皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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一部 不本意ながら襲われていますが......何か?

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 結婚はできるけれど、伴侶にキスもできなければ、触れることすら許されない。

 それはアルビスにとって、生きたまま心臓をもぎ取られるほどの苦痛なのかもしれないが、概ね筋書き通りの未来になる。

 一番嫌な展開を自ら選んだ佳蓮は、自棄を起こしたように見えるが、今はこれしか選べなかった。

 憎いと思うのはアルビスだけで、憎悪を向ける相手もアルビスしかいない。本当は何もかも失って、後悔しながら野垂れ死にしてほしい。
 
 でもこの国を統治できるのは、アルビスしかいない。佳蓮は自分の復讐に、関係ない人間を巻き込みたくはなかった。アルビスと同じ人種になることが、とてつもなく嫌だった。

 この決断に後悔はないが、迷いと不安はある。それを振り切るように、佳蓮はアルビスの胸倉を更に強く掴んで、再び声を張り上げる。

 まるで自分自身に言い聞かせるように。

「私、あんたの子供なんか産みたくない!どんなことがあっても私はあんたのことを好きにならないっ。あんたは一生聖皇妃に愛されなかった無様な聖皇帝でいて!!」

 人の嫌がることをわざと選び、傷つける行為をするなんて最低だ。そうわかっていても、どうしても言葉を止めることができなかった。

「私、あんたのこと一生恨むからっ。だから死んで楽になんかさせない!あんたは一生苦しみ続けて。ずっとずっと私を召喚したことを後悔し続けて生きて行けばいいのよっ」

 最後は悲鳴に近い声を上げた佳蓮は、無造作にアルビスの胸倉から手を離す。

「それが条件よ。全部呑んでくれるなら、私、あなたと結婚してあげる……どう?」

 正直、無理だと思った。そうじゃなかったとしても、なんだかんだと言い訳をしたり、何かしらの条件を付けると思っていた。

 でもアルビスは奇跡を目にしたかのように、美しい微笑みを浮かべるだけだった。
 
「わかった。全ての条件を呑もう。私は、君からどんな条件を付きつけられても、伴侶として傍にいてくれるなら、それで構わない。それでも心から嬉しく思う」
「……は?ね、ねぇ……それ、本気で言ってるの?」

 佳蓮は、アルビスの言葉が信じられなかった。

 てっきり渋面を作って、人を見下すような態度を取ると思っていたのに。全面降伏されるなんて想定外すぎる。気持ち悪い。

 この不可解な生き物の上に乗っていることが別の意味で怖くなり、佳蓮はのろのろとそこから降りた。

 冷え切った体は思うように動かすことができず、立ち上がろうとした拍子によろめいてしまい、佳蓮は尻もちをついてしまった。そのまま、ずるずると後退する。

 一方アルビスは、疲労を感じさせない動きで半身を起こした。

「私は皇帝だ。その名に懸けて誓おう。……どうした、カレン?そんな顔をして、もしや怖気づいたか?」
「なっ」

 手を伸ばせば届く距離でまんまと指摘された佳蓮は、カッとなって立ち上がる。

 そして腕を組み、ムキになって怒鳴りつけた。

「馬鹿にしないでっ。誰が怖気づくって?勝手に決めないでよ。言っておくけど、あんたは私が元の世界に戻れないって思い込んでるけど、私は絶対に元の世界に戻ってやるから!何年経っても元の世界に戻りたいっていう気持ちは捨てないし、諦めないから。あんたをとことん利用して、私は元の世界に戻ってやる。そして、あんたの行動全部を否定してやるからね!」

 怒涛のように煽る言葉を浴びせられても、アルビスの表情は変わらない。まるでそこに太陽があるかのように、眩しそうに目を細めて佳蓮を見つめている。

「そうか。君がそれを望むなら、私は君が元の世界に戻る為に、全ての知識を与えよう。もし仮にそれを妨害するものが現れたのなら、私が排除しよう」

 力強く頷いたアルビスに、佳蓮は「そんな言葉、誰が信用するもんかっ」と吐き捨てる。

「今は信じられなくても良い。ただ、この言葉はどこが胸の隅に置いておいてくれ」

 誠実な言葉を紡ぎ続けるアルビスに、佳蓮はこの言葉にも頷くことはしなかった。

 無言を肯定とでもとらえたのか、アルビスは柔らかな笑みを浮かべて佳蓮に手を差し伸べる。 

「では、戻るか。カレン」

 すぐさま佳蓮は、その手を力任せに叩き落とした。
 
「この際だから言っておくけど、金輪際”戻る”って言葉を私に使わないで。私が戻りたいのは、元の世界だけ。これも約束して」

 どんどん要求が増えていくけれど、アルビスは苛立ちを見せることはない。今回も深く頷くだけ。

「わかった。ではカレン、ロタ・ポロチェ城に行くとするか」

 素直に訂正したアルビスは、素早い動きで佳蓮を小脇に抱える。

「ちょっと、言ったそばからどこ触ってんのよっ。っていうか何よコレは?!」

 手足がぶらぶらと揺れるこれは、まるで自分が逃亡した犬にでもなって、飼い主に捕まえられてしまったかのようだった。

 生理的嫌悪はさっきより減っているが、これはあまりに酷い仕打ちだ。

 佳蓮はアルビスの足をガンガン蹴りながら、降ろせと訴える。

 けれど返ってきた言葉は「これが一番肌に触れない抱き方だ」という飄々としたもの。もちろん佳蓮が納得するわけがない。

「降ろしてっ。一人で歩くからっ」 
「この寒空の下、城まで歩くのか?悪いが今日は馬車はない」
「は?じゃ、どうやってここまで来たの?嘘はやめてよね」
「嘘ではない。今からそれを見せよう。それと私は、今もこれからも君を裸足で歩かせるつもりはない。だから、今後は裸足で歩くことはしないでくれ」
「はぁ?!そもそも、裸足で歩く羽目になったのは──」

 佳蓮は青筋を立ててアルビスを怒鳴り付ける。

 けれどもその威勢のいい声も二人の姿も、風もないのに地面の雪が舞い上がった途端、足跡を残すことなく煙のように消えていった。
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