結婚式当日に花婿に逃げられたら、何故だか強面軍人の溺愛が待っていました。

当麻月菜

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夫の出世を願う花嫁と、妻の幸せを願う花婿

2★

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 アルフォンスは、ギルフォードの問いかけに対して一度は同意した。だが、

「恐れながら……自分はもう勘当されてます。ですので、家名はありません」

 少しの間のあと、とても言いにくそうに訂正を入れたのは、彼なりの精一杯の反抗なのだろうか。
 それとも、新しい人生を歩み始めた彼にとって、本当に呼ばれたくない名だったのだろうか。

 ギルフォードはそんなことを考えてみる。
 でも結局、否定されたことに不愉快だとも思わないし、本人確認ができたならそれで良いという結論に達した。

 そして早々に用事を済ませたいギルフォードは、顎で別の方向を指し示した。

「向こうで少し話そう」
「……はい」

 ゴミを漁る連中の視線を鬱陶しく感じたギルフォードは、少し離れた小屋に移動することにした。

 てっきりアルフォンスは、移動中に要件を問うてきたり、仕事の途中だと難癖つけてくると思った。けれど、彼は観念した様子で大人しくギルフォードの後に続く。

 幸い小屋は無人だった。そして強い夏の日差しを遮ってくれるので、かなり涼しい。

 薄暗く相手の顔が見えにくいのと、相変わらず据えた匂いは充満しているのが難点だが、さほど困ることでもない。

 なので、ギルフォードは小屋の奥まで歩を進めると、振り返ってアルフォンスに向かい要件を口にする。

「アルフォンス殿、急ではあるがロマーインズの砦の警護主任に任命する。出立は3日後だ。既に現地には、君の為の屋敷を用意してある。それと移動手段だが、こちらで馬車を用意する。早朝からの移動となる。すぐに帰宅して、荷物をまとめるように」

 一気に言い切ったギルフォードに対し、アルフォンスはぽかんと口を開けたまま微動だにしない。

「アルフォンス殿、聞いておられるか?」
「……はい。なんとか……聞こえては……」

 このやりとり全てが夢なのかと疑う表情を隠すこともせず、アルフォンスは唖然としたまま返事をした。

 だが、これは夢ではない。そしてギルフォードは長居はしたくない。

 そんなわけで呆気にとらわれているアルフォンスを無視して、ギルフォードは懐に手を入れると自身の蝋印が押してある封筒を取り出した。

「受け取れ、路銀と任命書が中に入っている。これは命令だ。君に拒否権は無い。それと現地は、温暖な気候ではあるが閉鎖的な部分がある。奥方に、その旨きちんと伝えるように。あと、砦の責任者であるリッセオラ殿は、ご夫婦そろって大変面倒見が良いと聞く。土地に馴染めないようなら、まず彼らに相談するように。……聞いているのか?」
「……はい」

 とりあえず返事をするアルフォンスだが、それは身に付いた習慣で答えるもの。恐ろしいほど生返事で、ギルフォードが差し出した封筒に手を伸ばすことはしない。
 
 そんなアルフォンスに対し、ギルフォードは眼光を強めることにする。そうすれば、アルフォンスはびくりと身を強張らせた。

 でも、封筒を受け取ることはしない。その代わりに、こんな問いをギルフォードに向けた。

「……どうして……でしょうか?」
「何がだ?」
「い、いや……あの……どうして、部下でもない自分なんかに……こんな……」

 もにょもにょと不明瞭な言葉を紡ぐアルフォンスに対し、ギルフォードは静かに口を開く。

「妻が、そう願ったんだ。自分をコケにしたんだから、ちゃんと幸せになってほしいそうだ」
「は?」

 アルフォンスは、まったく理解できないといった感じで目を瞬かせた。だがすぐに何かに気付いたように「あっ」と短く声を上げる。

「えっと……あの……しょ、しょ、しょ、少佐殿の奥様とは、ま、ま、ま、まさか……」
 ───自分の婚約者だったシャンティなのでしょうか?

 そうアルフォンスはギルフォードに聞こうと思った。だが、殺意を超えた眼光に口を閉じざるを得なかった。

 彼は既婚者で子供もいる身。小さな好奇心を埋める為に、命を落とすことはできない。だが、気付けば違う質問を口にしていた。

「なんで?」

 思わず素の口調でギルフォードに問いかければ、すぐに「ちょっとした縁だ」という返答が返ってくる。

 その縁とは多少、自分も関わっているのだろう。それに気付いたアルフォンスはこれ以上ギルフォードを問い詰めることはしない。深々と腰を折り、ギルフォードが手にしている封筒を受け取った。

「よろしい。あと、君の御父上が未だに君と奥方の結婚を認めず、色々と嫌がらせをしているようだが、どうする?こちらで穏便に処理できるが……」
「いいえ。お気持ちだけで。こうなることは覚悟の上で、妻を選んだのです。それにロマーインズはかなり離れた距離にあります。父は根っからの面倒くさがりですから、あそこまで離れれば妨害行為をすることはないでしょう」
「なるほど。それは納得できる」

 深く頷いたギルフォードは、少しだけ片方の口の端を持ち上げた。だが、すぐに表情を戻す。

「話は以上だ」

 瞳から殺意を消したギルフォードは、要は済んだと言わんばかりに小屋から出ようとする。けれど、アルフォンスはそれを引き留めた。

 この貧民街は社会秩序からはみだした者が集まる場所。そしてきな臭い噂が飛び交う場所でもある。

 そこでアルフォンスは、ギルフォードに対して良くない噂を耳にしたことを思い出したのだ。

「あのっ、余計なお世話かもしれませんが……少佐、お気を付けください。確か……ボレーデ?あれ、ギデーレ?ええっと……ビデーレだったかな?そんな名前の没落貴族が、あなたを良く思っていないそうです。近いうちに、何か起こるかも」
「忠告ありがとう。アルフォンス殿」

 ギルフォードは露骨に余計なお世話だと顔に出して、アルフォンスの言葉を遮った。そして、今度こそここを去ろうと小屋の出入口に足を向ける。

 なのだが、またアルフォンスに呼び止められてしまい、さすがに苛つきを覚える。

「アルフォンス殿、人の事に気を向けている場合ではないだろう。そんな暇があるなら」
「奥方様との間に娘が生まれた場合、お気を付けください」
「……なに?」

 急に声音が変わったギルフォードに、アルフォンスは真剣な眼差しを向ける。

「愛する人の血を受け継いだ娘は天使にしか見えないでしょう。たまらなく可愛いでしょう。きっと目に入れても痛くないと思うでしょうし、目に入れることができるならいっそ入れてしまいたいとすら思うでしょう」
「それは同意する」
「ですが、そんな天使も、いずれは他の男に持っていかれるのです」
「……それは認めたくない。だが、そうなるな。場合によっては相手の男を殺してしまうかもしれないが」
「ええ、自分も娘が生まれた時、そう思いました。ですが、例えそれが本音だとしても決して口にしてはなりません」
「……」
「万が一、それを口にしてしまえば、妻には呆れられ、最悪……嫌われます」

 最後はしんみりとした口調になったアルフォンスを目にして、ギルフォードはこれが彼の実体験であったことを知る。

「き、肝に銘じておく。……アルフォンス殿、忠告ありがとう。助かった」

 そう言ったギルフォードは先ほどとは打って変わって、貴重なアドバイスをくれた人生の先輩に対し、きちんと礼を取ってから小屋を後にした。
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