェリシアは、勢いよく立ち上がり腰に手を当てる。
「何なのですか、この部屋はっ。一昨日からまったく、何も、ぜんぜん、変わってはいないじゃないですか!書類は全部片付けたんじゃないんですか!?」
「もちろん片付けたとも」
すかさずイクセルが口を挟んだが、それはフェリシアの怒りに火を注ぐものだった。
「全部片付けたのに、どうして一昨日より書類が増えているんですか?おかしいじゃありませんこと!?」
「え?でも、隊長の部屋から書類がなくなるほうが、おかしいんじゃ」
「おだまりなさい!」
空気を読まずに口答えをするラルフを一喝したフェリシアは、一歩イクセルに近づくとこう宣言した。
「わたくし、今日から手伝わせていただきます!!」
フェリシアが部屋の空気を震わすほどの大声を上げたのに、イクセルは首を縦に振ることはしない。
ラルフに至っては、ポカンと間抜け面をさらすだけ。その姿は寝起きの熊のようだ。
「シア、貴女の気遣いは嬉しいが、手伝ってもらうと逆に──」
「仕事が増えるとでも?」
「まぁ、そうとも言える……かもしれない、な」
言葉尻を濁すイクセルに、フェリシアは愛らしい笑みを返す。
「ご安心ください。わたくしラルフ殿よりは、貴方のお力になれますわ」
「基準がラルフなら、誰でもそう言える」
当の本人を目の前にして言うことじゃないだろう。
しかしチラッとラルフに視線を向ければ、彼はもっともらしい顔で「そうだ、そうだ」と頷いている。それでいいのか?貴方は。
などと思ったフェリシアだが、甘い香りのお花でやる気をフル充電した今、面倒なやり取りで時間を無駄にしたくない。
「ではイクセル様、婚約者からのたってのお願いです」
一度言葉を止めたフェリシアは、ツカツカとイクセルの前に立つ。そして彼の手を掴むと、今世の自分の魅力を最大限に引き出した。
「わたくし、貴方の手伝いがしたいでぇーす!」
キャピッとイクセルの手を自分の頬に添えて、甘い声を出す。アイドル顔負けのぶりっこは、どこの世界でも有効のようだった。
「ヤベ、マジでかわいい──って、痛っ!!」
鼻の下を伸ばすラルフの眉間に、インク瓶が命中した。
「ラルフ、そこの壁に頭を叩きつけて今の光景を忘れろ」
「はっ」
組織の一員であるラルフにとって上司の命令は絶対のようで、すぐさま壁に額を叩きつける。
「あ、あのっ」
「安心しろ、死にはしないし、壁は丈夫な造りになっている」
いや、大丈夫な要素が一つもない。余計不安になったフェリシアが、ラルフを止めるべく彼の元へ向かおうとしたその時、太い腕が腰にからみついた。
「さあて、卑怯な手を使った婚約者には、おしおきが必要だな」
喉の奥を震わせて笑うイクセルに、フェリシアは強気に出た。
「貴方がさっさとわたくしの要求を呑まないからじゃないですか」
「ほう」
「お怒りでしたら、甘んじてその”おしおき”とやらを受けますわ」
挑むようにイクセルと目を合わせたフェリシアは「ただし」と付け加える。
「貴方の足手まといにならなかったら、です。逆に満足いく結果になりましたら、その時はどうかお覚悟を」
フェリシアの挑発に、イクセルは乗った。
「よろしい。受けて立とうじゃないか」
かくしてフェリシアは、イクセルの執務室で前世の知識をフル活用して山積みにされた書類と格闘することになった。ラルフを助手として。
「まずは、種類ごとに書類を分けましょう。それから日付順に並べて……あ、差し替え分は、とりあえず種類ごとにこのチェストに置いてくださいませ」
「あのぉー、差し替え分ってどこを見ればいいんですか?」
「ここ。右上に印がありますでしょ?」
「あ、そっか。知らなかった」
「……ラルフ殿は見た目に反して書類作成は完璧なのですね」
「まっさかぁー、俺がそんなふうに見えますか?」
「見えたいって、願望だけはすごくあるわ」
書類と格闘すると決めてたった数分で、この作業がとてつもなく困難なものだと悟り、フェリシアは遠い目になる。
「シア、今すぐ降参するなら、おしおきは軽めのものにしてあげますよ?」
「ご冗談を」
ニヤニヤと意地悪く笑うイクセルに、フェリシアはツンとそっぽを向く。
ちょっと目測を誤っただけだ。時刻は昼前。大丈夫、時間はまだまだある。
「ラルフ殿、ひとまず貴方は、砦のどこかから空いている木箱を持ってきてくださる?そこに分類した書類を入れておきたいの」
「はっ。自分、そういうことなら得意なのでまかせてください」
力強く敬礼するラルフの姿はたくましいけれど、依頼内容は子供でもできること。けれども、フェリシアは心配でたまらない。
「寄り道しないでくださいませ。見当たらなかったら無理に探さずに、一度ここまで戻ってきてくださいね」
「はっ。自分、死ぬ気で行ってきます!」
まるで死地に向かったような顔をして、ラルフは廊下に出た。
「……大丈夫かしら」
まるで我が子のはじめてのお使いを見守る母親のような顔をするフェリシアを、イクセルは面白くなさそうな表情を浮かべて、じっと見つめていた。
131
あなたにおすすめの小説
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
2度目の結婚は貴方と
朧霧
恋愛
前世では冷たい夫と結婚してしまい子供を幸せにしたい一心で結婚生活を耐えていた私。気がついたときには異世界で「リオナ」という女性に生まれ変わっていた。6歳で記憶が蘇り悲惨な結婚生活を思い出すと今世では結婚願望すらなくなってしまうが騎士団長のレオナードに出会うことで運命が変わっていく。過去のトラウマを乗り越えて無事にリオナは前世から数えて2度目の結婚をすることになるのか?
魔法、魔術、妖精など全くありません。基本的に日常感溢れるほのぼの系作品になります。
重複投稿作品です。(小説家になろう)
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家令嬢マリオンの婚約者アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓
【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
伝える前に振られてしまった私の恋
喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
第二部:ジュディスの恋
王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。
周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。
「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」
誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。
第三章:王太子の想い
友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。
ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。
すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。
コベット国のふたりの王子たちの恋模様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる