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二部 ささやかな反抗をしますが……何か?
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「ね、ねえ……カレン様。ちょっと落ち着きなよ。ほら、座って」
尋常じゃないほど取り乱したカレンに、ロタはドン引きしながら椅子の背を叩く。
しかしカレンは、子供のように頭をブンブンと振る。
「そんなの無理!やだ!」
「そう言わずにさぁ。ほら、リュリュさんがお茶を淹れ直してくれたから。飲んでやんなよ」
「そんなの飲めるわけなっ……あ」
荒ぶる感情に任せて拒否しようとした瞬間、トレーを持ったまま、しょんぼりするリュリュと目が合った。
「の…… 喉渇いたから、やっぱり飲む」
「ありがとうございます」
表情を一変させたリュリュは、いそいそと着席したカレンの前に新しいお茶を置く。
ティーカップの水面が揺れて、花の香りが漂う。一口飲んだらスッキリとした苦みが広がり、元の世界のラベンダーティーにちょっと似ていた。
甘みがあるかどうかは、今の自分にはわからないけれど、心を落ち着かせるにはもってこいのお茶だ。
お茶を味わいながら、カレンは頭の中を整理する。
神殿側の一方的な主張は、驚きと怒りが大半だが、「やっぱり」という気持ちもわずかにある。
アルビスへの復讐のために聖皇后になったけれど、その選択のせいで、いつか関係ない人達に迷惑がかかるのではないかと懸念はいつもあった。
城内でメイド達から頭を下げられるたびに、馬車での移動で帝都の人達から路を譲られるのを見るたびに、頭の隅にあった不安は日増しに大きくなっていった。
カレンは無知で、非力で、世間知らずな女子高生でしかない。
けれど、聖皇后として王冠を頭に乗せた瞬間から、それは言い訳でしかないのだ。
「ところでさぁ、カレン様は何をそんなに悩んでるの?」
ロタから問われて、カレンはカップをソーサーに戻しながら唇を尖らせる。
「え、だって腹立つじゃん。あることないこと言いふらして、私のこと都合良く使おうとしてるし」
「うん。怒るのはわかるよ。でも、カレン様が悩むのがわからない」
「もうっ、だから!……あ」
イラッとしてついテーブルを叩こうとした瞬間、ロタが言いたいことがわかった。
どうして好き勝手にできる権限を持っているのに、それを行使せず、悩んでいるだけなのだと問いたいのだ。
確かに聖皇后という立場では悩む必要はない。嫌なら処罰すればいいし、手を差し伸べたいのならそうすればいい。
でもカレンが聖皇后になったのは、権力が欲しかったからじゃないし、国中から羨望の眼差しを求めたからでもない。
アルビスにとって一番辛い復讐をしたいがために、聖皇后になったのだ。
そんな自分が、都合良く権利を行使するのは間違っている。使えるものは何でも使うと豪語しているが、それは元の世界に戻るためだけに使いたい。
とはいえ、事情を知らないロタには言えない。
「いやだからさぁ……アイツに知られたくないの。干渉されたくないの。口出しされたくないし、手を借りるなんて死んでも嫌。だから……困ってるし、悩んでる」
「そっか」
真実を伏せて感情だけを伝えれば、ロタはあっさり納得してくれた。それから「じゃあ、どうしたいの?」と再び問うてくる。
「あの孤児院を救いたい」
考えれば考えるほど浮かんでくる懸念や不安を振り落すように、カレンは力強く言った。
なんだかんだと考えたって自分にできることはたかが知れている。なら、やりたいことを精一杯やるしかない。
とりあえず一番やりたいことは、あの孤児院が雨漏りの心配をしないですむようにしたい。腐った木箱を踏み台にしてほしくない。
神殿の連中をぎゃふんと言わせたいとか、己の見栄と体裁で寄付をする先をコロコロ変える貴族に一泡吹かせたいとか色々思うことはあるけれど、それは後回しでいい。
カレンは伺うようにロタを見る。目があった途端、彼はニコッと笑った。
「ならそうしようよ」
「え……でも」
「カレン様のやりたいことが思ったより簡単だったから、何とかなるよ」
「そうかなぁ?……簡単かなぁ」
カレンにとったら難題だ。
気持ちばかり先行しているが、実際、誰の手も借りずに孤児院を救うアイデアなんて思いつかない。なにより──
「お金ないもん」
聖皇后ともてはやされているけれど、使える現金は皆無。半年以上ここにいるのに、この世界のお金が紙幣なのか硬貨なのかすら知らないし、見たこともない。
「まずは資金だよね。あー、手っ取り早く稼げる方法ってないかなぁ。ねえ、リュリュさん、日払いのお仕事ってこの世界にある?2、3日変装してどっかで資金を稼いでこよっかなぁ」
欲しいものがあれば働く。これが元の世界の常識だ。
学校は健全なバイトなら黙認してくれていた。だからカレンも、友達と一緒にちょくちょくバイトをしていた。
でも、聖皇后が働くというのは、とんでもないことのようで──
「いけませんカレン様!お金ならわたくしが幾らでも用意します!!」
「え?カレン様、ちょっと発想がぶっ飛びすぎだよ」
悲鳴に近い声を上げたリュリュと、呆れ声を出したロタに、秒で却下されてしまった。
尋常じゃないほど取り乱したカレンに、ロタはドン引きしながら椅子の背を叩く。
しかしカレンは、子供のように頭をブンブンと振る。
「そんなの無理!やだ!」
「そう言わずにさぁ。ほら、リュリュさんがお茶を淹れ直してくれたから。飲んでやんなよ」
「そんなの飲めるわけなっ……あ」
荒ぶる感情に任せて拒否しようとした瞬間、トレーを持ったまま、しょんぼりするリュリュと目が合った。
「の…… 喉渇いたから、やっぱり飲む」
「ありがとうございます」
表情を一変させたリュリュは、いそいそと着席したカレンの前に新しいお茶を置く。
ティーカップの水面が揺れて、花の香りが漂う。一口飲んだらスッキリとした苦みが広がり、元の世界のラベンダーティーにちょっと似ていた。
甘みがあるかどうかは、今の自分にはわからないけれど、心を落ち着かせるにはもってこいのお茶だ。
お茶を味わいながら、カレンは頭の中を整理する。
神殿側の一方的な主張は、驚きと怒りが大半だが、「やっぱり」という気持ちもわずかにある。
アルビスへの復讐のために聖皇后になったけれど、その選択のせいで、いつか関係ない人達に迷惑がかかるのではないかと懸念はいつもあった。
城内でメイド達から頭を下げられるたびに、馬車での移動で帝都の人達から路を譲られるのを見るたびに、頭の隅にあった不安は日増しに大きくなっていった。
カレンは無知で、非力で、世間知らずな女子高生でしかない。
けれど、聖皇后として王冠を頭に乗せた瞬間から、それは言い訳でしかないのだ。
「ところでさぁ、カレン様は何をそんなに悩んでるの?」
ロタから問われて、カレンはカップをソーサーに戻しながら唇を尖らせる。
「え、だって腹立つじゃん。あることないこと言いふらして、私のこと都合良く使おうとしてるし」
「うん。怒るのはわかるよ。でも、カレン様が悩むのがわからない」
「もうっ、だから!……あ」
イラッとしてついテーブルを叩こうとした瞬間、ロタが言いたいことがわかった。
どうして好き勝手にできる権限を持っているのに、それを行使せず、悩んでいるだけなのだと問いたいのだ。
確かに聖皇后という立場では悩む必要はない。嫌なら処罰すればいいし、手を差し伸べたいのならそうすればいい。
でもカレンが聖皇后になったのは、権力が欲しかったからじゃないし、国中から羨望の眼差しを求めたからでもない。
アルビスにとって一番辛い復讐をしたいがために、聖皇后になったのだ。
そんな自分が、都合良く権利を行使するのは間違っている。使えるものは何でも使うと豪語しているが、それは元の世界に戻るためだけに使いたい。
とはいえ、事情を知らないロタには言えない。
「いやだからさぁ……アイツに知られたくないの。干渉されたくないの。口出しされたくないし、手を借りるなんて死んでも嫌。だから……困ってるし、悩んでる」
「そっか」
真実を伏せて感情だけを伝えれば、ロタはあっさり納得してくれた。それから「じゃあ、どうしたいの?」と再び問うてくる。
「あの孤児院を救いたい」
考えれば考えるほど浮かんでくる懸念や不安を振り落すように、カレンは力強く言った。
なんだかんだと考えたって自分にできることはたかが知れている。なら、やりたいことを精一杯やるしかない。
とりあえず一番やりたいことは、あの孤児院が雨漏りの心配をしないですむようにしたい。腐った木箱を踏み台にしてほしくない。
神殿の連中をぎゃふんと言わせたいとか、己の見栄と体裁で寄付をする先をコロコロ変える貴族に一泡吹かせたいとか色々思うことはあるけれど、それは後回しでいい。
カレンは伺うようにロタを見る。目があった途端、彼はニコッと笑った。
「ならそうしようよ」
「え……でも」
「カレン様のやりたいことが思ったより簡単だったから、何とかなるよ」
「そうかなぁ?……簡単かなぁ」
カレンにとったら難題だ。
気持ちばかり先行しているが、実際、誰の手も借りずに孤児院を救うアイデアなんて思いつかない。なにより──
「お金ないもん」
聖皇后ともてはやされているけれど、使える現金は皆無。半年以上ここにいるのに、この世界のお金が紙幣なのか硬貨なのかすら知らないし、見たこともない。
「まずは資金だよね。あー、手っ取り早く稼げる方法ってないかなぁ。ねえ、リュリュさん、日払いのお仕事ってこの世界にある?2、3日変装してどっかで資金を稼いでこよっかなぁ」
欲しいものがあれば働く。これが元の世界の常識だ。
学校は健全なバイトなら黙認してくれていた。だからカレンも、友達と一緒にちょくちょくバイトをしていた。
でも、聖皇后が働くというのは、とんでもないことのようで──
「いけませんカレン様!お金ならわたくしが幾らでも用意します!!」
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悲鳴に近い声を上げたリュリュと、呆れ声を出したロタに、秒で却下されてしまった。
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