43 / 64
一つの気持ちに気付く花嫁と、一つの気持ちを伝える花婿
9
しおりを挟む
ギルフォードは言葉ではなく、態度でコラッリオに示した。「自分が選んだのはお前ではない、シャンティだ」と。
コラッリオは、何も言えなかった。いや、何か訴えたくても、きっとギルフォードは耳を傾けてくれないだろうとわかっているから。
ふてぶてしさなら一級品のコラッリオがそう思うほど、ギルフォードは現在自身の膝の上にいる女性と戯れるのに忙しそうだった。
「シャンティ、もっとこちらに身を寄せたまえ」
「いやいや、無理無理っ。ギルさん、あのっちょっとこれは───」
「こら、シャンティ。動くな、危ないなら。まったく、いい加減これに慣れてくれ」
「慣れませんっ」
まさかギルフォードが椅子替わりになるなど思っていなかったシャンティは、顔を真っ赤にしながら、そこから逃げ出そうとワタワタと暴れている。
対してギルフォードは、困ったように笑いながらシャンティを優しく背後から抱きしめる。
でもその表情は思い通りにならないことすら楽しんでいるよう。
そしてどうやらこのやりとりは今日始まったことではなく、以前から何度もされているというのが容易に想像できた。
……はっ、馬鹿じゃないの?
コラッリオは、人前でイチャイチャしだした元婚約者に対して、そう言いたげに呆れた表情を作った。
でも、ヒリヒリと胸が痛み、悔しさで腸は煮えくり返っている。
ギルフォードの膝の上にいる女性は、ブサイクではない。認めたくは無いが、愛嬌のある顔立ちだ。だが、言葉遣いや所作はどう見たって平民だ。
つまり、コラッリオは平民に負けたのだ。
爵位と美貌があればどうとでもなるという考えを否定されたのだ。完膚無きまでに。
それは彼女にとって晴天の霹靂であった。
何が正しくて、何が有利で、何が強いのか。
コラッリオはこれまでの価値観が音を立てて崩れていくのを、ただ茫然と受け入れることしかできなかった。
そんな彼女に、ギルフォードは更に追い込みをかける。
「さて、コラッリオ殿、君の謝罪の言葉は受け取った。わざわざ御足労いただき手間をかけたな。馬車が必要ならこちらで用意するが?」
シャンティを膝に乗せたまま、ギルフォードは言った。
口調はずいぶんと穏やかなものになったけれど、これ以上話をする気は無いとありありと告げている。もっというなら、邪魔だからもう帰れと、遠回しに言っている。
もちろんこれにも言い返すことはできない。
そして、コラッリオはギルフォードとの復縁に完敗したのだから、これ以上、ここに留まる理由は見つからない。
「結構ですわ」
淡々とした口調でコラッリオは、ギルフォードの最後の気遣いを跳ね除けた。次いで視線を横に向けた。
惨めな顔をギルフォードに見られたくなかったからではない。少し離れた場所に、この屋敷の執事───ダリスがこちらの様子を心配そうに窺っているから。
そしてコラッリオの視線に気づいたダリスは、素早くテーブルへと近づくと、慇懃に礼を取り椅子を引く。
「出口までご案内させていただきます」
再び一礼した執事に、コラッリオはわずかに顎を引いた。
次いで席を立ち、優雅に歩き出す。
せめて立ち姿だけでも美しく見えるよう、コラッリオはいつもよりゆっくりと左右の足を動かした。
爵位を持つ以上、どんな状況であっても俯くのは恥でしかない。だから凛と顔を上げて、まっすぐ進行方向だけを見つめる。
それは貴族令嬢であるコラッリオの、なけなしの矜持であった。
季節外れの嵐を運んできたコラッリオが姿を消して、小鳥たちが再び菓子の欠片をよこせと集まってきて。
ピッピッ、ピチチッと小鳥の鳴き声を15回数えた後、シャンティはおもむろに口を開いた。
「……ギルさん」
「なんだい?シャンティ、もっとお菓子を取ろうか?」
「いえ、まだお皿に残っていますので大丈夫です」
「なら、お茶のお代わりを淹れようか?」
「お気遣いいただきありがとうございます。でも、それも大丈夫です」
「なら、他に……」
視線をさ迷わしながら、世話を焼こうとするギルフォードに、シャンティはきっぱりと自分の主張を口にした。
「降ろしてください」
「このままでは駄目か?」
間髪入れずにそう問われて、シャンティの眉はハの字になる。でも、迷わず首を横に振る。
「駄目ではないですが、できることなら降ろして欲しいです」
「……そうか」
心底残念だと言いだけにギルフォードは息を吐いた後、シャンティのお腹に回していた手を解いた。
そうすればシャンティはすぐさま立ち上がり、ギルフォードに向かって頭を下げた。
「お二人の大切な話し合いだったのに、勝手に口を挟んでしまって……ごめんなさい。あと、コラッリオさん……お見送りしなくて」
───良かったんですか?
そう言おうとしたけれど、大きくて暖かいものが頭に乗って、シャンティは最後まで言い切ることができなかった。
驚いて顔を上げれば、ギルフォードが目を細めて笑っていた。大きくて暖かいものは、ギルフォードの手のひらで。
その手は、何の躊躇もなく、シャンティの髪をクシャリと撫でた。
「あの時のシャンティは、とても勇ましかったな」
「……はぁ」
「思わず見惚れてしまった」
「そんなまさかっ」
「そういう謙虚なところが愛らしいな」
「へぇ?!」
さらりと紡いだギルフォードの言葉に、シャンティは頭で考えるよりも身体が先に反応した。
でも、ビクンと跳ねて後退しようとした華奢な体は、再びギルフォードに捕まえられてしまう。
「だが、少々予想外だったな」
「……それはどういう意味ですか?」
すっぽりとギルフォードの腕の中に収納されてしまったシャンティは、そおっと上目遣いで問いかける。
すると、彼は困ったように視線を彷徨わせた。
けれどすぐに口を開く。でも、それはシャンティへの誠実な返答ではなく、ちょっとズルい時間稼ぎのもの。
「まぁ、とにかく食堂へ行って、朝食を食べよう。といっても、昼食に近いがな。付き合ってくれるか?シャンティ」
琥珀色の瞳の中に、僅かな誤魔化しを感じ取ってしまったシャンティだったけれど、彼女もまた同じ気持ちだった。
「もちろんです」
がっつり菓子を食べ続けていたけれど、甘いものは別腹。
そんな言い訳を自分にして、シャンティはギルフォードの提案に大きく是と頷いた。
───これが、二人で食べる最後の朝食になるかもしれないから。
コラッリオは、何も言えなかった。いや、何か訴えたくても、きっとギルフォードは耳を傾けてくれないだろうとわかっているから。
ふてぶてしさなら一級品のコラッリオがそう思うほど、ギルフォードは現在自身の膝の上にいる女性と戯れるのに忙しそうだった。
「シャンティ、もっとこちらに身を寄せたまえ」
「いやいや、無理無理っ。ギルさん、あのっちょっとこれは───」
「こら、シャンティ。動くな、危ないなら。まったく、いい加減これに慣れてくれ」
「慣れませんっ」
まさかギルフォードが椅子替わりになるなど思っていなかったシャンティは、顔を真っ赤にしながら、そこから逃げ出そうとワタワタと暴れている。
対してギルフォードは、困ったように笑いながらシャンティを優しく背後から抱きしめる。
でもその表情は思い通りにならないことすら楽しんでいるよう。
そしてどうやらこのやりとりは今日始まったことではなく、以前から何度もされているというのが容易に想像できた。
……はっ、馬鹿じゃないの?
コラッリオは、人前でイチャイチャしだした元婚約者に対して、そう言いたげに呆れた表情を作った。
でも、ヒリヒリと胸が痛み、悔しさで腸は煮えくり返っている。
ギルフォードの膝の上にいる女性は、ブサイクではない。認めたくは無いが、愛嬌のある顔立ちだ。だが、言葉遣いや所作はどう見たって平民だ。
つまり、コラッリオは平民に負けたのだ。
爵位と美貌があればどうとでもなるという考えを否定されたのだ。完膚無きまでに。
それは彼女にとって晴天の霹靂であった。
何が正しくて、何が有利で、何が強いのか。
コラッリオはこれまでの価値観が音を立てて崩れていくのを、ただ茫然と受け入れることしかできなかった。
そんな彼女に、ギルフォードは更に追い込みをかける。
「さて、コラッリオ殿、君の謝罪の言葉は受け取った。わざわざ御足労いただき手間をかけたな。馬車が必要ならこちらで用意するが?」
シャンティを膝に乗せたまま、ギルフォードは言った。
口調はずいぶんと穏やかなものになったけれど、これ以上話をする気は無いとありありと告げている。もっというなら、邪魔だからもう帰れと、遠回しに言っている。
もちろんこれにも言い返すことはできない。
そして、コラッリオはギルフォードとの復縁に完敗したのだから、これ以上、ここに留まる理由は見つからない。
「結構ですわ」
淡々とした口調でコラッリオは、ギルフォードの最後の気遣いを跳ね除けた。次いで視線を横に向けた。
惨めな顔をギルフォードに見られたくなかったからではない。少し離れた場所に、この屋敷の執事───ダリスがこちらの様子を心配そうに窺っているから。
そしてコラッリオの視線に気づいたダリスは、素早くテーブルへと近づくと、慇懃に礼を取り椅子を引く。
「出口までご案内させていただきます」
再び一礼した執事に、コラッリオはわずかに顎を引いた。
次いで席を立ち、優雅に歩き出す。
せめて立ち姿だけでも美しく見えるよう、コラッリオはいつもよりゆっくりと左右の足を動かした。
爵位を持つ以上、どんな状況であっても俯くのは恥でしかない。だから凛と顔を上げて、まっすぐ進行方向だけを見つめる。
それは貴族令嬢であるコラッリオの、なけなしの矜持であった。
季節外れの嵐を運んできたコラッリオが姿を消して、小鳥たちが再び菓子の欠片をよこせと集まってきて。
ピッピッ、ピチチッと小鳥の鳴き声を15回数えた後、シャンティはおもむろに口を開いた。
「……ギルさん」
「なんだい?シャンティ、もっとお菓子を取ろうか?」
「いえ、まだお皿に残っていますので大丈夫です」
「なら、お茶のお代わりを淹れようか?」
「お気遣いいただきありがとうございます。でも、それも大丈夫です」
「なら、他に……」
視線をさ迷わしながら、世話を焼こうとするギルフォードに、シャンティはきっぱりと自分の主張を口にした。
「降ろしてください」
「このままでは駄目か?」
間髪入れずにそう問われて、シャンティの眉はハの字になる。でも、迷わず首を横に振る。
「駄目ではないですが、できることなら降ろして欲しいです」
「……そうか」
心底残念だと言いだけにギルフォードは息を吐いた後、シャンティのお腹に回していた手を解いた。
そうすればシャンティはすぐさま立ち上がり、ギルフォードに向かって頭を下げた。
「お二人の大切な話し合いだったのに、勝手に口を挟んでしまって……ごめんなさい。あと、コラッリオさん……お見送りしなくて」
───良かったんですか?
そう言おうとしたけれど、大きくて暖かいものが頭に乗って、シャンティは最後まで言い切ることができなかった。
驚いて顔を上げれば、ギルフォードが目を細めて笑っていた。大きくて暖かいものは、ギルフォードの手のひらで。
その手は、何の躊躇もなく、シャンティの髪をクシャリと撫でた。
「あの時のシャンティは、とても勇ましかったな」
「……はぁ」
「思わず見惚れてしまった」
「そんなまさかっ」
「そういう謙虚なところが愛らしいな」
「へぇ?!」
さらりと紡いだギルフォードの言葉に、シャンティは頭で考えるよりも身体が先に反応した。
でも、ビクンと跳ねて後退しようとした華奢な体は、再びギルフォードに捕まえられてしまう。
「だが、少々予想外だったな」
「……それはどういう意味ですか?」
すっぽりとギルフォードの腕の中に収納されてしまったシャンティは、そおっと上目遣いで問いかける。
すると、彼は困ったように視線を彷徨わせた。
けれどすぐに口を開く。でも、それはシャンティへの誠実な返答ではなく、ちょっとズルい時間稼ぎのもの。
「まぁ、とにかく食堂へ行って、朝食を食べよう。といっても、昼食に近いがな。付き合ってくれるか?シャンティ」
琥珀色の瞳の中に、僅かな誤魔化しを感じ取ってしまったシャンティだったけれど、彼女もまた同じ気持ちだった。
「もちろんです」
がっつり菓子を食べ続けていたけれど、甘いものは別腹。
そんな言い訳を自分にして、シャンティはギルフォードの提案に大きく是と頷いた。
───これが、二人で食べる最後の朝食になるかもしれないから。
2
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
婚約破棄イベントが壊れた!
秋月一花
恋愛
学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。
――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!
……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない!
「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」
おかしい、おかしい。絶対におかしい!
国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん!
2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる