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二部 恋のアドバイスなんてしたくありませんが……何か?
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アルビスに心臓を差し出した少女は実は少年で、ほんの少し前まで広大な王城の隅にある塔に幽閉されていた。
この塔は、罪人が生涯を過ごす場所。入口はあるが、出口はない。
石牢には換気のための小さな窓があるが、鉄格子がはめられ、壁には投獄されたものが一縷の望みをかけて穴を開けようと削った跡が至る所にある。
しかしここには、歴代皇帝の強固な魔法がかけられているので、罪人はどんな手段を使っても、壁に穴を開けることはできない。
どんなに凶悪な罪人でも、狭く薄暗い牢屋で過ごせば、絶望に飲み込まれ、短命となる。
しかし罪人である少年は、絶望の沼に落ちるどころか、心身ともに健康のまま惰眠を貪っていた。
わずかに陽が差し込むかび臭い牢屋に、音もなく一人の男が姿を現した。
男は、ベッドの上で幸せそうに寝息を立てる少年を見るや否や、眉間に皺を寄せて口を開いた。
「起きろ」
その声は決して大きなものではないが、人を従わせることに慣れた威厳のあるものだった。
「……ん、ごはん?」
むにゃっと目をこすりながら少年が緩慢に上半身を起こす。次いで声がした方に目を向け、子供のように無邪気に笑った。
「あ、王様じゃん。久しぶり」
少年の口調は、まるで友人にでも再会したような親し気なものだが、相手はこの帝国の皇帝アルビスだ。
不敬罪で今よりもっと過酷な状況に置かれる可能性だってある。
しかし少年は、怯えることも、へりくだることもしない。わかっているのだ。この程度では、罰を受けたりしないことを。
少年はかつて、斬首されても仕方がない罪──聖皇后であるカレンを殺害しようとした。結果として未遂に終わったが、それでも大罪であることに変わりはない。幽閉されているとはいえ、今こうして生きているのが奇跡と言っても過言ではない。
「ったく、いい身分だな」
呆れと侮蔑を込めてアルビスが吐き捨てても、少年は笑みを崩さない。
「うん。今、最高にいい暮らしをさせてもらってるよ。ありがとう、王様。殺しの依頼を受けなくても、ご飯は毎日食べさせてくれるし、殴られることもなければ、ご機嫌取りだってしなくていい。ま、でも……時々、こんな贈り物をくれるのは困るけどね」
そう言って、少年は壁の隅に積み上げられた食べ物を指さした。パンに焼き菓子。干し肉や、瓶詰めの保存食もある。
どれもがこの場に似合わない上流階級が口にしそうなものだが、その全てに毒が含まれているのを少年は知っている。
「いやー、こうして改めて見ると、どれだけの人が僕の死を望んでいるのかわかるなぁー」
しみじみと呟く少年は、この王城内で暗殺を請け負っていた過去を持つ。
カレンの殺害は、かつて王城内にいた皇后候補からの依頼だった。少年は、それ以外にも数多くの汚れ仕事をこなしてきた。
毒の入った食べ物を送りつけてきたのは、間違いなく元依頼主。口外されたら身を亡ぼす秘密を少年は、たくさん抱えている。
「どれも口にしていないな?」
毒入りの食べ物を一瞥したアルビスは、鋭い声で少年に問うた。間髪入れずに、少年は頷く。
「そんなの、当たり前じゃん!野良犬じゃないんだから、リュリュさんが持ってきてくれるものしか食べないよ」
ったく!と、頬をふくらます少年に一つ頷くと、アルビスは表情を変えた。牢内に、緊張が走る。
少年も無駄話はここまでと悟ったようで、ベッドから降りるとアルビスの足元に跪いた。
「で、王様、僕は何をすればいいの?」
首を付け根までさらすほど下げたまま、少年が尋ねる。口調とは裏腹に覚悟を決めた表情で。
「このままここで野垂れ死ぬか、心臓を差し出しここから出るか、選べ」
抑揚のない口調で突きつけられた二択に、少年は思わず顔を上げた。薄紫色の瞳をまん丸にし、口を半開きのままで。
「え、ちょ……待って、待って王様。僕が選んでいいの?」
喜びと不安から取り乱す少年に、アルビスは目を細める。
うるさい。早く決めろ。そう雄弁に語る血の色の瞳に射貫かれた少年は、大きく深呼吸をするとふわっと笑った。
「王様に僕の心臓をあげるよ」
少年は立ち上がり、アルビスと向き合う。伸ばしたアルビスの手は、少年の左胸に触れるか触れないかギリギリのところで止まった。
すぐにアルビスの手の平から赤い光が放たれる。否、これは少年の心臓の血の色だ。
心臓を差し出すなど耐えがたい苦痛のはずだ。なのに少年は、満たされた表情を浮かべている。
「ちょ、ちょっと……苦しいけど、あの時、首を掴まれた時よりは楽だな。王様、気を遣ってくれてるの?以外にいい人なんだね」
「黙れ」
「そんなこといわないで聞いてよ、王様。あのね、僕、あの子に会って人間扱いされてからね、どう生きていけばいいのかわからなく……なっちゃったんだ」
一旦言葉を止めた少年は、迷子の子供のような顔をしていた。
「たくさん人を殺してきたから、いつか誰かに殺されるのは当たり前だと……思ってたんだ。なのに僕は生かされちゃった。僕なんて、そんなに大事にされるような人間じゃないのに……変な子だよね」
少年が言う”変な子”が誰か、すぐに気づいたアルビスはギロリと睨んだ。
「口を慎め」
「あ、うん。ご、ごめん」
少年が謝罪すると同時に、アルビスの手のひらから赤い光が消えた。少年の心臓は光から宝石となって、アルビスの手の中にある。
一方、心臓を失い、魔法によって生かされている少年は、顔色を失い、額には大粒の汗が浮いている。立っているだけでもやっとのようで、壁に手をついて荒い息を繰り返していた。
それでも。アルビスに伝えたいことがあった。
「ねえ、王様、ひ……ひとつだけ、お。お願いを聞いて。あの……ね、これから僕、何でもする。好きなように使って。でも……ね、あの子に救われた意味を、ちゃんと理解するまでは、お願い……殺さ……ない……で……」
最後の力をふり絞ってアルビスに懇願した少年は、そのままズルズルと床に崩れ落ちる。しかしバタリと倒れる瞬間、強く腕を掴まれた。
「それは今後のお前次第だ」
どちらにも取れるアルビスの返答に、少年は顔をくしゃりと歪めて笑う。
「王様、あんた、自分が思っている以上にいい人だよ」
「……減らず口を叩くな」
立ち上がる気力がない少年をアルビスは片腕で抱えて、ベッドに運ぶ。
そして横たわる少年に毛布をかけながら、今後の指令を出す。
「まずは側室としてお前を迎え入れる。要は内偵だ。お前が見聞きしたこと全てを伝えろ」
「え?僕、男……あ、はいはい。わかりました。ってか、王様、僕のドレス姿を見て、あらぬ感情を持たないでよ……って、ごめん!ちゃんとするから!ごめんって!!」
無言で宝石と化した心臓を握りつぶそうとするアルビスに、少年はこれ以上ないほど本気で謝罪した。
そうして少年は、少女となり、アルビスの側室となった。
このアルビスと少年の取引はカレンはまったく知らない。そして知らないまま、少年と再会することになる。
この塔は、罪人が生涯を過ごす場所。入口はあるが、出口はない。
石牢には換気のための小さな窓があるが、鉄格子がはめられ、壁には投獄されたものが一縷の望みをかけて穴を開けようと削った跡が至る所にある。
しかしここには、歴代皇帝の強固な魔法がかけられているので、罪人はどんな手段を使っても、壁に穴を開けることはできない。
どんなに凶悪な罪人でも、狭く薄暗い牢屋で過ごせば、絶望に飲み込まれ、短命となる。
しかし罪人である少年は、絶望の沼に落ちるどころか、心身ともに健康のまま惰眠を貪っていた。
わずかに陽が差し込むかび臭い牢屋に、音もなく一人の男が姿を現した。
男は、ベッドの上で幸せそうに寝息を立てる少年を見るや否や、眉間に皺を寄せて口を開いた。
「起きろ」
その声は決して大きなものではないが、人を従わせることに慣れた威厳のあるものだった。
「……ん、ごはん?」
むにゃっと目をこすりながら少年が緩慢に上半身を起こす。次いで声がした方に目を向け、子供のように無邪気に笑った。
「あ、王様じゃん。久しぶり」
少年の口調は、まるで友人にでも再会したような親し気なものだが、相手はこの帝国の皇帝アルビスだ。
不敬罪で今よりもっと過酷な状況に置かれる可能性だってある。
しかし少年は、怯えることも、へりくだることもしない。わかっているのだ。この程度では、罰を受けたりしないことを。
少年はかつて、斬首されても仕方がない罪──聖皇后であるカレンを殺害しようとした。結果として未遂に終わったが、それでも大罪であることに変わりはない。幽閉されているとはいえ、今こうして生きているのが奇跡と言っても過言ではない。
「ったく、いい身分だな」
呆れと侮蔑を込めてアルビスが吐き捨てても、少年は笑みを崩さない。
「うん。今、最高にいい暮らしをさせてもらってるよ。ありがとう、王様。殺しの依頼を受けなくても、ご飯は毎日食べさせてくれるし、殴られることもなければ、ご機嫌取りだってしなくていい。ま、でも……時々、こんな贈り物をくれるのは困るけどね」
そう言って、少年は壁の隅に積み上げられた食べ物を指さした。パンに焼き菓子。干し肉や、瓶詰めの保存食もある。
どれもがこの場に似合わない上流階級が口にしそうなものだが、その全てに毒が含まれているのを少年は知っている。
「いやー、こうして改めて見ると、どれだけの人が僕の死を望んでいるのかわかるなぁー」
しみじみと呟く少年は、この王城内で暗殺を請け負っていた過去を持つ。
カレンの殺害は、かつて王城内にいた皇后候補からの依頼だった。少年は、それ以外にも数多くの汚れ仕事をこなしてきた。
毒の入った食べ物を送りつけてきたのは、間違いなく元依頼主。口外されたら身を亡ぼす秘密を少年は、たくさん抱えている。
「どれも口にしていないな?」
毒入りの食べ物を一瞥したアルビスは、鋭い声で少年に問うた。間髪入れずに、少年は頷く。
「そんなの、当たり前じゃん!野良犬じゃないんだから、リュリュさんが持ってきてくれるものしか食べないよ」
ったく!と、頬をふくらます少年に一つ頷くと、アルビスは表情を変えた。牢内に、緊張が走る。
少年も無駄話はここまでと悟ったようで、ベッドから降りるとアルビスの足元に跪いた。
「で、王様、僕は何をすればいいの?」
首を付け根までさらすほど下げたまま、少年が尋ねる。口調とは裏腹に覚悟を決めた表情で。
「このままここで野垂れ死ぬか、心臓を差し出しここから出るか、選べ」
抑揚のない口調で突きつけられた二択に、少年は思わず顔を上げた。薄紫色の瞳をまん丸にし、口を半開きのままで。
「え、ちょ……待って、待って王様。僕が選んでいいの?」
喜びと不安から取り乱す少年に、アルビスは目を細める。
うるさい。早く決めろ。そう雄弁に語る血の色の瞳に射貫かれた少年は、大きく深呼吸をするとふわっと笑った。
「王様に僕の心臓をあげるよ」
少年は立ち上がり、アルビスと向き合う。伸ばしたアルビスの手は、少年の左胸に触れるか触れないかギリギリのところで止まった。
すぐにアルビスの手の平から赤い光が放たれる。否、これは少年の心臓の血の色だ。
心臓を差し出すなど耐えがたい苦痛のはずだ。なのに少年は、満たされた表情を浮かべている。
「ちょ、ちょっと……苦しいけど、あの時、首を掴まれた時よりは楽だな。王様、気を遣ってくれてるの?以外にいい人なんだね」
「黙れ」
「そんなこといわないで聞いてよ、王様。あのね、僕、あの子に会って人間扱いされてからね、どう生きていけばいいのかわからなく……なっちゃったんだ」
一旦言葉を止めた少年は、迷子の子供のような顔をしていた。
「たくさん人を殺してきたから、いつか誰かに殺されるのは当たり前だと……思ってたんだ。なのに僕は生かされちゃった。僕なんて、そんなに大事にされるような人間じゃないのに……変な子だよね」
少年が言う”変な子”が誰か、すぐに気づいたアルビスはギロリと睨んだ。
「口を慎め」
「あ、うん。ご、ごめん」
少年が謝罪すると同時に、アルビスの手のひらから赤い光が消えた。少年の心臓は光から宝石となって、アルビスの手の中にある。
一方、心臓を失い、魔法によって生かされている少年は、顔色を失い、額には大粒の汗が浮いている。立っているだけでもやっとのようで、壁に手をついて荒い息を繰り返していた。
それでも。アルビスに伝えたいことがあった。
「ねえ、王様、ひ……ひとつだけ、お。お願いを聞いて。あの……ね、これから僕、何でもする。好きなように使って。でも……ね、あの子に救われた意味を、ちゃんと理解するまでは、お願い……殺さ……ない……で……」
最後の力をふり絞ってアルビスに懇願した少年は、そのままズルズルと床に崩れ落ちる。しかしバタリと倒れる瞬間、強く腕を掴まれた。
「それは今後のお前次第だ」
どちらにも取れるアルビスの返答に、少年は顔をくしゃりと歪めて笑う。
「王様、あんた、自分が思っている以上にいい人だよ」
「……減らず口を叩くな」
立ち上がる気力がない少年をアルビスは片腕で抱えて、ベッドに運ぶ。
そして横たわる少年に毛布をかけながら、今後の指令を出す。
「まずは側室としてお前を迎え入れる。要は内偵だ。お前が見聞きしたこと全てを伝えろ」
「え?僕、男……あ、はいはい。わかりました。ってか、王様、僕のドレス姿を見て、あらぬ感情を持たないでよ……って、ごめん!ちゃんとするから!ごめんって!!」
無言で宝石と化した心臓を握りつぶそうとするアルビスに、少年はこれ以上ないほど本気で謝罪した。
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