皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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二部 こんな贈り物は受け取れませんが……何か?

2

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 カレンも窓辺近くにある椅子に座っている。それを避けるように、アルビスは腕を組んで、窓の外を眺めている。

「……大盛況のようだな」

 しばらく外の状況を観察していたアルビスの呟きは、どこか尊敬の念が込められているように感じた。

「そうだね。みんなが頑張ってくれたから」

 別に、あんたに褒められたくてやったわけじゃないんですけど?と、反論しても良かったけれど、今日ぐらいは寛大に接してあげよう。

 だって外の賑やかさが「今日ぐらいは大人になれ」と訴えているから。

 とはいえ、二人っきりで過ごす空間は、やはりいいものじゃない。むしろ不快だ。

「……で、市場調査は終わったんだから、お城で仕事の続きをしたら?」

 暗にさっさと出ていけと告げるカレンに、アルビスは頷いたが、出ていく気配はない。それどころかローブに手を突っ込み、筒状の書簡を取り出した。

「受け取ってくれ」
 
 手渡しはせず、窓の縁にそれを置いたアルビスに、カレンは怪訝な表情になる。

「なにそれ?」
「読めばわかる」
「いらない」
「せめて目を通してから、判断してくれ。そうしてくれたら私は城に戻る」

 言い換えると、目を通すまで城に戻らないと、アルビスは主張している。

(それ、私が神殿で使ったやつじゃん。真似しないでよ!)

 帝国に君臨する皇帝がパクるなんてと、カレンは苛立つが、アルビスに去ってほしい気持ちの方が強かった。

 しぶしぶ筒状の書簡を広げて、黙読する。しかし全てを読み切る前に、カレンはアルビスにそれを突っ返した。

 書簡の内容は、皇室公認のフルーツ飴の販売権利書──元の世界でいう”特許”というものだ。

 現状、販売を許されているのは、この孤児院だけ。独占販売すれば、大きな収益を得られるだろう。そうすれば、あっという間に、貧困から抜け出すことができる。でも──

「い、いらないよ、こんなの」
「損はしないし、腐るものでもないのにか?」
「それはそうなんだけど……」

 葛藤したけれど、カレンは首を横に振った。受け取ってくれない書簡を丸めて、窓の縁に置く。

「やっぱいい。だって、えこひいきになるから」

 どんなに皇帝が素晴らしくても、貧富の差は必ず生まれてしまう。この孤児院より、貧困に苦しんでいる人たちは、少なからずいるだろう。

 今回、バザーに協力したのは”たまたま”だ。

 偶然立ち寄った孤児院がボロボロで、偶然カレンは元の世界で文化祭を控えていて、加えて神殿の守り人に腹が立って、一泡吹かせたくて動いただけ。

 ちゃんと帝国を見て回って、ここだと選んだわけじゃない。強い意志を持って救いたいと行動したわけじゃない。

「あのね、私……今日の今日まで、ずっと不安だったんだ。私が元の世界に戻った時、関わった人たちは、どう思うんだろうかって。中途半端なことをするぐらいなら、始めから手を出すなって怒るんじゃないかって」
「そんな馬鹿なこと──」
「聞いて!最後まで……聞いてよ」
 
 アルビスの言葉を強く遮って、カレンは椅子から立ち上がり、窓に触れる。

 透明で硬く、手を伸ばしても隔たるこれは、まさに今のカレンとこの世界の関係だ。

「孤児院やウッヴァさんに関わったことは、後悔してない。でもこの先、あまり関わらないようにしたいと思ってる。そうすれば、きっと皆私のことを優しく忘れてくれる。”ああ、そういえばそんな人いたっけ”って感じで、忘れてもらえるのが一番いい」

 辛く苦しい思い出は心に傷を与え、楽しかった思い出は心を癒す。そして癒された心は前を向き、後ろを振り返ることはない。

 この孤児院も、ウッヴァも立ち直りかけている。もう前を向いて、歩き出している。

 後ろに立っていたカレンのことは、忘れていってくれるだろう。巡りくる季節のように、自然に、穏やかに。

「だから、皇室認定なんかされちゃ駄目なの。強烈すぎて、忘れたくても、忘れられないだろうし。だから、これは持って帰って」

 カレンはアルビスを見ながら、指先で書簡をアルビスの方にずらす。でも書簡は、窓の縁に置かれたままだ。

「私は、君の選んだ選択を阻むことはしない。そんな権利はもとよりないのもわかっている。だがな……認定を受けたものを取り消した場合、2度と認定を受けられない。例えばだが、孤児院には認定を受けたことは伝えずに、君が権利だけ所有しているのはどうだ?そうすれば万が一、問題が起こったときに迅速に対応できる。それに、認定証には君の名は、どこにも書かれていない」

 滑らかに語っているように見えるが、アルビスの目は若干、泳いでいる。頭に浮かんだ言葉を組み立てながら、急いで口に出しているようだ。

(この人、私を説得しようとしてるんだ)

 押し付けるのではなく、納得して受け取って欲しい。そんな願いが伝わり、カレンはもう一度書簡に目を向ける。

 この世界に壁を作り関わらなければ、こんなふうに悩むこともなかっただろう。罪悪感を感じないまま、ただただ戻る方法を探し続けていれば良かった。そうできる環境にあった。

 でも、その檻を破って、外に出たのは自分の意思だ。この書簡が、その選択の先にあるものなら、手にする義務はある。

「わかった。じゃあ……そういうことなら……」

 書簡が窓の縁から消えてアルビスは微笑むが、すぐに表情を曇らせる。視線は、カレンの足に向けられていた。

「座った方がいい」
「平気。本当に痛くない。リュリュさんとアオイが心配性なせいで、ここにいるだけなんだから」

 小言はもう聞き飽きたと言わんばかりに顔を顰めるカレンに、アルビスは肩をすくめる。しかし、まだ出ていこうとはしない。 

(そろそろ本気で追い出すか)

 これを機に図々しく距離を詰められたら、たまったもんではない。

 警戒心を隠さずにカレンはアルビスを睨みつけるが、返ってきたのは退去の挨拶ではなく、質問だった。

「小僧は、どうだ?使えそうか?」
「……まさかアオイのこと?」
「そうだ」
「そういう言い方しないで。使えるとか、使えないとか、そんな判断をして私は一緒にいるんじゃないんだから」
「そうか。なら、質問を変えよう。アオイを傍に置いている間、身の危険を感じたことはないか?不快な言動はなかったか?」
「あるわけないでしょ」
「君が元の世界に戻る日まで、その気持ちは変わらないか?」
「そ……それは……」

 最後の質問には、口ごもってしまった。

 アオイのことを煩わしいと思ったことは一度もない。それどころか、感謝すらしている。

 しかしこれからアオイと時間を重ねていけば、元の世界に戻る時、自分は寂しいと感じてしまうだろう。アルビスは、きっとそのことを懸念している。

 それがわかっていても、答えはやっぱり変わらない。

「そうだね。いてくれたら嬉しい」

 素直な気持ちを口にすれば、アルビスは「そうか」と深く頷き、今度こそ姿を消した。




 その後、バザーの後片付けも終わり、日常を取り戻しつつあるカレンの元に、アルビスから真っ赤な石のついた指輪が贈られた。

 秒で捨てようとするカレンを引き留めたのはアオイで、贈られた指輪が何であるか説明したのもアオイ。

 そして指輪の正体を知ったカレンは「ぎゃあっ!」と悲鳴を上げると、すぐにアオイにこう命じた。


「今すぐ、アイツのところに言って、心臓を元に戻してきて!!」
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