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二部 佳蓮からカレンになりましたけれど......何か?
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しおりを挟む「そうそうカレンさま、聞きましたよ。なんだかんだいって兄上と上手くやっておられるようですね。わたくしはとても嬉しいです」
「......」
───……寝言は寝て言え。あと誰がそんな馬鹿なことをこの男に吹き込んだ?
カレンは、セリオスの願望なのか妄想なのかわからない言葉に対してそう吐き捨てた。もちろん心の中で。
ただ次の言葉にはついつい声を出してしまった。
「挙式を終えてから、兄上をずっと独り占めしているとか。側室は毎晩寒々としているそうですね。メイドたちがうっとりとしながら語っていまし」
「……は?どういうこと」
つまらないことを吹聴した犯人はわかったが、それどころではない。
ひきつった顔をするカレンを、セリオスは有り得ないことに照れているのだと解釈する。それは大きな間違いである。
事情を良く知るリュリュは、これ以上喋るなと口を挟もうとした。けれど、新婚夫婦をイジりたいスイッチが入ったセリオスのほうがタッチの差で口を開くのが早かった。
「ですから、兄上は一度も側室に足を向けていないそうですよ。あなたしか眼中にないんですね。いやぁー朝から、こんな話をしたら」
「馬鹿言わないでよっ」
刃物よりも切れ味の良いカレンの一喝に、セリオスは言われるがまま口をつぐんだ。いや、そうせざるを得なかった。
そしてここでようやっと、カレンの浮かべている表情が照れ隠しではなく、本気の嫌悪だということに気づく。
「......えっと、あの、その......違う……んですよね」
取り返しのつかないことを言ってしまったことに気づいたセリオスは、もにょもにょと不明瞭な言葉を紡ぐ。
けれど、彼は視線をさ迷わせたあと「ああ、そういえばっ」と、大袈裟に声を上げてこの場を去っていった。言わなくても良いかもしれないけれど、駆け足で。
この男、逃げることだけはやたらめったら上手い。かつてアルビスと皇位を争ったときも「お前マジかよっ」と言いたくなるタイミングで辞退したのだ。
そして無駄にスキルアップしているようにも感じるが、できればその特技はもっと別のことに活かしてほしいもの。
対して言い逃げ去れたカレンは、それはそれは苦い表情になる。
「......話が違うじゃん」
絞り出すように紡いだ言葉には、さまざまな感情が入り交じっていた。
さてここで夫が妻一筋でいて、なにがいけないの?恋女房なんて、妻冥利につきるじゃん?と首を傾げる者がいるかもしれないので、補足を。
カレンとアルビスは結婚した。ただしこんな条件付きで。
夫婦となっても、子作りはしない。
スキンシップは控えるどころか皆無で。
戻るという言葉は使用禁止。
跡継ぎは側室と拵えて下さい。
カレンが一方的に出した条件は、夫婦とは呼べないものばかり。でも夫であるアルビスは、この条件をすべて呑んだ。
それは、アルビスがどんな条件を出されても、強くカレンを求めていたからというのもある。
けれども、それだけではない。
アルビスはカレンが元の世界に戻ることが出来ぬよう、魂に楔を打った。
具体的に言えば、無理矢理抱いたのだ。
しかも、この世界の人間と深く繋がれば、二度と元の世界に戻れなくなることを知らせぬまま。
それを知ったカレンは激怒した。
いや、明確な殺意をアルビスに向けた。馬乗りになって首に手を回して、喉に指を食い込ませた。
でも結局、アルビスの息の根を止めることはしなかった。
その代わり、カレンはこう断罪した。『一生、聖皇后に愛されることがなかった無様な聖皇帝でいろ』と。
だからこの結婚は、カレンにとって復讐でしかない。
そんなわけでアルビスと自分が仲睦まじいなどという噂は、とてもとても不本意なことであり、見逃すことができないもの。
「......リュリュさん、ごめんなさい。ちょっと寄り道します」
「......はい。かしこまりました」
唸るようにそう言ったカレンに侍女は、なんとも言えない顔をしながらも同意する。
向かうところは笑止千万な噂を流したメイドのところ……ではなく、夫であるアルビスの執務室。
たった今セリオスから聞いた話の真偽を確かめないといけないから。
ぶっちゃけ、誰が好き好んであんな奴の所にと言いたい。自分からあそこに足を向けるのが嫌でしょうがいない。
けれど、今回ばかりはそうも言ってられない。
そして万が一、セリオスの話が本当なら厳重に注意しなければならない。
つまらない噂を流すな。
さっさと側室のところへ行け、と。
カレン怒りで燃え立つ感情を隠すことなく一点だけを見つめながら肩をいからせて、大股で歩いていく。
「ほんとマジあり得ないっ」
吐き捨てたそれは、誰にも聞かれることなくしんとした廊下に吸い込まれていった。
これは、愛されることは望んでいないが、それでもただ一人を愛したいと願う聖皇帝さまと、同じく愛されることなど望んでおらず、ただひたすらに元の世界に帰りたいと模索し続ける聖皇后の歪な夫婦のおはなし。
もしくは、罪人が本当の償いをするまでの物語。
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