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第3章 前世の私が邪魔して、今世の貴方の気持ちがわかりません
10
リアンドとアンジェリカは、ぎゃんぎゃん騒ぎながらこちらに近づいてくる。
フェリシアを抱くイクセルの腕が、強くなる。その表情は、怒りよりも焦りに近い。こんな顔、初めて見た。
「あ、あの……」
「頼むから黙ってくれ」
物理的に黙らせたかったのか、それとも少しでも我が身を隠したかったのか、イクセルはフェリシアを抱きしめたまま壁に身体を押し付ける。
密着した身体から、イクセルの気障なコロンの香りが鼻孔をくすぐり、くらくらしてしまう。
それからどれくらい時間が過ぎたのだろう。広場から歓声が上がったのを機に、イクセルは抱きしめる腕を緩めた。
「……ったく、邪魔しやがって」
顔に似合わない悪態を吐いたイクセルは、コツンとフェリシアの額に自分の額を合わせる。まるで、本当の恋人みたいに。
触れたところから波紋のように熱が全身に伝わり、フェリシアは限界を迎えて、ぎゅっと目を閉じた。
「誘っているのか?」
イクセルのからかうような、真意を確かめるような、色気を含んだ声に包まれる。これは良くない。大変よくない。
慌てて目を開けると、イクセルとしっかり目があった。
彼の青にも銀にも見える瞳は潤んでいて、フェリシアは唾をこくりと飲む。
(キス、したい)
そんな欲望が暴れだす。
たとえイクセルが拒んでも、胸倉を掴んで強引に口づけをしたい。嫌われたっていい、幻滅されたっていい。どうせ結ばれることはないのだから。
そんな自暴自棄とも言える感情を一言も言葉にしていないはずなのに、イクセルの大きな手がフェリシアの頬に触れる。
無言で目を閉じたイクセルの顔が近づき──気づいた時には唇が触れ合っていた。
それは時間にして数秒。本当に風に舞う花びらが触れたような一瞬の触れ合いだったけれど、一生忘れることができない出来事だ。
「……どうして?」
唇が離れ、じんとした痺れを全身に受けながら、フェリシアは恐る恐る尋ねる。
「貴女が嫌がらなかったので」
「っ……!」
さらりと告げたイクセルの言葉に、駄目だとわかっていても、淡い期待を抱いてしまう。
「わたくしと、こういうことを……したかったの?」
「ええ」
「本当に?」
「ええ」
「本当の本当に?」
「……疑っておられるなら、もう一度して差し上げましょうか?」
イクセルの親指が、フェリシアの唇をそっと撫でる。潤んだ目で見つめれば、蕩けそうな笑みが返ってきて、また美しい顔が近づく。
しかし、互いの唇が触れ合いそうになる直前、フェリシアがイクセルの口を手でふさいだ。
「お伺いしたいことがあります」
ゆっくりと口を覆っていた手を放してそう言えば、イクセルからジト目で睨まれた。
「……寸止めなさるくらい大事なことですか?」
「ええ、とても」
「……わかりました。どうぞ」
不満そうな顔を隠さないままイクセルに促され、フェリシアは口を開く。
「貴方は心に決めた方がいると、わたくしに言いましたが、お相手への気持ちは……その……まだ……変わらずに……」
「変わってませんよ。後にも先にも、私が愛しているのは、ただ一人です」
「っ……!」
なぜ、こんなくだらない質問をしてしまったのだろう。フェリシアは心の底から悔いた。
一瞬でも両想いになれるかもと、幻想を抱いてしまった自分があまりに愚かだ。
イクセルの気持ちは、契約を結んだ時から何一つ変わっていなかった。
自分があまりに欲求不満そうに見えたから、施しを与えたのだろうか。それともイクセルは、救いようのない遊び人で、後先考えずに口説くのを生きがいにしているのか。
どちらでもいいし、答えなんて知りたくない。イクセルが、自分を好いていないのに口づけをしたという現実は何も変わらないのだから。
「想い人がいるくせに、わたくしに口づけするなんて……貴方は最低だわ……!」
拒まなければならなかったのに、喜々と受け入れてしまった自分を棚に上げて、フェリシアは詰った。すぐさまイクセルは、半目になる。
「ほう、最低とは……言ってくれますね」
ゾッとするほど低い声で呟くイクセルは、本気で気を悪くしている。
フェリシアはイクセルの胸を押して、彼の腕から逃げ出した。
「わ、わたくし、間違ったことは……い、言ってませんわっ」
後退しながら言い返すと、イクセルは無言でフェリシアの腕を掴んだ。
「そうですね。貴女の言っていることは間違っていない。しかし、一方的に悪人に仕立てられるのは気分が悪いので、私からも一つ質問をしていいですか?」
「駄目と言っても……聞き入れてくれないくせに」
「ははっ。貴女は私のことを良くわかっている」
崖っぷちに追いつめられた恐怖にとらわれ、フェリシアの身体がカタカタと小刻みに震える。
しかしイクセルは、お構いなしにフェリシアを強く引き寄せ、こう尋ねた。
「シュンと貴女は、どういう関係だったのですか?」
フェリシアを抱くイクセルの腕が、強くなる。その表情は、怒りよりも焦りに近い。こんな顔、初めて見た。
「あ、あの……」
「頼むから黙ってくれ」
物理的に黙らせたかったのか、それとも少しでも我が身を隠したかったのか、イクセルはフェリシアを抱きしめたまま壁に身体を押し付ける。
密着した身体から、イクセルの気障なコロンの香りが鼻孔をくすぐり、くらくらしてしまう。
それからどれくらい時間が過ぎたのだろう。広場から歓声が上がったのを機に、イクセルは抱きしめる腕を緩めた。
「……ったく、邪魔しやがって」
顔に似合わない悪態を吐いたイクセルは、コツンとフェリシアの額に自分の額を合わせる。まるで、本当の恋人みたいに。
触れたところから波紋のように熱が全身に伝わり、フェリシアは限界を迎えて、ぎゅっと目を閉じた。
「誘っているのか?」
イクセルのからかうような、真意を確かめるような、色気を含んだ声に包まれる。これは良くない。大変よくない。
慌てて目を開けると、イクセルとしっかり目があった。
彼の青にも銀にも見える瞳は潤んでいて、フェリシアは唾をこくりと飲む。
(キス、したい)
そんな欲望が暴れだす。
たとえイクセルが拒んでも、胸倉を掴んで強引に口づけをしたい。嫌われたっていい、幻滅されたっていい。どうせ結ばれることはないのだから。
そんな自暴自棄とも言える感情を一言も言葉にしていないはずなのに、イクセルの大きな手がフェリシアの頬に触れる。
無言で目を閉じたイクセルの顔が近づき──気づいた時には唇が触れ合っていた。
それは時間にして数秒。本当に風に舞う花びらが触れたような一瞬の触れ合いだったけれど、一生忘れることができない出来事だ。
「……どうして?」
唇が離れ、じんとした痺れを全身に受けながら、フェリシアは恐る恐る尋ねる。
「貴女が嫌がらなかったので」
「っ……!」
さらりと告げたイクセルの言葉に、駄目だとわかっていても、淡い期待を抱いてしまう。
「わたくしと、こういうことを……したかったの?」
「ええ」
「本当に?」
「ええ」
「本当の本当に?」
「……疑っておられるなら、もう一度して差し上げましょうか?」
イクセルの親指が、フェリシアの唇をそっと撫でる。潤んだ目で見つめれば、蕩けそうな笑みが返ってきて、また美しい顔が近づく。
しかし、互いの唇が触れ合いそうになる直前、フェリシアがイクセルの口を手でふさいだ。
「お伺いしたいことがあります」
ゆっくりと口を覆っていた手を放してそう言えば、イクセルからジト目で睨まれた。
「……寸止めなさるくらい大事なことですか?」
「ええ、とても」
「……わかりました。どうぞ」
不満そうな顔を隠さないままイクセルに促され、フェリシアは口を開く。
「貴方は心に決めた方がいると、わたくしに言いましたが、お相手への気持ちは……その……まだ……変わらずに……」
「変わってませんよ。後にも先にも、私が愛しているのは、ただ一人です」
「っ……!」
なぜ、こんなくだらない質問をしてしまったのだろう。フェリシアは心の底から悔いた。
一瞬でも両想いになれるかもと、幻想を抱いてしまった自分があまりに愚かだ。
イクセルの気持ちは、契約を結んだ時から何一つ変わっていなかった。
自分があまりに欲求不満そうに見えたから、施しを与えたのだろうか。それともイクセルは、救いようのない遊び人で、後先考えずに口説くのを生きがいにしているのか。
どちらでもいいし、答えなんて知りたくない。イクセルが、自分を好いていないのに口づけをしたという現実は何も変わらないのだから。
「想い人がいるくせに、わたくしに口づけするなんて……貴方は最低だわ……!」
拒まなければならなかったのに、喜々と受け入れてしまった自分を棚に上げて、フェリシアは詰った。すぐさまイクセルは、半目になる。
「ほう、最低とは……言ってくれますね」
ゾッとするほど低い声で呟くイクセルは、本気で気を悪くしている。
フェリシアはイクセルの胸を押して、彼の腕から逃げ出した。
「わ、わたくし、間違ったことは……い、言ってませんわっ」
後退しながら言い返すと、イクセルは無言でフェリシアの腕を掴んだ。
「そうですね。貴女の言っていることは間違っていない。しかし、一方的に悪人に仕立てられるのは気分が悪いので、私からも一つ質問をしていいですか?」
「駄目と言っても……聞き入れてくれないくせに」
「ははっ。貴女は私のことを良くわかっている」
崖っぷちに追いつめられた恐怖にとらわれ、フェリシアの身体がカタカタと小刻みに震える。
しかしイクセルは、お構いなしにフェリシアを強く引き寄せ、こう尋ねた。
「シュンと貴女は、どういう関係だったのですか?」
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