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一部 復讐という名の結婚をしますが……何か?
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花嫁と言うのは大抵、白粉と緊張のせいで顔が普段よりも青ざめて見える。
けれど式が近づくにつれて、だんだんと頬に熱を帯びて、もっとも美しい顔色になると言われている。
けれど、佳蓮は挙式まであと1時間もないというのに、顔色は紙のように白いままだった。
そして花嫁とは思えないほど、うんざりとした表情のままこんなことを呟いた。
「一回しか着ないのに、こんなに豪勢なもを作るのってさぁ、どう考えても無駄だと思うんだけど」
佳蓮は今、鏡台に座っている。
いや正確に言うと、鏡台に両肘を付いて、なんとこさ背もたれの無い椅子に腰かけている状態だった。
そして鏡越しにリュリュとルシフォーネが見える。二人は、それこそ鏡合わせのように困惑した表情を浮かべていた。
本日はご存知の通り、皇帝陛下の結婚式。
そしてそのお相手は、異世界から召喚した少女───佳蓮。
なので佳蓮は今、花嫁衣裳を身に付けている。
メルギオス帝国全ての裁縫技術を集結したような絢爛豪華な純白のドレスを。
腰をキュッと絞って大きく広がるデザインのドレスには、隙間なく銀糸で刺繍が施され、しかも真珠まで縫い付けられている。
はっきり言って座っているだけでも、かなり重苦しい。
そして豪華な衣装を身に付けても、年頃の女の子のように浮き立つどころか貧乏くさい悪態を付く佳蓮は、式も始まっていないのにもう疲労困憊だったりする。
なにせ陽も登らぬうちから叩き起こされ、変な香りのする風呂に叩き込まれ、そして何時間もかけて髪を乾かし整え、着付けをしたのだ。ルシフォーネとリュリュの二人がかりで。
ちなみに佳蓮が鏡台から動かないのは、魔法のように変身した自分の姿を見入っているわけではない。
単に疲れ切って、ここから立ち上がる気力がないだけなのだ。
そして、これからこの重たいドレスを着て式に臨むことを想像するだけで、気が滅入る。
「あー……」
佳蓮は深々と溜息を吐いた。
それに見かねたのかどうかはわからないけれど、リュリュが困った表情のまま口を開いた。
「ですがカレンさま、こういうものは2回着るものでもございません」
「まぁ確かにそうなんだけどね」
半分以上納得していない佳蓮だけれど、また一から着付けし直すのは勘弁願いたいので、これ以上ドレスのことでいちゃもんを付けるのは止めにする。
ただ、と、佳蓮は鏡に映る自分の姿を見て思うことがある。
それはこの髪型だった。
胸まである髪は普段は櫛を通した後は下ろしたままだけれど、今日は丁寧に結い上げられている。ただし髪飾りは一つもない。花も一輪も刺していない。
それにはきちんと理由がある。そして、それがかなり佳蓮を不安にさせていることでもある。
「王冠落としたらやっぱりマズいよねぇ……」
皇帝陛下の結婚式は、そこら辺の男女のそれとは違う。
花嫁は皇族の仲間入りをするということでもある。だからこの式は、花嫁の戴冠式でもあるのだ。
戴冠式───つまり冠を頭に乗せるということ。
そしてそれは物凄く重いらしい。
本来なら予行演習なんかがあったりもするのだが、佳蓮は誰がやるかと跳ね除けた。そしてアルビスも咎めることはしなかった。
けれどいざ当日になれば、やはり緊張してしまうのは致し方ない。
そして万が一落として壊したら弁償しなければならないのだろか。それとも、それを理由に何かしらの要求をされるのではないだろうか。
そんな不安を覚えながら若干狼狽えている佳蓮に、ルシフォーネはほんの少しだけ表情を厳しいものに変えた。
「マズいどころではありません、カレンさま。絶対にそれだけはやめてくださいませ」
「う……うん。多分、うん。頑張る」
「多分では困ります。とにかく身体を真っ直ぐにして受け止めてください。退出するまでの辛抱です。こればっかりはお助けすることはできませんので、所謂、気合というもので乗り切ってくださいませ」
「……はぁい」
嫌々感を丸出しにして佳蓮は返事をした。
すぐさまルシフォーネが口を開こうとしたけれど、結局それは言葉にすることはなく、ぐっと飲み込んだ。
代わりにリュリュとルシフォーネは、テキパキと小物類を片づけを始めることにする。
そんな無駄のない動きを見せる二人をぼんやりと見つめながら、佳蓮はぽつりと呟いた。
「……あの男の子は元気かなぁ」
佳蓮が何気なく口にしたのは、この世界で唯一、初対面で会話のキャッチボールができた少年。
そして今は宮殿の塔にある牢屋に入れられているらしい───ロタのことだった。
残念ながら佳蓮は真冬に水堀を泳ぐという前代未聞の経験をした後、一度もロタの顔を見ていない。
なぜなら佳蓮は宮殿に来てすぐに、また熱を出してしまったから。そしてものの見事に寝込んでしまった。
そんでもって体調が良くなった途端、すぐさま挙式という流れになってしまったから。
ただその間に、色んなことが起こった。
例えば愛人集団ならぬ皇后候補の人数が減ったりだとか、セリオスが還俗して宰相の地位にに付いたりとか、宮殿のお偉いさん達とかつての皇后候補の一人の首が撥ねられたりとか。
その全てを佳蓮は、ベッドの中でルシフォーネから聞いた。
けれど佳蓮にとって全てが他人事だった。それよりリュリュとロタが無事だったことの方が大事だった。
と言いつつも、まぁ多少は思うことはある。
セリオスはやっぱりエセ聖職者だったのかとか。愛人集団が全員いなくならなくてよかったとか。
特に後半は本当に、本気で、胸を撫でおろした。
なぜなら佳蓮は成り行き上、聖皇后にはなるけれど跡継ぎを産む予定もないし、そんな気もない。
アルビスの世継ぎは、愛人の誰か産めば良いと思っている。
それに佳蓮が聖皇后になるというのに、皇后候補達が宮殿に残るのは、そういう為だということなのだろう。
一度しか会ってはいないけれど、皆、美女と言う名に相応しい人たちだった。きっと夜伽も上手にこなしてくれるはず。
佳蓮は何なら今日の夜からどうぞ、そのまま愛人たちとお過ごしくださいと嫌味なく念じてみる。
それが伝わったかどうかはわからない……が、背後から突然、男の声がした。
「結婚式当日に他の男に気持ちを向けるのは感心しないな、カレン」
音もなく部屋に入室したのは花婿であるアルビスだった。
けれど式が近づくにつれて、だんだんと頬に熱を帯びて、もっとも美しい顔色になると言われている。
けれど、佳蓮は挙式まであと1時間もないというのに、顔色は紙のように白いままだった。
そして花嫁とは思えないほど、うんざりとした表情のままこんなことを呟いた。
「一回しか着ないのに、こんなに豪勢なもを作るのってさぁ、どう考えても無駄だと思うんだけど」
佳蓮は今、鏡台に座っている。
いや正確に言うと、鏡台に両肘を付いて、なんとこさ背もたれの無い椅子に腰かけている状態だった。
そして鏡越しにリュリュとルシフォーネが見える。二人は、それこそ鏡合わせのように困惑した表情を浮かべていた。
本日はご存知の通り、皇帝陛下の結婚式。
そしてそのお相手は、異世界から召喚した少女───佳蓮。
なので佳蓮は今、花嫁衣裳を身に付けている。
メルギオス帝国全ての裁縫技術を集結したような絢爛豪華な純白のドレスを。
腰をキュッと絞って大きく広がるデザインのドレスには、隙間なく銀糸で刺繍が施され、しかも真珠まで縫い付けられている。
はっきり言って座っているだけでも、かなり重苦しい。
そして豪華な衣装を身に付けても、年頃の女の子のように浮き立つどころか貧乏くさい悪態を付く佳蓮は、式も始まっていないのにもう疲労困憊だったりする。
なにせ陽も登らぬうちから叩き起こされ、変な香りのする風呂に叩き込まれ、そして何時間もかけて髪を乾かし整え、着付けをしたのだ。ルシフォーネとリュリュの二人がかりで。
ちなみに佳蓮が鏡台から動かないのは、魔法のように変身した自分の姿を見入っているわけではない。
単に疲れ切って、ここから立ち上がる気力がないだけなのだ。
そして、これからこの重たいドレスを着て式に臨むことを想像するだけで、気が滅入る。
「あー……」
佳蓮は深々と溜息を吐いた。
それに見かねたのかどうかはわからないけれど、リュリュが困った表情のまま口を開いた。
「ですがカレンさま、こういうものは2回着るものでもございません」
「まぁ確かにそうなんだけどね」
半分以上納得していない佳蓮だけれど、また一から着付けし直すのは勘弁願いたいので、これ以上ドレスのことでいちゃもんを付けるのは止めにする。
ただ、と、佳蓮は鏡に映る自分の姿を見て思うことがある。
それはこの髪型だった。
胸まである髪は普段は櫛を通した後は下ろしたままだけれど、今日は丁寧に結い上げられている。ただし髪飾りは一つもない。花も一輪も刺していない。
それにはきちんと理由がある。そして、それがかなり佳蓮を不安にさせていることでもある。
「王冠落としたらやっぱりマズいよねぇ……」
皇帝陛下の結婚式は、そこら辺の男女のそれとは違う。
花嫁は皇族の仲間入りをするということでもある。だからこの式は、花嫁の戴冠式でもあるのだ。
戴冠式───つまり冠を頭に乗せるということ。
そしてそれは物凄く重いらしい。
本来なら予行演習なんかがあったりもするのだが、佳蓮は誰がやるかと跳ね除けた。そしてアルビスも咎めることはしなかった。
けれどいざ当日になれば、やはり緊張してしまうのは致し方ない。
そして万が一落として壊したら弁償しなければならないのだろか。それとも、それを理由に何かしらの要求をされるのではないだろうか。
そんな不安を覚えながら若干狼狽えている佳蓮に、ルシフォーネはほんの少しだけ表情を厳しいものに変えた。
「マズいどころではありません、カレンさま。絶対にそれだけはやめてくださいませ」
「う……うん。多分、うん。頑張る」
「多分では困ります。とにかく身体を真っ直ぐにして受け止めてください。退出するまでの辛抱です。こればっかりはお助けすることはできませんので、所謂、気合というもので乗り切ってくださいませ」
「……はぁい」
嫌々感を丸出しにして佳蓮は返事をした。
すぐさまルシフォーネが口を開こうとしたけれど、結局それは言葉にすることはなく、ぐっと飲み込んだ。
代わりにリュリュとルシフォーネは、テキパキと小物類を片づけを始めることにする。
そんな無駄のない動きを見せる二人をぼんやりと見つめながら、佳蓮はぽつりと呟いた。
「……あの男の子は元気かなぁ」
佳蓮が何気なく口にしたのは、この世界で唯一、初対面で会話のキャッチボールができた少年。
そして今は宮殿の塔にある牢屋に入れられているらしい───ロタのことだった。
残念ながら佳蓮は真冬に水堀を泳ぐという前代未聞の経験をした後、一度もロタの顔を見ていない。
なぜなら佳蓮は宮殿に来てすぐに、また熱を出してしまったから。そしてものの見事に寝込んでしまった。
そんでもって体調が良くなった途端、すぐさま挙式という流れになってしまったから。
ただその間に、色んなことが起こった。
例えば愛人集団ならぬ皇后候補の人数が減ったりだとか、セリオスが還俗して宰相の地位にに付いたりとか、宮殿のお偉いさん達とかつての皇后候補の一人の首が撥ねられたりとか。
その全てを佳蓮は、ベッドの中でルシフォーネから聞いた。
けれど佳蓮にとって全てが他人事だった。それよりリュリュとロタが無事だったことの方が大事だった。
と言いつつも、まぁ多少は思うことはある。
セリオスはやっぱりエセ聖職者だったのかとか。愛人集団が全員いなくならなくてよかったとか。
特に後半は本当に、本気で、胸を撫でおろした。
なぜなら佳蓮は成り行き上、聖皇后にはなるけれど跡継ぎを産む予定もないし、そんな気もない。
アルビスの世継ぎは、愛人の誰か産めば良いと思っている。
それに佳蓮が聖皇后になるというのに、皇后候補達が宮殿に残るのは、そういう為だということなのだろう。
一度しか会ってはいないけれど、皆、美女と言う名に相応しい人たちだった。きっと夜伽も上手にこなしてくれるはず。
佳蓮は何なら今日の夜からどうぞ、そのまま愛人たちとお過ごしくださいと嫌味なく念じてみる。
それが伝わったかどうかはわからない……が、背後から突然、男の声がした。
「結婚式当日に他の男に気持ちを向けるのは感心しないな、カレン」
音もなく部屋に入室したのは花婿であるアルビスだった。
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