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3.暖炉とお茶と、紙の音

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 ノリと勢いでクラウディオの屋敷に世話になることになったモニカであったが、正直不安要素は幾つかあった。

 まずアクゥ砦の件について、クラウディオがどう対処するのかも未知数だったし、何よりお貴族様の邸宅に田舎娘が厄介になるという事実を、使用人達はどう受け止めるのであろうかという不安もあった。

 きっと歓迎されることは無いだろう。

 自分自身としたら、そうなるのは当然だと思うし、冷ややかな目で見られることは仕方がないと割りきっている。

 それに村八分の生活を経験しているから耐性だってできている。

 だから、心配に思っているのは自分の事ではなく、クラウディオの評価のこと。彼の評価が落ちるのをモニカは望んでいない。

 まだ彼が何を思っているのか全部を知らないのに、気遣うなんてお人好しだとは思う。

 でも好きな人の評価をわざわざ下げたいと思う乙女がいるだろうか。控えめに言っていないだろう。

 

 そんなふうにモニカはファネーレ邸に向かう途中、ずっと心配だった。
 心配すぎて、それが顔に出てしまいクラウディオから心配されてしまったほど。

 ……ただ、行き道のそれは、屋敷に到着すれば、すぐに杞憂だったことに気づかされた。





 初日こそモニカは客間で過ごしたけれど、翌日には私室を与えられた。

 東側に大きな窓が付いている豪奢な部屋だった。

 家具は女性が好みそうな柔らかい曲線を描くものばかりで、角度によって花柄が浮き出る淡いモスグリーンの壁紙は一目で気に入ってしまった。だが、

 『何か不便があったら、言ってくれ。すぐに用意させる』

 これ以上無いほど完璧な状態で整えられた部屋を前に、クラウディオはモニカに向けてそう言った。

 これまで女性に対して、特別な気遣いをしたことは無いクラウディオにとったら完璧とはほど遠い状態だったのだろう。

 対してモニカは、「一体これ以上、何を望めと?」と首を捻ってしまった。

 そして、まざまざと生まれ育った環境の違いを見せつけられた気持ちになり、一人こっそりしょげてみた。

 そして、クラウディオに向けての恋心は、絶対に悟れぬようにしようと固く心に誓ったりもした。

 というやり取りの他に、クラウディオはすぐにアクゥ砦の件について、モニカに詳しく尋ねた。

 事故当時のことを語るのはかなり辛いことだったが、どもりつっかえながらも、精一杯詳細を語ったモニカに対して、クラウディオは必ず盗賊を捕まえることを約束した。
 もちろん砦の怠慢も、うやむやにすることはしないと誓ってくれた。

 


 ─── それから5日後。

 モニカはクラウディオと、ファネーレ邸のサロンで向き合っていた。



 ファネーレ邸は政務の場としても使われているので、要塞のように巨大な建物だ。

 ただ今いるサロンは、一人掛けのソファが3つあるだけの小さな部屋。クラウディオは政務が終わった後、ここでお茶を飲むのを日課としている。

 時刻はすでに子供が就寝する時間だった。
 普段のモニカならこの時間は、夕食を食べ終え自室で過ごしている。

 でも、今日は違う。

 なぜならクラウディオの折り入ってお願いがあったからだ。

 多忙な彼に、時間を割いて貰うのは気が引けるため、モニカはこの部屋で待ち伏せをしていた。

 そして仕事終わりに申し訳ないと思いつつ、手短に用件を伝えた。


「───……と、いうわけで領主さま、明日、自宅に戻ろうと思っています」

 ペコリと頭を下げたモニカにクラウディオは、何も言わない。

 腰を折った状態で、そぉっと顔だけ上げてモニカはクラウディオを伺い見る。即座に視線の位置を爪先に戻した。

 クラウディオは、大変ムスッとされていたからだ。
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