46 / 64
一つの気持ちに気付く花嫁と、一つの気持ちを伝える花婿
12
しおりを挟む
咄嗟の思い付きで言ったそれは、これ以上ないほど完璧な落とところだと、シャンティは自画自賛した。
正直言って、今日の自分は恐ろしいほど冴えていると思った。ギルフォードも、なら仕方がないときっと納得してくれると思っていた。
けれど───。
「……妬けるな」
「は?」
まったく予期せぬ言葉を頂戴して、シャンティは首を傾げた。
ちなみにシャンティの脳内では、「妬ける」ではなく、「焼ける」と変換され、丸焼きになったアルフォンスが鮮明に写し出された。えげつないことこの上ない。
だから、そぉっとギルフォードの手を離すシャンティを誰も責めてはいけない。
「君を捨てたくせに、まだアイツは君の心の中にいる。それが悔しい」
離れていくシャンティの手を掴んで、ギルフォードは苦しげにそう呟いた。
そこでやっとシャンティもさっきの言葉が「焼ける」ではなく、「妬ける」だったことに気づく。そしてすぐさま苦笑する。
それは、馬鹿なことを考えた自分に対してではなく、馬鹿馬鹿しいことを考えているギルフォードに向けて。
─── ああ、もう本当にこの人は鈍いなぁ。そんなふうに思えるようになったのは、あなたがいてくれたからなのに。
シャンティは呆れてしまう。
この人は自分の何を見てきたのだろうと。
こんなにもわかりやすい態度でいたというのに何も気づいていないなんて、まさに朴念仁だと、ついでに心の中で悪態も付いてみる。
シャンティはギルフォードと出会ってときめきを知った。胸が意味もなくドキドキすることを知った。
だから結婚式当日にトンズラしたアルフォンスのその後を聞いても、笑っていられた。
心から幸せを願うことができた。
そして誰かの事を好きだと、本気で守りたいと思ったら、良い子ではいられないことを知った。
誰かに後ろ指をさされるようなことだって厭わないと思ってしまうことを知った。
時には誰かを傷つけてしまうことだってあることを知った。
実際、シャンティはギルフォードが元婚約者のコラッリオに対して冷たい態度を取ったのを目にして、ほっとした。
そしてそんな自分がとても嫌な子だと思った。人の不幸を喜ぶなんて、と。
これまでの自分だったら、そんなふうに思うことはなかった。
他人の大切な話をぶった切るような真似などしたことなかった。
なのに、自分はコラッリオが悔しそうにしているのに、ギルフォードの膝に乗ることに確かな優越感を覚えていた。
そしてあの会話の中、お菓子を頬張りながら、頭の隅で二人の仲が壊れちゃえばいいのにって願っていた。ずっと......ずっと......。
なのにこの人は、まだ自分のことをお人好しだと思っている。まったくもう、お人好しなのは自分じゃない。ギルフォードの方なのに。
そう苦く思う反面、シャンティはなんだかおかしかった。
「ギルフォードさんは少し鈍感なのかもしれませんね」
「……それはどういう?」
そんな質問、答えられるわけがない。
アルフォンスが恋人を想うように、私だってこの人───ギルフォードに想いを寄せたい。
でも、これは偽りの結婚。そして幕を下ろす時が来た。
シャンティは不満そうな顔をしているギルフォードに向けて微笑んだ。そして、きちんと背筋を伸ばして口を開く。
「そういう意味です......へへっ」
本当は伝えたい言葉が、たくさん押し寄せてきた。
だけど、どれもがわざとらしいような気がした。そして恥ずかしくて口に出す勇気がなくて、シャンティは笑ってごまかした。
ギルフォードさん。あなたのことが好きです。
この一番伝えたい言葉をシャンティは、必死に飲み込んだ。
ちょっとでも気を抜けば、ぽろりと溢れてしまいそうな気がして、不安でぎゅっと自分の胸を押さえながら。
再び沈黙が落ちる。
窓に目を向けると、太陽はいつの間にか一番高い位置にある。ここで昼食を誘われたら、ちょっと辛い。でも、多分断ることはしない。
そんな他のことをシャンティがぼんやりと考えていたら、ギルフォードから名を呼ばれた。視線を彼に戻す。
「─── 君は強いな。私は本当は臆病者なんだ。怖くて怖くてたまらない」
「そんなことないですよ」
だって口にすることはできなきけれど、自分は始まることさえ許されなかったこの気持ちを失うことが、とっても怖いのだから。
これまで伝えられ、注がれていた温もりや眼差しは、期間限定であることは知っていた。
だから、自分の中でひっそりと始まってしまったこの恋も、全て偽りのものなのだ。
もともとなかったもの。ちゃんとわかっている。綺麗に笑ってお別れをしなければならない。
なのに......なのに、それを失うのがとても辛い。別れを口にするのが、とっても怖い。世界で一人ぼっちになってしまうような不安を覚えている。
でも、二人で歩む道が消えてしまった以上、別々の道を進むしかないのだ。
そう自分に言い聞かせた瞬間、幸せで固められたこの部屋が、なんだか違う景色に見えた。
「ギルさん、これまでありがとうございました」
言いにくいことだと思ったから自分から口にしたと言うのに、ギルフォードはなにも答えてくれなかった。
視界が歪む。鼻の奥がつんと痛い。頬に熱い何かが滑り落ちる。
ああ、自分は今泣いているんだ。みっともない。目の前にいるギルフォードがぎょっとしている。今すぐ泣き止まないと。
そんなことを思っても、シャンティは溢れる涙を止めることができなかった。
正直言って、今日の自分は恐ろしいほど冴えていると思った。ギルフォードも、なら仕方がないときっと納得してくれると思っていた。
けれど───。
「……妬けるな」
「は?」
まったく予期せぬ言葉を頂戴して、シャンティは首を傾げた。
ちなみにシャンティの脳内では、「妬ける」ではなく、「焼ける」と変換され、丸焼きになったアルフォンスが鮮明に写し出された。えげつないことこの上ない。
だから、そぉっとギルフォードの手を離すシャンティを誰も責めてはいけない。
「君を捨てたくせに、まだアイツは君の心の中にいる。それが悔しい」
離れていくシャンティの手を掴んで、ギルフォードは苦しげにそう呟いた。
そこでやっとシャンティもさっきの言葉が「焼ける」ではなく、「妬ける」だったことに気づく。そしてすぐさま苦笑する。
それは、馬鹿なことを考えた自分に対してではなく、馬鹿馬鹿しいことを考えているギルフォードに向けて。
─── ああ、もう本当にこの人は鈍いなぁ。そんなふうに思えるようになったのは、あなたがいてくれたからなのに。
シャンティは呆れてしまう。
この人は自分の何を見てきたのだろうと。
こんなにもわかりやすい態度でいたというのに何も気づいていないなんて、まさに朴念仁だと、ついでに心の中で悪態も付いてみる。
シャンティはギルフォードと出会ってときめきを知った。胸が意味もなくドキドキすることを知った。
だから結婚式当日にトンズラしたアルフォンスのその後を聞いても、笑っていられた。
心から幸せを願うことができた。
そして誰かの事を好きだと、本気で守りたいと思ったら、良い子ではいられないことを知った。
誰かに後ろ指をさされるようなことだって厭わないと思ってしまうことを知った。
時には誰かを傷つけてしまうことだってあることを知った。
実際、シャンティはギルフォードが元婚約者のコラッリオに対して冷たい態度を取ったのを目にして、ほっとした。
そしてそんな自分がとても嫌な子だと思った。人の不幸を喜ぶなんて、と。
これまでの自分だったら、そんなふうに思うことはなかった。
他人の大切な話をぶった切るような真似などしたことなかった。
なのに、自分はコラッリオが悔しそうにしているのに、ギルフォードの膝に乗ることに確かな優越感を覚えていた。
そしてあの会話の中、お菓子を頬張りながら、頭の隅で二人の仲が壊れちゃえばいいのにって願っていた。ずっと......ずっと......。
なのにこの人は、まだ自分のことをお人好しだと思っている。まったくもう、お人好しなのは自分じゃない。ギルフォードの方なのに。
そう苦く思う反面、シャンティはなんだかおかしかった。
「ギルフォードさんは少し鈍感なのかもしれませんね」
「……それはどういう?」
そんな質問、答えられるわけがない。
アルフォンスが恋人を想うように、私だってこの人───ギルフォードに想いを寄せたい。
でも、これは偽りの結婚。そして幕を下ろす時が来た。
シャンティは不満そうな顔をしているギルフォードに向けて微笑んだ。そして、きちんと背筋を伸ばして口を開く。
「そういう意味です......へへっ」
本当は伝えたい言葉が、たくさん押し寄せてきた。
だけど、どれもがわざとらしいような気がした。そして恥ずかしくて口に出す勇気がなくて、シャンティは笑ってごまかした。
ギルフォードさん。あなたのことが好きです。
この一番伝えたい言葉をシャンティは、必死に飲み込んだ。
ちょっとでも気を抜けば、ぽろりと溢れてしまいそうな気がして、不安でぎゅっと自分の胸を押さえながら。
再び沈黙が落ちる。
窓に目を向けると、太陽はいつの間にか一番高い位置にある。ここで昼食を誘われたら、ちょっと辛い。でも、多分断ることはしない。
そんな他のことをシャンティがぼんやりと考えていたら、ギルフォードから名を呼ばれた。視線を彼に戻す。
「─── 君は強いな。私は本当は臆病者なんだ。怖くて怖くてたまらない」
「そんなことないですよ」
だって口にすることはできなきけれど、自分は始まることさえ許されなかったこの気持ちを失うことが、とっても怖いのだから。
これまで伝えられ、注がれていた温もりや眼差しは、期間限定であることは知っていた。
だから、自分の中でひっそりと始まってしまったこの恋も、全て偽りのものなのだ。
もともとなかったもの。ちゃんとわかっている。綺麗に笑ってお別れをしなければならない。
なのに......なのに、それを失うのがとても辛い。別れを口にするのが、とっても怖い。世界で一人ぼっちになってしまうような不安を覚えている。
でも、二人で歩む道が消えてしまった以上、別々の道を進むしかないのだ。
そう自分に言い聞かせた瞬間、幸せで固められたこの部屋が、なんだか違う景色に見えた。
「ギルさん、これまでありがとうございました」
言いにくいことだと思ったから自分から口にしたと言うのに、ギルフォードはなにも答えてくれなかった。
視界が歪む。鼻の奥がつんと痛い。頬に熱い何かが滑り落ちる。
ああ、自分は今泣いているんだ。みっともない。目の前にいるギルフォードがぎょっとしている。今すぐ泣き止まないと。
そんなことを思っても、シャンティは溢れる涙を止めることができなかった。
11
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
婚約破棄イベントが壊れた!
秋月一花
恋愛
学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。
――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!
……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない!
「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」
おかしい、おかしい。絶対におかしい!
国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん!
2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる