37 / 64
一つの気持ちに気付く花嫁と、一つの気持ちを伝える花婿
3
しおりを挟む
別荘でギルフォードと過ごす時間は、シャンティにとって、想像よりも何倍も、何十倍も楽しいものだった。
湖でボート遊びをしたり、手を繋いで山頂までピクニックに出かけたり。夕食後には、別荘内にあるボールルームで、ダンスのステップまで教えてくれた。
時には楽器を嗜んでいる使用人達の演奏に合わせてワルツを踊ったりもした。でも、なぜか軍人御用達のラッパの音が混ざって、二人でステップを踏み外して声を上げて笑った。
身体がなまってしまうと言うギルフォードに、剣の覚えがある元軍人の使用人が手合わせするのを見学させてもらった。破壊的なカッコよさに、シャンティは思わず涙ぐんでしまった。
そしておやすみと言って同じベッドに入って、二人だけの甘い時間も変わらず過ごした。本邸よりもちょっと激しく熱い時間を。
朝はギルフォードの触れるだけのキスで目を覚ました。寝顔を見られることに慣れないシャンティは、毎度、恥ずかしくてはにかんで。でも、ほんのりと赤く染めた頬に、彼はまたキスを落として。
なんかもう、言葉では言い表せないほど甘やかされて、シャンティは大切なことを学んだ。
新婚旅行とは、人を堕落させる時間だということを。
……でも、そうではなかった。
楽あれば苦あり。アメとムチ。まぁそんな感じで、ここいらで、一波乱があったりもする。
新婚旅行も残り2日となった。
シャンティは一人で別荘の庭を歩いている。ベッドにギルフォードを残して。
毎日お昼寝を含めてたっぷりと睡眠を取っているシャンティとは違い、ギルフォードは例え新婚旅行であろうが、ストーカーのようにお仕事と言う名の書類が山のように届く。
そしてそれらを、ギルフォードはシャンティのお昼寝中や、夜更けに一人起き出して処理しているのをシャンティは知っている。
ただ、さすがに疲れが溜まっていたのか、今日はめずらしくシャンティの方が早く起きた。
そしてこれまでさんざん寝顔を見られた意趣返しに、たっぷりとギルフォードの寝顔を堪能させてもらった。
でも、寝ていてもイケメンはイケメンだ。そして、無防備に眠るその姿は、背中がゾクゾクするほど美しい。
結局耐えられなかったのはシャンティのほう。だから予定より観察時間を早く切り上げて、ちょっとしたサプライズを計画してみた。
目が覚めた時に、部屋中にお花があったら、少しは気持ちが癒されるのではないかとそんなことを思いついたのだ。
「おはようございます、奥様。今日はお早いですね。最近、一気に暑くなったので、寝苦しかったですか?」
「おはようございます。いえいえいえ。王都よりこっちは涼しいから、快適な睡眠でした。ただ、ちょっと早く目が覚めただけなんです」
「ああ、そうですか。ご主人様はまだお休みで?」
「はい。そうなんです。お疲れのようですね」
「ははっ、浮かれ過ぎたのでしょう。あんなに楽しそうなご主人様を見ることなど、初めてでしたから」
「は……はぁ……。あ、あの……ところで、この花を摘んでも良いですか?」
剪定の最中だった庭師から、にこやかにそんなことを言われて、シャンティはしどろもどろになりながら、話題を変える。
そうすれば、庭師はどうぞどうぞと言って、剪定の手を止めて摘もうとしてくれる。
それを断り、シャンティはハサミを借りるだけにする。そして、好きなお花を摘んで良いという許可も貰ったので、浮き浮きと庭を歩き回る。
空は、絵の具で隅々まで塗ったかのように、綺麗な水色だった。
朝食にはまだ少し早いけれど、煙突からもくもくと煙が上がって、厨房の忙しさを伝えてくる。
シャンティは空を見上げて目を閉じる。すんっと鼻から息を吸ったら、生まれ故郷に似た香りに全身が包まれた。
───……ああ、幸せだなぁ。
両親がお空に行ってしまって、王都に引っ越して、花婿に逃げられて。
自分の意思とは無関係に、振り回されっぱなしだったけれど、今、シャンティはとても満たされていた。
でも、心のある一部分だけは、空白がある。認めたくないけれど。
それを満たすものは何かは、シャンティは知っている。でも、望んだりはしない。手に入らないことを知っているから。
「びっくりするほど、お花を飾ろう」
シャンティは目を開けて、そう独り言ちた。
さすがにお疲れのギルフォードだって、そろそろ目を覚ますだろう。できればもう一度、あの貴重な寝顔を見ておきたい。
そしてギルフォードが目が覚めた時、一番に「おはよう」と言いたい。
そんな小さなワガママを胸に、シャンティはさっそく目に付いた花を摘もうと思った。けれど───
「ねえ、あなた。ここのお屋敷の娘かしら?」
突然、可憐な声が背後から聞こえた。
驚いてシャンティが振り返った先にいたのは、声と同じように黒髪が印象的な清楚な美人が所在なさげに立っていた。
シャンティよりもっと豪奢で贅沢なドレスを身に付けている。出入りの業者というわけでも、この町の住人というわけでもなさそうだ。
「……あ、はい。そうです」
ここに滞在して10日も経っていないし、正確にはこの屋敷はギルフォードが所有しているもので、シャンティは代理の妻。
でも、それを全部説明することはできないので、全部を端折ってシャンティは頷くことにする。
そうすればシャンティを見ていた目の前の女性の視線は、下から上に移動する。まるで、品定めをしているかのように。
待つこと5秒。
何かに納得したように頷いたその女性は、おもむろに口を開く。
「ねぇ、今すぐギルフォードを呼んでちょうだい」
「へ?」
急に高飛車な物言いに変わったことに、シャンティは驚いて間の抜けた声を出してしまう。
「早くしてちょうだい」
「どなたと聞いても?」
顎でしゃくる女性になんだか苛ついたシャンティは、めずらしく厳しい口調で問うた。
が、ここで女性は鼻を鳴らして、名乗ることな無かった。でも、限りなくそれに近いことは言った。
「わたくし、ギルフォードの婚約者ですの」と。
湖でボート遊びをしたり、手を繋いで山頂までピクニックに出かけたり。夕食後には、別荘内にあるボールルームで、ダンスのステップまで教えてくれた。
時には楽器を嗜んでいる使用人達の演奏に合わせてワルツを踊ったりもした。でも、なぜか軍人御用達のラッパの音が混ざって、二人でステップを踏み外して声を上げて笑った。
身体がなまってしまうと言うギルフォードに、剣の覚えがある元軍人の使用人が手合わせするのを見学させてもらった。破壊的なカッコよさに、シャンティは思わず涙ぐんでしまった。
そしておやすみと言って同じベッドに入って、二人だけの甘い時間も変わらず過ごした。本邸よりもちょっと激しく熱い時間を。
朝はギルフォードの触れるだけのキスで目を覚ました。寝顔を見られることに慣れないシャンティは、毎度、恥ずかしくてはにかんで。でも、ほんのりと赤く染めた頬に、彼はまたキスを落として。
なんかもう、言葉では言い表せないほど甘やかされて、シャンティは大切なことを学んだ。
新婚旅行とは、人を堕落させる時間だということを。
……でも、そうではなかった。
楽あれば苦あり。アメとムチ。まぁそんな感じで、ここいらで、一波乱があったりもする。
新婚旅行も残り2日となった。
シャンティは一人で別荘の庭を歩いている。ベッドにギルフォードを残して。
毎日お昼寝を含めてたっぷりと睡眠を取っているシャンティとは違い、ギルフォードは例え新婚旅行であろうが、ストーカーのようにお仕事と言う名の書類が山のように届く。
そしてそれらを、ギルフォードはシャンティのお昼寝中や、夜更けに一人起き出して処理しているのをシャンティは知っている。
ただ、さすがに疲れが溜まっていたのか、今日はめずらしくシャンティの方が早く起きた。
そしてこれまでさんざん寝顔を見られた意趣返しに、たっぷりとギルフォードの寝顔を堪能させてもらった。
でも、寝ていてもイケメンはイケメンだ。そして、無防備に眠るその姿は、背中がゾクゾクするほど美しい。
結局耐えられなかったのはシャンティのほう。だから予定より観察時間を早く切り上げて、ちょっとしたサプライズを計画してみた。
目が覚めた時に、部屋中にお花があったら、少しは気持ちが癒されるのではないかとそんなことを思いついたのだ。
「おはようございます、奥様。今日はお早いですね。最近、一気に暑くなったので、寝苦しかったですか?」
「おはようございます。いえいえいえ。王都よりこっちは涼しいから、快適な睡眠でした。ただ、ちょっと早く目が覚めただけなんです」
「ああ、そうですか。ご主人様はまだお休みで?」
「はい。そうなんです。お疲れのようですね」
「ははっ、浮かれ過ぎたのでしょう。あんなに楽しそうなご主人様を見ることなど、初めてでしたから」
「は……はぁ……。あ、あの……ところで、この花を摘んでも良いですか?」
剪定の最中だった庭師から、にこやかにそんなことを言われて、シャンティはしどろもどろになりながら、話題を変える。
そうすれば、庭師はどうぞどうぞと言って、剪定の手を止めて摘もうとしてくれる。
それを断り、シャンティはハサミを借りるだけにする。そして、好きなお花を摘んで良いという許可も貰ったので、浮き浮きと庭を歩き回る。
空は、絵の具で隅々まで塗ったかのように、綺麗な水色だった。
朝食にはまだ少し早いけれど、煙突からもくもくと煙が上がって、厨房の忙しさを伝えてくる。
シャンティは空を見上げて目を閉じる。すんっと鼻から息を吸ったら、生まれ故郷に似た香りに全身が包まれた。
───……ああ、幸せだなぁ。
両親がお空に行ってしまって、王都に引っ越して、花婿に逃げられて。
自分の意思とは無関係に、振り回されっぱなしだったけれど、今、シャンティはとても満たされていた。
でも、心のある一部分だけは、空白がある。認めたくないけれど。
それを満たすものは何かは、シャンティは知っている。でも、望んだりはしない。手に入らないことを知っているから。
「びっくりするほど、お花を飾ろう」
シャンティは目を開けて、そう独り言ちた。
さすがにお疲れのギルフォードだって、そろそろ目を覚ますだろう。できればもう一度、あの貴重な寝顔を見ておきたい。
そしてギルフォードが目が覚めた時、一番に「おはよう」と言いたい。
そんな小さなワガママを胸に、シャンティはさっそく目に付いた花を摘もうと思った。けれど───
「ねえ、あなた。ここのお屋敷の娘かしら?」
突然、可憐な声が背後から聞こえた。
驚いてシャンティが振り返った先にいたのは、声と同じように黒髪が印象的な清楚な美人が所在なさげに立っていた。
シャンティよりもっと豪奢で贅沢なドレスを身に付けている。出入りの業者というわけでも、この町の住人というわけでもなさそうだ。
「……あ、はい。そうです」
ここに滞在して10日も経っていないし、正確にはこの屋敷はギルフォードが所有しているもので、シャンティは代理の妻。
でも、それを全部説明することはできないので、全部を端折ってシャンティは頷くことにする。
そうすればシャンティを見ていた目の前の女性の視線は、下から上に移動する。まるで、品定めをしているかのように。
待つこと5秒。
何かに納得したように頷いたその女性は、おもむろに口を開く。
「ねぇ、今すぐギルフォードを呼んでちょうだい」
「へ?」
急に高飛車な物言いに変わったことに、シャンティは驚いて間の抜けた声を出してしまう。
「早くしてちょうだい」
「どなたと聞いても?」
顎でしゃくる女性になんだか苛ついたシャンティは、めずらしく厳しい口調で問うた。
が、ここで女性は鼻を鳴らして、名乗ることな無かった。でも、限りなくそれに近いことは言った。
「わたくし、ギルフォードの婚約者ですの」と。
12
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
婚約破棄イベントが壊れた!
秋月一花
恋愛
学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。
――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!
……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない!
「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」
おかしい、おかしい。絶対におかしい!
国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん!
2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。
再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。
妻を一途に想い続ける夫と、
その想いを一ミリも知らない妻。
――攻防戦の幕が、いま上がる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる