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二部 自ら誘拐されてあげましたが……何か?
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夏の強い日差しが、地面に濃い影を作る。
何度も足を運んでいるこの孤児院は、カレンにとってこの世界で一番居心地の良い場所になりつつある。
たとえ一ケ月前に、木に登って降りられなくなったティータという名の猫もどきを腐った木箱を踏み台にして救出しようとした結果、豪快に尻もちをついた挙句に手首を捻挫しようとも。ここでは息が楽にできるとカレンはしみじみと思う。
約束通りの時間に到着したカレンたちを、今日はマルファンだけではなく、子供たちも建物の前で迎えてくれた。
満面の笑みで歓迎してくれた子供たちの視線は、カレンではなくカレンが持っている籠に向いている。
「こんにちは。今日はね、これの感想を聞きたくて持ってきたの。食べてくれるかな?」
ずいっとカレンが籠ごと渡そうとしたけれど、子供たちは誰一人受け取ろうとしない。
拒絶しているのではない。戸惑っているようだ。
「こ……これ、食べものなの?僕たちが食べていいの?」
不安げな表情を浮かべる子供たちの目は、口調とは裏腹に夏の日差しよりもキラキラしている。
「うん!食べて、食べて」
そう言った途端、子供たちは返事もそこそこに我先にと手を伸ばしてくれた。
あの厨房に続く廊下での抱きつき事件から、アルビスとは顔を合わせていない。だから彼の身体が回復したのかどうかもわからない。
ただお詫びの品として、手のひらに乗る豪華な化粧箱と、クッキングシートとして使える油をしみ込ませた半透明の紙と、使い勝手が良さそうなパステルカラーのリボンが大量に私室に届けられた。アルビスの側近であるシダナとヴァーリの手によって。
『本来なら身を飾るものをお贈りすべきなのですが、カレン様はおそらくこれらの方が喜ばれると思いまして』
もったいぶった口調でそう言ったのは、シダナだった。
相変わらずのその言い方につい「要らない。持って帰って!」と突っ返しそうになった。
でも、悔しいけれど……本当に悔しいけれど、フルーツ飴のラッピングに頭を悩ませていたカレンにとって、贈られたそれらはとても魅力的な品だったのだ。
葛藤の末に受け取ったカレンを見つめるシダナとヴァーリのドヤ顔は、思い出しても腹が立つ。
でも一番腹が立つのは、皇帝陛下の力を借りることを許した自分に対してだ。
場所を変えて、裏庭の大きな木の下で涼みながら、カレンは隣に立つリュリュを見る。
彼女の腕には大ぶりの籠が下がっていて、ラッピングを終えたフルーツ飴の試作品が顔を覗かせている。
(ムカつくけど……かなり上手くできちゃったんだよね、コレ)
フルーツ飴のラッピングは、リュリュとアオイと一緒に試行錯誤をして、2種類用意することにした。
一つは、クッキングシートで作った小さなペーパーフラワーを化粧箱に敷き詰めて、その上に串を抜いたフルーツ飴を乗せるもの。
もう一つは、同じくクッキングシートで大き目なペーパーフラワーを作り、その中央にフルーツ飴を差し込むもの。
宝石箱とラウンドブーケをイメージしてラッピングしたそれらは、我ながら良く出来たと思う。リュリュとアオイにも、見栄え重視のお貴族様に絶対にウケると、太鼓判を押してくれた。
あとは孤児院の院長であるマルファンに手伝う許可を貰えば、当日を待つだけだ。
許可が下りるかどうかの心配はしていない。なにせ自分は聖皇后なのだから。
「……本当は全部、自分でやりたかったな」
アルビスの力なんか借りずに、ただのカレンのまま対等に向き合いたかった。
そんな気持ちからつい愚痴を零せば、ずっと黙っていたリュリュが、物言いたげな視線を向けてくる。
「あー……アオイも一緒になって食べてるじゃん。あんだけ食べたのに。まったく」
リュリュが何を言いたいのか察したカレンは、その視線から逃れるように花壇に視線を移す。
アオイを筆頭に、豪快な食べっぷりを見せてくれる子供たちがいて、自然と笑みがこぼれる。
もう子供達に、試作品のフルーツ飴の出来栄えを確認する必要は、なさそうだ。余ったらどうしようかと思うくらい、たくさん作ったのに、もう残り僅かになっている。
しかも護衛騎士たちまで、チラチラと箱の中に視線を向けて食べたそうにしている。
いつもは鬱陶しいだけの彼らだけど、今日に限っては誇らしい気持ちにすらなる。
だって騎士たちの出自は、皆、由緒正しい家柄だから。そんな彼らが、ここまで興味を示してくれるなら、きっと当日も大盛況になるはずだ。
「せいこーごーさま、すごいね!」
「ねえ、また作ってきてっ。今度は色付きがいいな」
「こら、私たちが作れるようにならなきゃ、だめでしょ!」
「えぇー作るのぉー?」
試作品を食べ終えた子供たちが、そんなことを言いながらパタパタとこちらに駆け寄ってくる。
「うん、今日ね皆に作り方を教えるから、頑張って覚えてね。といっても、まずは院長先生に許可をもらわないといけないんだけどね」
膝を折って答えれば、子供たちはまた口々に喋り出す。
「そうなんだ!僕たちも作れる?」
「せいこーごーさま、いんちょーせんせーならあっちにいるよ」
「あ、いんちょーせんせーにも、食べてもらおうよ!ねえ、せいこーごーへーかさま、いいよね?」
子供たちに囲まれたカレンは、照れ笑いが隠せない。
なぜだろう。夜会の時に貴族連中に視線を向けられた時は、鳥肌が立つほど不快だったのに、孤児院の子供達からのそれは、素直に受け止めることができる。
それはきっと、彼らは自分にすがろうとしないから。目の前にあるものだけに感嘆し、誉めてくれるからなのだろう。
子供たちの態度は、良く言えば単純だ。でも聖皇后がどんな存在なのか幼いなりに理解しているはずなのに、敢えてそれを態度に出さない。
カレンはその無邪気さの中にある、聡さに、救われている。
何度も足を運んでいるこの孤児院は、カレンにとってこの世界で一番居心地の良い場所になりつつある。
たとえ一ケ月前に、木に登って降りられなくなったティータという名の猫もどきを腐った木箱を踏み台にして救出しようとした結果、豪快に尻もちをついた挙句に手首を捻挫しようとも。ここでは息が楽にできるとカレンはしみじみと思う。
約束通りの時間に到着したカレンたちを、今日はマルファンだけではなく、子供たちも建物の前で迎えてくれた。
満面の笑みで歓迎してくれた子供たちの視線は、カレンではなくカレンが持っている籠に向いている。
「こんにちは。今日はね、これの感想を聞きたくて持ってきたの。食べてくれるかな?」
ずいっとカレンが籠ごと渡そうとしたけれど、子供たちは誰一人受け取ろうとしない。
拒絶しているのではない。戸惑っているようだ。
「こ……これ、食べものなの?僕たちが食べていいの?」
不安げな表情を浮かべる子供たちの目は、口調とは裏腹に夏の日差しよりもキラキラしている。
「うん!食べて、食べて」
そう言った途端、子供たちは返事もそこそこに我先にと手を伸ばしてくれた。
あの厨房に続く廊下での抱きつき事件から、アルビスとは顔を合わせていない。だから彼の身体が回復したのかどうかもわからない。
ただお詫びの品として、手のひらに乗る豪華な化粧箱と、クッキングシートとして使える油をしみ込ませた半透明の紙と、使い勝手が良さそうなパステルカラーのリボンが大量に私室に届けられた。アルビスの側近であるシダナとヴァーリの手によって。
『本来なら身を飾るものをお贈りすべきなのですが、カレン様はおそらくこれらの方が喜ばれると思いまして』
もったいぶった口調でそう言ったのは、シダナだった。
相変わらずのその言い方につい「要らない。持って帰って!」と突っ返しそうになった。
でも、悔しいけれど……本当に悔しいけれど、フルーツ飴のラッピングに頭を悩ませていたカレンにとって、贈られたそれらはとても魅力的な品だったのだ。
葛藤の末に受け取ったカレンを見つめるシダナとヴァーリのドヤ顔は、思い出しても腹が立つ。
でも一番腹が立つのは、皇帝陛下の力を借りることを許した自分に対してだ。
場所を変えて、裏庭の大きな木の下で涼みながら、カレンは隣に立つリュリュを見る。
彼女の腕には大ぶりの籠が下がっていて、ラッピングを終えたフルーツ飴の試作品が顔を覗かせている。
(ムカつくけど……かなり上手くできちゃったんだよね、コレ)
フルーツ飴のラッピングは、リュリュとアオイと一緒に試行錯誤をして、2種類用意することにした。
一つは、クッキングシートで作った小さなペーパーフラワーを化粧箱に敷き詰めて、その上に串を抜いたフルーツ飴を乗せるもの。
もう一つは、同じくクッキングシートで大き目なペーパーフラワーを作り、その中央にフルーツ飴を差し込むもの。
宝石箱とラウンドブーケをイメージしてラッピングしたそれらは、我ながら良く出来たと思う。リュリュとアオイにも、見栄え重視のお貴族様に絶対にウケると、太鼓判を押してくれた。
あとは孤児院の院長であるマルファンに手伝う許可を貰えば、当日を待つだけだ。
許可が下りるかどうかの心配はしていない。なにせ自分は聖皇后なのだから。
「……本当は全部、自分でやりたかったな」
アルビスの力なんか借りずに、ただのカレンのまま対等に向き合いたかった。
そんな気持ちからつい愚痴を零せば、ずっと黙っていたリュリュが、物言いたげな視線を向けてくる。
「あー……アオイも一緒になって食べてるじゃん。あんだけ食べたのに。まったく」
リュリュが何を言いたいのか察したカレンは、その視線から逃れるように花壇に視線を移す。
アオイを筆頭に、豪快な食べっぷりを見せてくれる子供たちがいて、自然と笑みがこぼれる。
もう子供達に、試作品のフルーツ飴の出来栄えを確認する必要は、なさそうだ。余ったらどうしようかと思うくらい、たくさん作ったのに、もう残り僅かになっている。
しかも護衛騎士たちまで、チラチラと箱の中に視線を向けて食べたそうにしている。
いつもは鬱陶しいだけの彼らだけど、今日に限っては誇らしい気持ちにすらなる。
だって騎士たちの出自は、皆、由緒正しい家柄だから。そんな彼らが、ここまで興味を示してくれるなら、きっと当日も大盛況になるはずだ。
「せいこーごーさま、すごいね!」
「ねえ、また作ってきてっ。今度は色付きがいいな」
「こら、私たちが作れるようにならなきゃ、だめでしょ!」
「えぇー作るのぉー?」
試作品を食べ終えた子供たちが、そんなことを言いながらパタパタとこちらに駆け寄ってくる。
「うん、今日ね皆に作り方を教えるから、頑張って覚えてね。といっても、まずは院長先生に許可をもらわないといけないんだけどね」
膝を折って答えれば、子供たちはまた口々に喋り出す。
「そうなんだ!僕たちも作れる?」
「せいこーごーさま、いんちょーせんせーならあっちにいるよ」
「あ、いんちょーせんせーにも、食べてもらおうよ!ねえ、せいこーごーへーかさま、いいよね?」
子供たちに囲まれたカレンは、照れ笑いが隠せない。
なぜだろう。夜会の時に貴族連中に視線を向けられた時は、鳥肌が立つほど不快だったのに、孤児院の子供達からのそれは、素直に受け止めることができる。
それはきっと、彼らは自分にすがろうとしないから。目の前にあるものだけに感嘆し、誉めてくれるからなのだろう。
子供たちの態度は、良く言えば単純だ。でも聖皇后がどんな存在なのか幼いなりに理解しているはずなのに、敢えてそれを態度に出さない。
カレンはその無邪気さの中にある、聡さに、救われている。
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