前世の私が邪魔して、今世の貴方を好きにはなれません!

当麻月菜

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第2章 前世の私の過ちと、今世の貴方のぬくもり

13

「──……うぅ……っ!」

 フェリシアは足を止めて、口元を両手で押さえる。でも、嗚咽は止まらない。

 あんなに張り切って、イクセルの仕事の手伝いなんてしなければ良かった。

(そうすれば私は、可哀想なままでいられたのに)

 ラルフにあれこれと指示を出しながら、フェリシアは前世の恋人だった俊也のことで頭がいっぱいだった。

 不器用だったのは入社してすぐの頃だけ。一年もすれば、見積もりも発注書も一人で全部できるようになり、逆に新入社員をさりげなくフォローできるくらい立派になっていた。

(そのことに気づいていたのに、私は一度だって俊也を認める発言をしなかった。ごめん……ごめんなさい!)

 怖かったのだ。俊也がデキる男だと認めてしまったら、何の取り柄のない自分はあっさり捨てられてしまうかもしれないから。

 だからどんなに俊也が優秀な業績をあげようとも、ダメ出しをしてしまっていた。

 そんなズルくて醜い自分に、俊也がプロポーズなんてしてくれるわけがない。

 それに俊也は頻繁に帰省するような人じゃなかった。付き合ってから4年もの間、ママを理由にデートを断られたことはなかったし、会社を休むこともなかった。

 たまに帰省した時は必ず電話をしてくれたし、「早くリコさんに会いたい」って淋しそうな猫のスタンプを入れたメッセージだって送ってくれた。

 過去の出来事は揺るがない証拠。俊也がマザコンなんてあるわけない。

 きっとそうでも言わなきゃ、井上莉子は結婚を諦めてくれないと思ったから、咄嗟に嘘をついたのだろう。

(だからって、ママはないでしょ……ママは)

 実は多額の借金を抱えているとか、他に好きな人ができたとか。嘘なんていくらでもあったのに。

 でも俊也は、どうしても引き受けられない注文を断った時には、取引先に「嘘を吐くならもっとマシな嘘を吐け」と怒られていた。

(なら、俊也らしいと言えば、俊也らしい……か)

 フェリシアは、手のひらで頬に流れた涙を拭いながらクスリと笑う。しかしポタ、ポタ……と、髪や頬に水滴が落ちるのを感じて、空を見上げ顔をくしゃりと歪ませる。雨がとうとう降り出してしまった。

 ポタ……ポタ……と、地面に染みを作っていた大きな雨粒は、次第にザアザアと森の木々の葉を叩きつけるように降り出した。

 そんな中、全身に雨を受けてもフェリシアは立ち尽くしたまま、また涙を流す。

 気づきたくなかったけれど、気づかされてしまった真実と己の過ちから、俊也に謝りたいと切に願う。

 でも、かつての恋人にはもう二度と会えない。

 雷鳴が轟くどしゃぶりの雨の中、フェリシアは前世の自分の最後の姿を思い出す。

 看板の下敷きになった自分は直視できないくらい醜かっただろう。どうかその現場に、俊也が駆けつけていませんように。

 身勝手で大人げなかった自分のことなんて、一日も早く忘れて幸せになってほしい。でも、でも……。

「会いたいよぅ、シュン」

 あの時逃げ出さずにちゃんと向き合えていたら、違う未来があったのかもしれない。少なくとも、あんな後味の悪い終わり方ではなかったはず。

 よろよろと、おぼつかない足取りでフェリシアは再び歩き出す。

 ひたすら森の中をさまよい歩いて、どれくらい時間が過ぎただろうか。深く入り込んだ森の奥に大きな木を見つけ、その根元に腰を下ろした。

 座った拍子に髪が胸に流れてしまい、フェリシアは背中に払おうとして、ふと手を止める。

 たっぷりと水を含んだ手の中にあるそれは、黒色ではなくライムゴールド色。慣れ親しんだ、今世の髪の色。

(……何をやっているのでしょう……わたくしは)

 今の自分は四大家門が一人、フェリシア・セーデル。

 2年もの間、恋い慕っていた公爵家嫡男のお見合いの席で、彼の顔に泥を塗ってしまった罰として、期間限定で仮初の婚約者を演じている伯爵令嬢。

 父がいて、兄がいて、頼りになる侍女がいて。何の不自由もなく大切に育てられた、絵にかいたようは箱入り令嬢で、井上莉子という生を終えて、まったく違う人間に生まれ変わった。

 そうわかっていても、なぜだかこのままでは前世の記憶に飲み込まれそうになってしまう予感がして、フェリシアはぎゅっと自分を抱きしめる。

 もし飲み込まれてしまったら、自分は前世の井上莉子みたいに狡くて身勝手な人間になってしまうのだろうか。

 そんなことを考えれば考えるほど恐かった。フェリシアは、カタカタと震え始める。

 自分の意志とは無関係に歯がガチガチと音を立て、その音が更に不安を煽り、必死に震えを止めようと自分を抱く両腕に力を込めるが、震えはぜんぜん止まってくれない。

(怖い……誰か助けて!)

 自分の名を呼んで、飲み込まれそうになっている自分を引っ張りあげてほしい。

 人をさんざん傷つけておいて、そんな願いを持つなんておこがましいと呆れる自分がいる。でも、それでも──

「わたくしを……!」

 か細い声は雨音にかき消されてしまった。そう、思っていたけれど、

「シア!そこにいるのか!?」 
  
 灰色に染まった森の中で、一筋の光が差したような気がした。

 声の主は、ぬかるんだ地面をものともせずにこちらに駆けてくる。すっかり見慣れた警護隊の隊服は濡れぼそり、ダークブルーの髪は雨のせいで限りなく黒色になっている。

「イクセル様、どうして──」

 ここにいるんですか?そう問いかけようとしたけれど、あっと思った時にはもうイクセルに息もできないくらい強く抱きしめられていた。
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