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青天の霹靂
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息子カイネルが生まれ、ヘンリーは父となった。
益々侯爵家当主としての自覚を持ったヘンリーは、己の責務を全うする傍ら、母親になったミレニアにこれまで以上に熱心な教育をした。
無論、底辺貴族出身のミレニアに、息子の教育を任せるわけにはいかない。
以前ミレニアに「ここで生まれた人間は、生まれながらにして侯爵家の一員だ」とは言ったが、それは詭弁に過ぎにない。妻を勇気づけるために咄嗟に吐いた嘘だ。
しかしながら、この嘘は愛ゆえのそれ。そんな美しい嘘は神とて絶賛するに違いない。
ただ嘘を吐いてしまった以上、責任を取らなくてはならないことはヘンリーとて言われなくてもわかっている。
だからヘンリーは、自ら優秀な乳母を探し出した。誰にも息子を低俗な人間の血を引いているなどと言わせないために。
けれども、妻への配慮は忘れることはない。夜にはきちんと親子の触れ合いを持たせるようにした。
───けれども妻は、そんな自分に向け、あろうことが不平不満を口にするようになった。
「旦那様、なぜこのような多額の請求書が頻繁に届くのでしょうか?」
小さな不満は聞き流すようにしていたが、これだけは今でもずっと耳に残っている。
そしてミレニアからそう言われた時の失望は、言葉では言い表すことができない。
(ああ……こんなにも教育してあげたというのに、妻は何も理解していないのか)
何一つ自分は悪くないといった表情の妻を見て、ヘンリーは怒りより落胆に近い悲しみの方が強かった。
ここは底辺貴族が住まう男爵家ではない。由緒正しい侯爵家なのだ。請求書の金額だって、当然ながら高額になるのは必然だろう。
なぜそんな簡単なことがわからないのだろうか。少し考えればわかることだろう。
そう怒鳴りつけたい衝動にかられたヘンリーであったが感情を抑え、懇切丁寧にミレニアに底辺貴族と名門貴族の違いを語ってきかせた。
そんな小さな小さな諍いとも呼べないことは確かにあった。
しかしヘンリーは寛容な気持ちで妻の失態を受け入れ、優しく諭し、正しい侯爵夫人になるよう導き続けた。
それから平穏な日々が続き─── 気付けば息子は3歳になり、いい加減二人目を……と考えていた矢先、一方的な三行半を突き付けられてしまったのだった。
「どうして……なんで……私はこれまで一度も間違ったことなどしていなかったというのに。そして、こんなにも愛していたというのに」
ヘンリーは妻ミレニアとの出会いから今に至るまでの出来事を思い返してみた。
けれどどうしたって妻が出て行く理由がわからなかった。
「一体これからどうすれば……」
虚ろな表情を浮かべながら、ヘンリーは妻が残していった書類を無意味にパラパラとめくる。
几帳面に書かれている文字と数字は間違いなく愛する妻の筆跡。しかし打ちひしがれるヘンリーにとって血の通わぬそれは何の慰めにもならない。
書類をめくりながらヘンリーは深き溜息を吐く。
気が遠くなるような細かい文字を見続けていると眩暈を覚えてしまう。グラグラと揺れる視界の中に、妻の幻影をヘンリーは見てしまった。
「……ああ、ミレニア」
ヘンリーは、ミレニアに手を伸ばす。
そして噓偽り無い本音をポロリと零した。
「ねえ、どうして司祭は、底辺貴族出身の君の話を真に受けたんだろうね……実に不快だよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
これで夫(ヘンリー)目線のお話は終わりです。
次のお話からは、妻(ミレニア)目線のお話になります(o*。_。)oペコッ
益々侯爵家当主としての自覚を持ったヘンリーは、己の責務を全うする傍ら、母親になったミレニアにこれまで以上に熱心な教育をした。
無論、底辺貴族出身のミレニアに、息子の教育を任せるわけにはいかない。
以前ミレニアに「ここで生まれた人間は、生まれながらにして侯爵家の一員だ」とは言ったが、それは詭弁に過ぎにない。妻を勇気づけるために咄嗟に吐いた嘘だ。
しかしながら、この嘘は愛ゆえのそれ。そんな美しい嘘は神とて絶賛するに違いない。
ただ嘘を吐いてしまった以上、責任を取らなくてはならないことはヘンリーとて言われなくてもわかっている。
だからヘンリーは、自ら優秀な乳母を探し出した。誰にも息子を低俗な人間の血を引いているなどと言わせないために。
けれども、妻への配慮は忘れることはない。夜にはきちんと親子の触れ合いを持たせるようにした。
───けれども妻は、そんな自分に向け、あろうことが不平不満を口にするようになった。
「旦那様、なぜこのような多額の請求書が頻繁に届くのでしょうか?」
小さな不満は聞き流すようにしていたが、これだけは今でもずっと耳に残っている。
そしてミレニアからそう言われた時の失望は、言葉では言い表すことができない。
(ああ……こんなにも教育してあげたというのに、妻は何も理解していないのか)
何一つ自分は悪くないといった表情の妻を見て、ヘンリーは怒りより落胆に近い悲しみの方が強かった。
ここは底辺貴族が住まう男爵家ではない。由緒正しい侯爵家なのだ。請求書の金額だって、当然ながら高額になるのは必然だろう。
なぜそんな簡単なことがわからないのだろうか。少し考えればわかることだろう。
そう怒鳴りつけたい衝動にかられたヘンリーであったが感情を抑え、懇切丁寧にミレニアに底辺貴族と名門貴族の違いを語ってきかせた。
そんな小さな小さな諍いとも呼べないことは確かにあった。
しかしヘンリーは寛容な気持ちで妻の失態を受け入れ、優しく諭し、正しい侯爵夫人になるよう導き続けた。
それから平穏な日々が続き─── 気付けば息子は3歳になり、いい加減二人目を……と考えていた矢先、一方的な三行半を突き付けられてしまったのだった。
「どうして……なんで……私はこれまで一度も間違ったことなどしていなかったというのに。そして、こんなにも愛していたというのに」
ヘンリーは妻ミレニアとの出会いから今に至るまでの出来事を思い返してみた。
けれどどうしたって妻が出て行く理由がわからなかった。
「一体これからどうすれば……」
虚ろな表情を浮かべながら、ヘンリーは妻が残していった書類を無意味にパラパラとめくる。
几帳面に書かれている文字と数字は間違いなく愛する妻の筆跡。しかし打ちひしがれるヘンリーにとって血の通わぬそれは何の慰めにもならない。
書類をめくりながらヘンリーは深き溜息を吐く。
気が遠くなるような細かい文字を見続けていると眩暈を覚えてしまう。グラグラと揺れる視界の中に、妻の幻影をヘンリーは見てしまった。
「……ああ、ミレニア」
ヘンリーは、ミレニアに手を伸ばす。
そして噓偽り無い本音をポロリと零した。
「ねえ、どうして司祭は、底辺貴族出身の君の話を真に受けたんだろうね……実に不快だよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
これで夫(ヘンリー)目線のお話は終わりです。
次のお話からは、妻(ミレニア)目線のお話になります(o*。_。)oペコッ
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