8 / 148
一部 基本無視させていただきますが......何か?
5
しおりを挟む
佳蓮が過ごしていた元の世界は、四季が色濃く感じる島国だった。
移り変わる季節を色で例えると、青春、朱夏、白秋、玄冬となる。
春は青色。夏は赤色。秋は白色。冬は黒色。
言い得て妙かもしれないけれど、佳蓮は秋に限っては違う色だと思う──柔らかい金の色だと。
佳蓮は四季の中で、秋が一番好きだった。
早足で陽が短くなり、風の冷たさを感じると共に木々が色づく季節は、春のように活動的ではなく、少し物悲しさを感じさせる。けれども食べ物や人の温もりをより感じることができるので、佳蓮はいつも秋になるのを楽しみにしていた。
メルギオス帝国も秋真っただ中。心躍る季節のはずだが、佳蓮は死んだ魚のような目をして眼前にある品々を眺めていた。
離宮は陽の光がふんだんに入るよう大きな窓がいくつもあり、アイボリー色の壁紙は光を反射して眩しい程に明るい。
そこに綺麗に並べられているのは、煌びやかな宝石と細部まで繊細な技巧を凝らしたドレス。歩くことを前提として作られていない装飾に重きを置いた靴。
(付けたくない。着たくない。履きたくない)
元の世界でマイスタイルと呼んでいたジャージにサンダル、髪はシュシュで一纏めにした格好を思い出し、佳蓮は望郷の念に駆られる。
佳蓮は母一人、娘一人の母子家庭だった。ベテラン看護師の母のおかげで生活は困窮しなかったけれど、佳蓮はジャージばかりを好んで着ていた。
そんな佳蓮を見て母親である美里は、事あるごとに「もう女の子なんだから、もっと可愛い恰好をしなさいよ」と嘆いていた。
(お母さんがこれ見たらなんて言うかな)
きっと「過激すぎる」と言って腹を抱えて笑うだろう。もしかしたら「機能性に欠ける」と真面目な顔でコメントするかもしれない。
母親と会えなくなって一ヶ月。アルビスからの贈り物を不快に思う気持ちと、母親への恋しさで佳蓮の心がぐちゃぐちゃになる。
なのに佳蓮のすぐそばにいる侍女は、満面の笑みを浮かべている。
「さぁ陛下がお待ちです。カレンさま、どうぞ袖を通してくださいませ」
侍女ことリュリュは、佳蓮が離宮に連行されてすぐに宛がわれた。
正確な年齢はわからないけれど、多分2、3歳年上でこげ茶色の髪は、いつもきっちりと結い上げている。
美人の部類に入るリュリュは背も高く、一見つんとした印象を与える。でも笑うとえくぼが浮かび、ガラッと雰囲気が変わる。
こんな出会い方をしなければと悔やむほど、リュリュは親しみやすい女性だ。
でも佳蓮はリュリュに何も言葉を返さず、更にうんざりした表情を浮かべた。
「あの……カレンさま、お気に召しませんでしたか?」
信じられないと目を丸くするリュリュに、佳蓮はあきれ顔になる。
この人はきっと、飼い主のエゴで服を着せられる犬や猫の気持ちなんてわからない。知ろうともしないし、知る必要だってないだろう。
(いいなぁー)
佳蓮は初めて、この世界の人間を羨ましいと思った。少し前の自分を見ているような気持ちにさえなった。
「ねえ、あなたはコレ、いいって思うの?」
気付けばそんな問いをリュリュに投げかけていた。
「もちろんです。陛下がカレン様のことを想い、直接お選びになったのですもの。素晴らしいに決まってます!」
「……へぇ」
どうしたら、そんなふうに思えるのだろうか。
頭の中がお花畑のリュリュに再び訊いてみたいと思ったけれど、期待する言葉は絶対にもらえないだろう。
(もういいや……)
カレンはため息を吐くと、煌びやかなドレスに背を向け、出窓に腰かけた。
アルビスからの贈り物なんて受け取りたくないし、見たくもない。さっさと返すなり捨てるなりして。
そう伝えようと思ったけれど、ここで離宮の扉が開かれた。ビクッと肩を震わせてそこに視線を向ければ、見覚えのある騎士がいた。
騎士の名は、ヴァーリ・ウルセル。二十代半ばの茶褐色の短い髪と瞳を持つ、爽やか系のイケメンでアルビスの側近兼護衛の一人。騎士らしく長身で筋肉質な体つきだ。
ただ見た目は好青年ではあるが、中身は違う。佳蓮が召喚された時、「よっしゃ」とガッツポーズを決めた不届き者である。
「ごきげんよう、カレン様」
「……」
「あーえーっと、陛下からの伝言を預かったんでお届けにきました」
「……」
「温室で待ってる。とのことです……んじゃ!俺、外で待ってるんで、チャチャッと準備してきてくださいねー」
殺意すら覚える騎士の一方的な発言に、佳蓮は「誰が行くか!」と怒鳴り声をあげようとした。
けれどそれを拒むようにバタンッ!と乱暴に扉が閉められ、離宮内に沈黙が落ちる。
「……無視したらどうなるんだろう」
ポツリと呟いた佳蓮に、リュリュがはっきりとした口調で答えた。
「わたくしの首が飛ぶだけでございます」
この言葉に鳥肌が立った佳蓮は、不本意ながら温室に向かうことにした。
移り変わる季節を色で例えると、青春、朱夏、白秋、玄冬となる。
春は青色。夏は赤色。秋は白色。冬は黒色。
言い得て妙かもしれないけれど、佳蓮は秋に限っては違う色だと思う──柔らかい金の色だと。
佳蓮は四季の中で、秋が一番好きだった。
早足で陽が短くなり、風の冷たさを感じると共に木々が色づく季節は、春のように活動的ではなく、少し物悲しさを感じさせる。けれども食べ物や人の温もりをより感じることができるので、佳蓮はいつも秋になるのを楽しみにしていた。
メルギオス帝国も秋真っただ中。心躍る季節のはずだが、佳蓮は死んだ魚のような目をして眼前にある品々を眺めていた。
離宮は陽の光がふんだんに入るよう大きな窓がいくつもあり、アイボリー色の壁紙は光を反射して眩しい程に明るい。
そこに綺麗に並べられているのは、煌びやかな宝石と細部まで繊細な技巧を凝らしたドレス。歩くことを前提として作られていない装飾に重きを置いた靴。
(付けたくない。着たくない。履きたくない)
元の世界でマイスタイルと呼んでいたジャージにサンダル、髪はシュシュで一纏めにした格好を思い出し、佳蓮は望郷の念に駆られる。
佳蓮は母一人、娘一人の母子家庭だった。ベテラン看護師の母のおかげで生活は困窮しなかったけれど、佳蓮はジャージばかりを好んで着ていた。
そんな佳蓮を見て母親である美里は、事あるごとに「もう女の子なんだから、もっと可愛い恰好をしなさいよ」と嘆いていた。
(お母さんがこれ見たらなんて言うかな)
きっと「過激すぎる」と言って腹を抱えて笑うだろう。もしかしたら「機能性に欠ける」と真面目な顔でコメントするかもしれない。
母親と会えなくなって一ヶ月。アルビスからの贈り物を不快に思う気持ちと、母親への恋しさで佳蓮の心がぐちゃぐちゃになる。
なのに佳蓮のすぐそばにいる侍女は、満面の笑みを浮かべている。
「さぁ陛下がお待ちです。カレンさま、どうぞ袖を通してくださいませ」
侍女ことリュリュは、佳蓮が離宮に連行されてすぐに宛がわれた。
正確な年齢はわからないけれど、多分2、3歳年上でこげ茶色の髪は、いつもきっちりと結い上げている。
美人の部類に入るリュリュは背も高く、一見つんとした印象を与える。でも笑うとえくぼが浮かび、ガラッと雰囲気が変わる。
こんな出会い方をしなければと悔やむほど、リュリュは親しみやすい女性だ。
でも佳蓮はリュリュに何も言葉を返さず、更にうんざりした表情を浮かべた。
「あの……カレンさま、お気に召しませんでしたか?」
信じられないと目を丸くするリュリュに、佳蓮はあきれ顔になる。
この人はきっと、飼い主のエゴで服を着せられる犬や猫の気持ちなんてわからない。知ろうともしないし、知る必要だってないだろう。
(いいなぁー)
佳蓮は初めて、この世界の人間を羨ましいと思った。少し前の自分を見ているような気持ちにさえなった。
「ねえ、あなたはコレ、いいって思うの?」
気付けばそんな問いをリュリュに投げかけていた。
「もちろんです。陛下がカレン様のことを想い、直接お選びになったのですもの。素晴らしいに決まってます!」
「……へぇ」
どうしたら、そんなふうに思えるのだろうか。
頭の中がお花畑のリュリュに再び訊いてみたいと思ったけれど、期待する言葉は絶対にもらえないだろう。
(もういいや……)
カレンはため息を吐くと、煌びやかなドレスに背を向け、出窓に腰かけた。
アルビスからの贈り物なんて受け取りたくないし、見たくもない。さっさと返すなり捨てるなりして。
そう伝えようと思ったけれど、ここで離宮の扉が開かれた。ビクッと肩を震わせてそこに視線を向ければ、見覚えのある騎士がいた。
騎士の名は、ヴァーリ・ウルセル。二十代半ばの茶褐色の短い髪と瞳を持つ、爽やか系のイケメンでアルビスの側近兼護衛の一人。騎士らしく長身で筋肉質な体つきだ。
ただ見た目は好青年ではあるが、中身は違う。佳蓮が召喚された時、「よっしゃ」とガッツポーズを決めた不届き者である。
「ごきげんよう、カレン様」
「……」
「あーえーっと、陛下からの伝言を預かったんでお届けにきました」
「……」
「温室で待ってる。とのことです……んじゃ!俺、外で待ってるんで、チャチャッと準備してきてくださいねー」
殺意すら覚える騎士の一方的な発言に、佳蓮は「誰が行くか!」と怒鳴り声をあげようとした。
けれどそれを拒むようにバタンッ!と乱暴に扉が閉められ、離宮内に沈黙が落ちる。
「……無視したらどうなるんだろう」
ポツリと呟いた佳蓮に、リュリュがはっきりとした口調で答えた。
「わたくしの首が飛ぶだけでございます」
この言葉に鳥肌が立った佳蓮は、不本意ながら温室に向かうことにした。
66
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
冷遇された聖女の結末
菜花
恋愛
異世界を救う聖女だと冷遇された毛利ラナ。けれど魔力慣らしの旅に出た途端に豹変する同行者達。彼らは同行者の一人のセレスティアを称えラナを貶める。知り合いもいない世界で心がすり減っていくラナ。彼女の迎える結末は――。
本編にプラスしていくつかのifルートがある長編。
カクヨムにも同じ作品を投稿しています。
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる