皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

文字の大きさ
138 / 148
二部 自ら誘拐されてあげましたが……何か?

12

しおりを挟む
「次に会う時は、良い報せを期待する」

 そう言って場を締めたアルビスは、身に着けているローブを払って扉へと向かう。

 しかし扉を開けたものの、退出する素振りはない。

「カレン、まだウッヴァと話をしたいのか?」

 振り返って問うアルビスは、約束を守ったのだから城に行くぞと告げている。

「別に……もう、ないけど?……って、リュリュさん!?」

 くすぶる気持ちを抱えたままでいるカレンが、不貞腐れた口調で言い返した。それと同時に、身体がふわりと浮く。リュリュに横抱きにされたのだ。 

「ちょ、リュリュさん、降ろして!」
「カレン様、もし、お一人で歩くと申されるなら、リュリュはここで自害いたします」
「えー……」

 とんでもない切れ札を出され、カレンはしぶしぶリュリュの首に腕を回す。

「私、重いでしょ?辛くなったら、いつでも降ろしてね」
「いいえ、羽のように軽うございます」
「あはは……」

 いろんな感情が混ざり合って、カレンは”もうどうでもいい”という結論に落ち着いた。

 リュリュに抱かれたまま、ウッヴァにペコリとお辞儀をして、扉に向かう。アルビスは使用人のように、扉を開けたまま、カレンが出ていくのを待っている。

 それを見ないようにして廊下に出た途端、カレンの身体が強張った。

 廊下には、数人の神官が倒れていたのだ。

(し、死んで……あ、良かった。生きてる)

 倒れている神官たちの手足がピクピク痙攣しているのを見て、カレンはホッと胸をなでおろす。とはいえ、生きてはいるものの、頬に殴られた跡がある。

 誰がこんなことを、と考えたのは一瞬で、すぐに犯人がわかった。アルビスの側近──シダナとヴァーリの仕業だ。

 二人は、一仕事終えた顔で、アルビスを迎えようとしてる。

 おそらく足止めするよう命令を受けていたのだろう。とはいえ、いくらなんでもこれはやりすぎだ。
 
「ねぇ……これ、どっちがやったの?」

 側近二人に尋ねれば、すぐにその一人が口を開く。

「ヴァーリにございます」

 答えたのはシダナだった。何のためらいもなく相棒を売るなんて、さすがとしか言いようがない。

「そう。じゃあ、ヴァーリさん……切腹ね」
「ええ!ちょ、な、なんで!?」

 顔色を失ったシダナは、過去にカレンから切腹を言い渡されている。だから、切腹がどんなものかも、やり方も熟知している。

「なんでですか!?俺、なんも悪いことしてな──」
「ヴァーリ、見苦しい真似はやめなさい。ほら、さっさと剣を抜きなさい」
「ちょ、おま、おまえ!」

 ここぞとばかりにヴァーリを追い込むシダナは、本当に性根が腐っている。

 そんな彼に向け、カレンは再び口を開いた。

「黙ってて、シダナさん。また頭に、お茶、ぶっかけられたいの?」
「……大変失礼いたしました」
 
 過去に本当にされたことがあるシダナは、これが冗談ではないと悟ったのだろう。表情を神妙なものに変え、一礼した。

 背後にいるアルビスは、何も言わなかった。

 アオイの手で玄関扉が開かれ、リュリュに抱かれたまま、カレンは外に出る。

 空の色は、ちょうど夕方と夜の真ん中で、紫色の空に星がポツリポツリと輝いている。

 花々の香りに見送られながら、カレンたちは馬車へと向かう。

「あ……」

 カレンが一声挙げれば、リュリュの足が止まった。

 視線の先には、藤の花によく似た名も知らぬ花があった。見ごろは終わりを迎え、遅咲きの花が少しばかり残っているだけだ。

「この花も、お気に召しましたでしょうか?」 

 顔を綺麗にしたウッヴァが、ランタンを手にして横に立つ。

「この花は、キュナリアと言いまして、かつての聖皇后が愛した花でございました」
「……そ、そう……そうなんだ」

 知っている。だからこそ、藤の花に良く似たキュナリアを見て、絶望したのだ。

 あの時の打ちひしがれた気持ちを思い出して、カレンはキュナリアから目を逸らすが、ウッヴァは気づかず、語り続ける。

「初代聖皇后陛下は、元の世界でも見たことがない花だと驚き、愛おしんでくださり、見ごろの季節になる度に、ここに足を運んでくださいました」
「え?……見たことが……ない??」
「さようです」

 誇らしげに頷くウッヴァを凝視して、カレンはもう一度キュナリアを見つめる。

 夜風に揺れるその花は、何度見ても懐かしさを感じる。公園や施設に当たり前にあった花だ。きっと元の世界の人間なら、必ずどこかで目にしたであろう。それって、つまり──

(もう一人の召喚された女性は、私の世界とは別の世界の人だったってこと?)

 よくよく考えてみれば、そういう可能性があったはずなのに、思い浮かばなかった。

 聖皇后になったかつての異世界人は、よその国の人か、よその世界の人かもしれない。

 国や世界が違えば、考え方や、価値基準が変わる。この世界に留まることを選んだ女性の気持ちは、未だに理解できない。

 でも理解できないのは、仕方がない。自分と何もかも、同じではないのだから。

 辿り着いたたったそれだけの結論に、心が癒されていく。ほっとしたカレンの身体が、くたりとなる。

「……そっか」

 ため息交じりに呟いたその言葉は、「なぁーんだ」に近い響きだった。

 真相を知ったカレンの心に、別の感情が生まれる。

「ウッヴァさん、あの日……すぐに帰っちゃってごめんなさい。私、手首を痛めてて……その……無理して来たけど、やっぱり辛かったの」
「そ、それは、それは……なんと!」

 顔色をなくしたウッヴァは、心からカレンの怪我を案じている。

「もうすっかり良くなったよ。大丈夫。ところでウッヴァさん、つかぬことを訊くけどさ」
「は、はい。なんでしょう?」

 急に声音が変わったカレンに、ウッヴァは挙動不審になる。

(よくよく考えたら私、慰謝料っぽいやつ、請求できる立場にあるんだよね)

 丸く収まって良しとしたいところだが、ウッヴァの手助けもできるし、こちらの問題も解決できるいい案がひらめいてしまったのだ。それに、貰えるものは貰っておきたい。

 今、カレンが切実に欲しいものは一つ。バザーに向けての労働力だ。

「ウッヴァさんって、手先は器用なほう?子供は好き?あと、料理はできる?あの花って、すぐに別の花壇に移しても大丈夫?」
 
 戸惑いつつも、3つの質問全てに是と頷いたウッヴァに、カレンは遠慮なく指令を出す。

 ウッヴァは不満も不平も口に出すことはせず、「身に余る光栄です」と言って恭しく礼を執った。
しおりを挟む
感想 534

あなたにおすすめの小説

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

冷遇された聖女の結末

菜花
恋愛
異世界を救う聖女だと冷遇された毛利ラナ。けれど魔力慣らしの旅に出た途端に豹変する同行者達。彼らは同行者の一人のセレスティアを称えラナを貶める。知り合いもいない世界で心がすり減っていくラナ。彼女の迎える結末は――。 本編にプラスしていくつかのifルートがある長編。 カクヨムにも同じ作品を投稿しています。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

処理中です...