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°˖✧閑話✧˖°
元の世界での正しい謝罪の方法を教えて差し上げます⑦
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決意は硬いが、頭は緩い。そんなこんなで、ヴァーリは「え?あれ?あれれ?」と焦る声は上げるけれど、事は進まずオタオタとするばかり。
そんなどんくさいヴァーリを、カレンは呆れた表情を浮かべて見ていた。けれど───
「じゃあ、後は頑張ってね」
そう言って、突然すくっと席を立った。
その動作は、なんの迷いもないもの。いや、はっきり言ってしまうなら、ぶっちゃけもう興味を失ってしまったかのようだった。
さすがにこれまで徹底して空気と化していたアルビスも、ここで書類をさばく手を止めて、カレンに視線を向ける。
けれどカレンは、まったく気付いていない素振りで、リュリュに目線を送ると、廊下へと続く扉へと向かい始めた。
「ちょ、ちょっと待ったっ」
剣を握ったままのヴァーリは、中途半端な姿勢でカレンを引き留めた。
すぐさま執務室に緊張が走る。
こくりと唾を飲み込んだ音が聞こえたが、それが誰だったのかはわからない。
ただ呼び止めたところで、ロクなことにはならないことはわかる。
カレンとて、アルビスの私室に長居などしたくはないだろう。だからきっと無視する。そうに違いないと思った。
けれど予想に反して、カレンはきょとんとした顔を浮かべて振り返った。
「なに?」
そのカレンの口調は、慣れ親しんだつっけんどんもの。
機嫌は元通りになったとも言える。が、これは気軽に話しかけて良い空気ではない。良く見れば眉間に小さく皺も寄っている。
だが、ヴァーリはそれを無視して口を開いた。
「あ、あの……」
「は?なによ」
「……えっと」
「だからなに?早く言ってよ」
「わ、わたくしの切腹は……見ないんですかぁ?」
そう問うたヴァーリの目には涙が浮かんでいた。
けれど問われた側のカレンは、ちょっと困った顔に変えながら、こんな言葉をヴァーリに返した。
「あー……いいや。私、そういうグロいの苦手なんで」
「……」
「……」
「……」
コバエを払う仕草をしながら、そんなことを言ったカレンに、ヴァーリを始め、シダナもアルビスも閉口してしまった。
ただ皆こう思っていたに違いない。「言い出したのはお前だろ?!」と。
幸い極寒の地より凍えていた執務室の温度は元に戻った。
けれどヴァーリは、雪山で遭難するよりもっともっと激しい疲労感を覚えている。顔は青ざめ、頬は心なしかこけている。目元には、短時間で良い感じのくまもできてしまった。表情も、世界中の人間に見捨てられたように途方に暮れたもの。
そんな短時間で疲労困憊になってしまった騎士に向かって、カレンは小馬鹿に鼻で笑うだけ。
ヴァーリの額に青筋が浮ぶ。わなわなと唇を震わし、何か言葉を紡ごうとした。けれどそれを遮るように、リュリュはカレンの為に廊下に繋がる扉を開けた。
「カレン様、お部屋に行ったら、お茶をお入れします。春しか飲めない花茶などいかがでしょうか?」
数分前まで義理の兄の首を本気で跳ねようとしていた侍女は、そんなことなど無かったかのように、聖皇后に向かってふわりと微笑んだ。
「うん。飲みたいです。お願いします」
カレンも、年上の青年に向かって腹を掻っ捌けと言ったこと忘れたかのように、侍女に向かって、礼儀正しくぺこりと頭を下げる。
そして”んーっ”と小さく声を上げ軽く伸びをしながら、廊下へと向かった。
───……パタン。
吸い込まれるようにカレンが廊下へと消えた途端、扉が閉まる音が執務室に響いた。
「……えっと……俺は、これからどうしたら良いんだ?」
剣を鞘に戻すことも、自身の腹に収納することもできないヴァーリは、ポツリと呟く。
これもまた、小さな泡がパチンと弾けるように、執務室の壁に吸い込まれていった。
そんなどんくさいヴァーリを、カレンは呆れた表情を浮かべて見ていた。けれど───
「じゃあ、後は頑張ってね」
そう言って、突然すくっと席を立った。
その動作は、なんの迷いもないもの。いや、はっきり言ってしまうなら、ぶっちゃけもう興味を失ってしまったかのようだった。
さすがにこれまで徹底して空気と化していたアルビスも、ここで書類をさばく手を止めて、カレンに視線を向ける。
けれどカレンは、まったく気付いていない素振りで、リュリュに目線を送ると、廊下へと続く扉へと向かい始めた。
「ちょ、ちょっと待ったっ」
剣を握ったままのヴァーリは、中途半端な姿勢でカレンを引き留めた。
すぐさま執務室に緊張が走る。
こくりと唾を飲み込んだ音が聞こえたが、それが誰だったのかはわからない。
ただ呼び止めたところで、ロクなことにはならないことはわかる。
カレンとて、アルビスの私室に長居などしたくはないだろう。だからきっと無視する。そうに違いないと思った。
けれど予想に反して、カレンはきょとんとした顔を浮かべて振り返った。
「なに?」
そのカレンの口調は、慣れ親しんだつっけんどんもの。
機嫌は元通りになったとも言える。が、これは気軽に話しかけて良い空気ではない。良く見れば眉間に小さく皺も寄っている。
だが、ヴァーリはそれを無視して口を開いた。
「あ、あの……」
「は?なによ」
「……えっと」
「だからなに?早く言ってよ」
「わ、わたくしの切腹は……見ないんですかぁ?」
そう問うたヴァーリの目には涙が浮かんでいた。
けれど問われた側のカレンは、ちょっと困った顔に変えながら、こんな言葉をヴァーリに返した。
「あー……いいや。私、そういうグロいの苦手なんで」
「……」
「……」
「……」
コバエを払う仕草をしながら、そんなことを言ったカレンに、ヴァーリを始め、シダナもアルビスも閉口してしまった。
ただ皆こう思っていたに違いない。「言い出したのはお前だろ?!」と。
幸い極寒の地より凍えていた執務室の温度は元に戻った。
けれどヴァーリは、雪山で遭難するよりもっともっと激しい疲労感を覚えている。顔は青ざめ、頬は心なしかこけている。目元には、短時間で良い感じのくまもできてしまった。表情も、世界中の人間に見捨てられたように途方に暮れたもの。
そんな短時間で疲労困憊になってしまった騎士に向かって、カレンは小馬鹿に鼻で笑うだけ。
ヴァーリの額に青筋が浮ぶ。わなわなと唇を震わし、何か言葉を紡ごうとした。けれどそれを遮るように、リュリュはカレンの為に廊下に繋がる扉を開けた。
「カレン様、お部屋に行ったら、お茶をお入れします。春しか飲めない花茶などいかがでしょうか?」
数分前まで義理の兄の首を本気で跳ねようとしていた侍女は、そんなことなど無かったかのように、聖皇后に向かってふわりと微笑んだ。
「うん。飲みたいです。お願いします」
カレンも、年上の青年に向かって腹を掻っ捌けと言ったこと忘れたかのように、侍女に向かって、礼儀正しくぺこりと頭を下げる。
そして”んーっ”と小さく声を上げ軽く伸びをしながら、廊下へと向かった。
───……パタン。
吸い込まれるようにカレンが廊下へと消えた途端、扉が閉まる音が執務室に響いた。
「……えっと……俺は、これからどうしたら良いんだ?」
剣を鞘に戻すことも、自身の腹に収納することもできないヴァーリは、ポツリと呟く。
これもまた、小さな泡がパチンと弾けるように、執務室の壁に吸い込まれていった。
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