41 / 148
一部 別居中。戻る気なんて0ですが......何か?
4
しおりを挟む
廊下を歩き始めた佳蓮の足取りは、幼児のようにおぼつかない。
身体が衰弱しているのはもちろんのこと、袖を通した簡素なドレスは無駄に丈が長い。気を抜くと、裾を踏んで転倒してしまいそうだ。
前を歩くリュリュは、それに気付いたのだろう。足を止めて、振り返った。
「佳蓮様、歩くのがお辛いようですので、わたくしが抱き上げてお連れします。さぁ、どうぞ」
「い、いいっ。大丈夫、一人で歩けるよ」
心配するあまり両手を伸ばしてくるリュリュから逃げるように、佳蓮は壁を支えにして歩く速度を速める。
これから会うシダナになんか格好つける必要はないし、より惨めな姿を見せたほうが返品される確率だって高くなるだろう。でも侍女にお姫様だっこをされて登場するのは、自分のプライドが許さない。
佳蓮は息を切らしながら長い廊下を歩き、階段を降りる。そしてやっと応接間に到着した。
リュリュの手で、応接間の扉が開かれる。
開いた扉の先には、シダナがすでに長椅子に着席していた。栗色に近い金色の髪は、今日は丁寧に撫で付けられている。毟ってやりたい。
「お久しぶりですカレンさま。お元気ですか?」
佳蓮に気づいたシダナは、立ち上がると優雅に騎士の礼を執る。顔を上げた彼は、翡翠色の瞳を細めて柔らかく微笑んだ。
(このやつれた姿を見て、よくもまあ元気かと訊けたもんだ)
佳蓮はシダナの神経の図太さに呆れながら、無言で一人掛けのソファに着席した。
欲しい言葉は「あなたを返品します」それだけ。それがもらえないなら、今すぐ帰れ。そんな意志を込めて、佳蓮はシダナを強く睨みつけた。
シダナといえば、佳蓮が取った行動は想定内のようで、向かいのソファに着席すると再び口を開く。
「お手紙を何度も出したのですが、ようやっと受け取っていただけて嬉しかったです」
「暖炉の薪の代わりにすらなりませんでしたけどね」
言外に受け取った手紙は全部燃やしたと伝えても、シダナはヴァーリのように単細胞ではない。ふわりと微笑んで窓に目を向けるだけ。
そして「今年の冬は冷え込みが厳しいですからね」と世間話の延長のように返した。
(……この人、面倒くさい)
わざと煽る言葉を選んだというのに、動じない。この人は、ヴァーリより厄介な相手だ。
互いの出方を探るように、佳蓮とシダナはじっと見つめ合う。そんな中、リュリュが二人の間にあるローテーブルにそっとお茶を置く。
ティーカップから立つ湯気から、お茶のいい香りがする。なんのお茶だろうと佳蓮が意識を余所に向けたその時、シダナが表情を改めて口を開いた。
「さて、カレンさま。本日はあなたにお話があってきました」
「はい」
佳蓮は姿勢を正す。シダナはついさっきまでの胡散臭い笑みは消えている。真剣に何かを伝えたいようだ。
その気配に圧され、佳蓮がこくりと唾を呑む。
「お願いです。どうか離宮に……いえ、陛下の元に戻ってきてください」
不良品につき返品をするので今すぐ元の世界に戻ってください、と言われると思っていた。
なのに期待していた言葉とは真逆のことを言われ、佳蓮はそれを理解するのにしばらく時間を要した。
「……は?」
長い間の後、佳蓮が間の抜けた声を出してもシダナの表情は変わらない。それどころか呆けているうちにさっさと話をまとめようとする狡い気配すら伝わってくる。
だから佳蓮は、慌てて口を開いた。
「私、離宮に戻らない条件で会ってるんですけど……あなた大丈夫?」
耳と、頭と、神経が。
嫌味でしかない佳蓮の問いかけに、シダナは「お気遣いありがとうございます」と慇懃に頭を下げた。
身体が衰弱しているのはもちろんのこと、袖を通した簡素なドレスは無駄に丈が長い。気を抜くと、裾を踏んで転倒してしまいそうだ。
前を歩くリュリュは、それに気付いたのだろう。足を止めて、振り返った。
「佳蓮様、歩くのがお辛いようですので、わたくしが抱き上げてお連れします。さぁ、どうぞ」
「い、いいっ。大丈夫、一人で歩けるよ」
心配するあまり両手を伸ばしてくるリュリュから逃げるように、佳蓮は壁を支えにして歩く速度を速める。
これから会うシダナになんか格好つける必要はないし、より惨めな姿を見せたほうが返品される確率だって高くなるだろう。でも侍女にお姫様だっこをされて登場するのは、自分のプライドが許さない。
佳蓮は息を切らしながら長い廊下を歩き、階段を降りる。そしてやっと応接間に到着した。
リュリュの手で、応接間の扉が開かれる。
開いた扉の先には、シダナがすでに長椅子に着席していた。栗色に近い金色の髪は、今日は丁寧に撫で付けられている。毟ってやりたい。
「お久しぶりですカレンさま。お元気ですか?」
佳蓮に気づいたシダナは、立ち上がると優雅に騎士の礼を執る。顔を上げた彼は、翡翠色の瞳を細めて柔らかく微笑んだ。
(このやつれた姿を見て、よくもまあ元気かと訊けたもんだ)
佳蓮はシダナの神経の図太さに呆れながら、無言で一人掛けのソファに着席した。
欲しい言葉は「あなたを返品します」それだけ。それがもらえないなら、今すぐ帰れ。そんな意志を込めて、佳蓮はシダナを強く睨みつけた。
シダナといえば、佳蓮が取った行動は想定内のようで、向かいのソファに着席すると再び口を開く。
「お手紙を何度も出したのですが、ようやっと受け取っていただけて嬉しかったです」
「暖炉の薪の代わりにすらなりませんでしたけどね」
言外に受け取った手紙は全部燃やしたと伝えても、シダナはヴァーリのように単細胞ではない。ふわりと微笑んで窓に目を向けるだけ。
そして「今年の冬は冷え込みが厳しいですからね」と世間話の延長のように返した。
(……この人、面倒くさい)
わざと煽る言葉を選んだというのに、動じない。この人は、ヴァーリより厄介な相手だ。
互いの出方を探るように、佳蓮とシダナはじっと見つめ合う。そんな中、リュリュが二人の間にあるローテーブルにそっとお茶を置く。
ティーカップから立つ湯気から、お茶のいい香りがする。なんのお茶だろうと佳蓮が意識を余所に向けたその時、シダナが表情を改めて口を開いた。
「さて、カレンさま。本日はあなたにお話があってきました」
「はい」
佳蓮は姿勢を正す。シダナはついさっきまでの胡散臭い笑みは消えている。真剣に何かを伝えたいようだ。
その気配に圧され、佳蓮がこくりと唾を呑む。
「お願いです。どうか離宮に……いえ、陛下の元に戻ってきてください」
不良品につき返品をするので今すぐ元の世界に戻ってください、と言われると思っていた。
なのに期待していた言葉とは真逆のことを言われ、佳蓮はそれを理解するのにしばらく時間を要した。
「……は?」
長い間の後、佳蓮が間の抜けた声を出してもシダナの表情は変わらない。それどころか呆けているうちにさっさと話をまとめようとする狡い気配すら伝わってくる。
だから佳蓮は、慌てて口を開いた。
「私、離宮に戻らない条件で会ってるんですけど……あなた大丈夫?」
耳と、頭と、神経が。
嫌味でしかない佳蓮の問いかけに、シダナは「お気遣いありがとうございます」と慇懃に頭を下げた。
41
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜
古森きり
恋愛
平凡な女子高生、加賀深涼はハロウィンの夜に不思議な男の声を聴く。
疎遠だった幼馴染の真堂刃や、仮装しに集まっていた人たちとともに流星群の落下地点から異世界『エーデルラーム』に召喚された。
他の召喚者が召喚魔法師の才能を発現させる中、涼だけは魔力なしとして殺されかける。
そんな時、助けてくれたのは世界最強最悪の賞金首だった。
一般人生活を送ることになった涼だが、召喚時につけられた首輪と召喚主の青年を巡る争いに巻き込まれていく。
小説家になろう、カクヨム、アルファポリスに掲載。
[お願い]
敵役へのヘイト感想含め、感想欄への書き込みは「不特定多数に見られるものである」とご理解の上、行ってください。
ご自身の人間性と言葉を大切にしてください。
言葉は人格に繋がります。
ご自分を大切にしてください。
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
期限付きの聖女
波間柏
恋愛
今日は、双子の妹六花の手術の為、私は病院の服に着替えていた。妹は長く病気で辛い思いをしてきた。周囲が姉の協力をえれば可能性があると言ってもなかなか縦にふらない、人を傷つけてまでとそんな優しい妹。そんな妹の容態は悪化していき、もう今を逃せば間に合わないという段階でやっと、手術を受ける気になってくれた。
本人も承知の上でのリスクの高い手術。私は、病院の服に着替えて荷物を持ちカーテンを開けた。その時、声がした。
『全て かける 片割れ 助かる』
それが本当なら、あげる。
私は、姿なきその声にすがった。
前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!
お好み焼き
恋愛
ずっと辛かった。幼き頃から努力を重ね、ずっとお慕いしていたアーカイム様の婚約者になった後も、アーカイム様はわたくしの従姉妹のマーガレットしか見ていなかったから。だから精霊王様に頼んだ。アーカイム様をお慕いするわたくしを全て消して下さい、と。
……。
…………。
「レオくぅーん!いま会いに行きます!」
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
気がつけば異世界
波間柏
恋愛
芹沢 ゆら(27)は、いつものように事務仕事を終え帰宅してみれば、母に小さい段ボールの箱を渡される。
それは、つい最近亡くなった骨董屋を営んでいた叔父からの品だった。
その段ボールから最後に取り出した小さなオルゴールの箱の中には指輪が1つ。やっと合う小指にはめてみたら、部屋にいたはずが円柱のてっぺんにいた。
これは現実なのだろうか?
私は、まだ事の重大さに気づいていなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる