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第2章 前世の私の過ちと、今世の貴方のぬくもり

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「もう無理です! 我慢できません!!」

 一人掛けのソファに座っていたフェリシアは、突然、髪を振り乱して叫んだ。執務室にいたイクセルと部下のラルフの手がピタリと止まる。

「一体、どうしたんだい?」
「え?お、俺、なんかやらかしちゃいましたか!?」

 羽ペンを持ったまま首を傾げるイクセルと、書類の束を抱えたまま右往左往するラルフ。彼らは、フェリシアが激ギレした理由がさっぱりわからない。

 そんな二人にキッと眉を釣り上げたフェリシアは、勢いよく立ち上がり腰に手を当てる。

「何なのですか、この部屋はっ。一昨日からまったく、何も、ぜんぜん、変わってはいないじゃないですか!書類は全部片付けたんじゃないんですか!?」
「もちろん片付けたとも」

 すかさずイクセルが口を挟んだが、それはフェリシアの怒りに火を注ぐものだった。

「全部片付けたのに、どうして一昨日より書類が増えているんですか?おかしいじゃありませんこと!?」
「え?でも、隊長の部屋から書類がなくなるほうが、おかしいんじゃ」
「おだまりなさい!」

 空気を読まずに口答えをするラルフを一喝したフェリシアは、一歩イクセルに近づくとこう宣言した。

「わたくし、今日から手伝わせていただきます!!」

 フェリシアが部屋の空気を震わすほどの大声を上げたのに、イクセルは首を縦に振ることはしない。

 ラルフに至っては、ポカンと間抜け面をさらすだけ。その姿は寝起きの熊のようだ。

「シア、貴女の気遣いは嬉しいが、手伝ってもらうと逆に──」
「仕事が増えるとでも?」
「まぁ、そうとも言える……かもしれない、な」

 言葉尻を濁すイクセルに、フェリシアは愛らしい笑みを返す。

「ご安心ください。わたくしラルフ殿よりは、貴方のお力になれますわ」
「基準がラルフなら、誰でもそう言える」

 当の本人を目の前にして言うことじゃないだろう。

 しかしチラッとラルフに視線を向ければ、彼はもっともらしい顔で「そうだ、そうだ」と頷いている。それでいいのか?貴方は。

 などと思ったフェリシアだが、甘い香りのお花でやる気をフル充電した今、面倒なやり取りで時間を無駄にしたくない。

「ではイクセル様、婚約者からのたってのお願いです」

 一度言葉を止めたフェリシアは、ツカツカとイクセルの前に立つ。そして彼の手を掴むと、今世の自分の魅力を最大限に引き出した。

「わたくし、貴方の手伝いがしたいでぇーす!」

 キャピッとイクセルの手を自分の頬に添えて、甘い声を出す。アイドル顔負けのぶりっこは、どこの世界でも有効のようだった。

「ヤベ、マジでかわいい──って、痛っ!!」

 鼻の下を伸ばすラルフの眉間に、インク瓶が命中した。

「ラルフ、そこの壁に頭を叩きつけて今の光景を忘れろ」
「はっ」

 組織の一員であるラルフにとって上司の命令は絶対のようで、すぐさま壁に額を叩きつける。

「あ、あのっ」
「安心しろ、死にはしないし、壁は丈夫な造りになっている」

 いや、大丈夫な要素が一つもない。余計不安になったフェリシアが、ラルフを止めるべく彼の元へ向かおうとしたその時、太い腕が腰にからみついた。

「さあて、卑怯な手を使った婚約者には、おしおきが必要だな」

 喉の奥を震わせて笑うイクセルに、フェリシアは強気に出た。

「貴方がさっさとわたくしの要求を呑まないからじゃないですか」
「ほう」
「お怒りでしたら、甘んじてその”おしおき”とやらを受けますわ」

 挑むようにイクセルと目を合わせたフェリシアは「ただし」と付け加える。

「貴方の足手まといにならなかったら、です。逆に満足いく結果になりましたら、その時はどうかお覚悟を」

 フェリシアの挑発に、イクセルは乗った。

「よろしい。受けて立とうじゃないか」

 かくしてフェリシアは、イクセルの執務室で前世の知識をフル活用して山積みにされた書類と格闘することになった。ラルフを助手として。


 

 
「まずは、種類ごとに書類を分けましょう。それから日付順に並べて……あ、差し替え分は、とりあえず種類ごとにこのチェストに置いてくださいませ」
「あのぉー、差し替え分ってどこを見ればいいんですか?」
「ここ。右上に印がありますでしょ?」
「あ、そっか。知らなかった」
「……ラルフ殿は見た目に反して書類作成は完璧なのですね」
「まっさかぁー、俺がそんなふうに見えますか?」
「見えたいって、願望だけはすごくあるわ」

 書類と格闘すると決めてたった数分で、この作業がとてつもなく困難なものだと悟り、フェリシアは遠い目になる。

「シア、今すぐ降参するなら、おしおきは軽めのものにしてあげますよ?」
「ご冗談を」

 ニヤニヤと意地悪く笑うイクセルに、フェリシアはツンとそっぽを向く。

 ちょっと目測を誤っただけだ。時刻は昼前。大丈夫、時間はまだまだある。

「ラルフ殿、ひとまず貴方は、砦のどこかから空いている木箱を持ってきてくださる?そこに分類した書類を入れておきたいの」
「はっ。自分、そういうことなら得意なのでまかせてください」

 力強く敬礼するラルフの姿はたくましいけれど、依頼内容は子供でもできること。けれども、フェリシアは心配でたまらない。

「寄り道しないでくださいませ。見当たらなかったら無理に探さずに、一度ここまで戻ってきてくださいね」
「はっ。自分、死ぬ気で行ってきます!」

 まるで死地に向かったような顔をして、ラルフは廊下に出た。

「……大丈夫かしら」

 まるで我が子のはじめてのお使いを見守る母親のような顔をするフェリシアを、イクセルは面白くなさそうな表情を浮かべて、じっと見つめていた。
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