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°˖✧閑話 その2✧˖°
結果オーライ。だけど、気づかぬ間に増える枷⑥
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カレンとリュリュが去った後、アルビスは使用人たちを下がらせた。
家臣だけが残った空間で、まず最初にアオイに声をかける。
「アレを、どうやってここまで連れてきたんだ?」
静かな口調だが、僅かな苛立ちを含んだ問いかけに、アオイは一度は白々しくあらぬ方を向いた。
しかしすぐ、観念したように肩をすくめて口を開く。
「僕が王様の顔にプティングをぶちまけちゃって、王様超激おこだから、食堂についてきてって……」
「はぁー……とんでもない口実を作りましたねぇ。アオイ殿」
豪快なため息を吐きながら口を挟んだのはシダナである。
「お前、馬鹿なん?もっと他にマシな言い訳があっただろ?カレン様、よく来てくれたなぁー」
呆れ声を出すヴァーリに、シダナはすかさず「あなたも、どっこいどっこいの馬鹿ですよ」とナチュラルに突っ込みを入れる。
それを皮切りに、低次元の喧嘩を始めようとする二人に、アルビスはトンッと人差し指で、テーブルを軽く叩いた。
「いい加減にしろ」
「お見苦しいものをお見せして、申し訳ありません」
「ちぇ。すんません」
喧嘩をやめた側近二人を一瞥したアルビスは、次にアオイに視線を向ける。
「言いたいことはあるが……もういい。お前は、アレのところへ行け」
「うん!」
二つ返事で頷いたアオイは、すぐに廊下へ飛び出して行く。
パタパタパタ……と、次第に小さくなる足音を聞きながら、ヴァーリは口を尖らす。
「なんかさぁー、陛下。ちょっとアイツに甘過ぎやありません?」
「ヴァーリさん、男の嫉妬は醜いですよ」
「なんだと?おい!」
再び超低次元の喧嘩をおっぱじめた側近達に対し、アルビスは今度は睨むことで黙らせた。
「シダナ、セリオスが神殿への予算振り分けで難儀してるから補佐をしてこい。ヴァーリ、お前は各部署を回って提出書類の回収だ。急げ」
暗に一人にしろと訴える主に、シダナとヴァーリは「はっ!」と短い返事をして廊下へと出た。
一人になったアルビスは、トレーに乗ったままのプティングをじっと見つめる。これは、愛する者が自ら作ったもの。
ついさっきそれを食したばかりなのに、また口にできるとは。
「こうも嬉しいことが続くと、逆に怖いな……」
ほんの少し前までは、カレンは自分の姿を目にした途端、毛虫を見るような目つきになった。話しかけようものなら、子猫が毛を逆立てるように威嚇しまくりだった。
彼女の心に変化をもたらしたきっかけは、一体なんだったのだろう?とアルビスは記憶を辿る。しかし、すぐに首を横に振った。考える必要なんてないからだ。
(私は、これまで通り過ごすだけだ)
カレンを無理矢理抱いたことを酷く悔いたあの日から、アルビスは償い続けている。そうすることが、アルビスにとって”生きる”ということ。
だからカレンがどれだけ心を開いても、距離が近づこうとも、悔やむ気持ちは消えないし、贖罪をやめていい理由にもならない。
「カレン、君は自分でも気づいていないんだな……」
ありがとうと言ったことも、感謝の言葉を口にしたことも。それは、憎むべき人間には絶対に吐かない台詞だ。
それに、孤児院バザーのこともそうだ。
深入りしたくないと壁を作りたがるくせに、また協力しようとしている。
矛盾する行動は、彼女の責任感の強さからくるものだが、それ以前に優し過ぎるからなのだろう。
「まったく、自分で枷を増やしてどうする……?」
この調子だと、元の世界に戻るとき抱えきれない想いと、責任と、願いを、全部振り捨てていく羽目になる。それが彼女にできるだろうか。
そんな不安を持ちながら、アルビスはカレンが座っていた隣の席に着席すると、プティングの乗ったトレーを引き寄せる。
「こんなもの、消してしまおう」
これは、カレンの心が変化した揺るぎない証拠。アルビスにとったら喜ぶべきものだが、いつかカレンが苦しむもの。
彼女が苦痛に感じるものなど、この世に必要ない。
デザートスプーンを手にしたアルビスは、プディングを食べ始める。
香り高い紅茶と、瑞々しい果実は、幸せに満ちた味だが、微かに苦味がある。
「……旨いな。本当に、旨い」
つい零れたアルビスの声音は、震えていた。
それに気づかないふりをして、アルビスはプティングを長い時間かけて完食した。
◇◆◇◆ 番外編② おわり ◇◆◇◆
余談ですが、この番外編は二部の終わり方を悩んでボツにしたお話です。
でも心残りだったので、番外編として投稿できて個人的に満足です。
読んでくださりありがとうございました!
家臣だけが残った空間で、まず最初にアオイに声をかける。
「アレを、どうやってここまで連れてきたんだ?」
静かな口調だが、僅かな苛立ちを含んだ問いかけに、アオイは一度は白々しくあらぬ方を向いた。
しかしすぐ、観念したように肩をすくめて口を開く。
「僕が王様の顔にプティングをぶちまけちゃって、王様超激おこだから、食堂についてきてって……」
「はぁー……とんでもない口実を作りましたねぇ。アオイ殿」
豪快なため息を吐きながら口を挟んだのはシダナである。
「お前、馬鹿なん?もっと他にマシな言い訳があっただろ?カレン様、よく来てくれたなぁー」
呆れ声を出すヴァーリに、シダナはすかさず「あなたも、どっこいどっこいの馬鹿ですよ」とナチュラルに突っ込みを入れる。
それを皮切りに、低次元の喧嘩を始めようとする二人に、アルビスはトンッと人差し指で、テーブルを軽く叩いた。
「いい加減にしろ」
「お見苦しいものをお見せして、申し訳ありません」
「ちぇ。すんません」
喧嘩をやめた側近二人を一瞥したアルビスは、次にアオイに視線を向ける。
「言いたいことはあるが……もういい。お前は、アレのところへ行け」
「うん!」
二つ返事で頷いたアオイは、すぐに廊下へ飛び出して行く。
パタパタパタ……と、次第に小さくなる足音を聞きながら、ヴァーリは口を尖らす。
「なんかさぁー、陛下。ちょっとアイツに甘過ぎやありません?」
「ヴァーリさん、男の嫉妬は醜いですよ」
「なんだと?おい!」
再び超低次元の喧嘩をおっぱじめた側近達に対し、アルビスは今度は睨むことで黙らせた。
「シダナ、セリオスが神殿への予算振り分けで難儀してるから補佐をしてこい。ヴァーリ、お前は各部署を回って提出書類の回収だ。急げ」
暗に一人にしろと訴える主に、シダナとヴァーリは「はっ!」と短い返事をして廊下へと出た。
一人になったアルビスは、トレーに乗ったままのプティングをじっと見つめる。これは、愛する者が自ら作ったもの。
ついさっきそれを食したばかりなのに、また口にできるとは。
「こうも嬉しいことが続くと、逆に怖いな……」
ほんの少し前までは、カレンは自分の姿を目にした途端、毛虫を見るような目つきになった。話しかけようものなら、子猫が毛を逆立てるように威嚇しまくりだった。
彼女の心に変化をもたらしたきっかけは、一体なんだったのだろう?とアルビスは記憶を辿る。しかし、すぐに首を横に振った。考える必要なんてないからだ。
(私は、これまで通り過ごすだけだ)
カレンを無理矢理抱いたことを酷く悔いたあの日から、アルビスは償い続けている。そうすることが、アルビスにとって”生きる”ということ。
だからカレンがどれだけ心を開いても、距離が近づこうとも、悔やむ気持ちは消えないし、贖罪をやめていい理由にもならない。
「カレン、君は自分でも気づいていないんだな……」
ありがとうと言ったことも、感謝の言葉を口にしたことも。それは、憎むべき人間には絶対に吐かない台詞だ。
それに、孤児院バザーのこともそうだ。
深入りしたくないと壁を作りたがるくせに、また協力しようとしている。
矛盾する行動は、彼女の責任感の強さからくるものだが、それ以前に優し過ぎるからなのだろう。
「まったく、自分で枷を増やしてどうする……?」
この調子だと、元の世界に戻るとき抱えきれない想いと、責任と、願いを、全部振り捨てていく羽目になる。それが彼女にできるだろうか。
そんな不安を持ちながら、アルビスはカレンが座っていた隣の席に着席すると、プティングの乗ったトレーを引き寄せる。
「こんなもの、消してしまおう」
これは、カレンの心が変化した揺るぎない証拠。アルビスにとったら喜ぶべきものだが、いつかカレンが苦しむもの。
彼女が苦痛に感じるものなど、この世に必要ない。
デザートスプーンを手にしたアルビスは、プディングを食べ始める。
香り高い紅茶と、瑞々しい果実は、幸せに満ちた味だが、微かに苦味がある。
「……旨いな。本当に、旨い」
つい零れたアルビスの声音は、震えていた。
それに気づかないふりをして、アルビスはプティングを長い時間かけて完食した。
◇◆◇◆ 番外編② おわり ◇◆◇◆
余談ですが、この番外編は二部の終わり方を悩んでボツにしたお話です。
でも心残りだったので、番外編として投稿できて個人的に満足です。
読んでくださりありがとうございました!
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