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耐え難きを耐え 忍び難きを忍び……

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『これならまだ再教育できそうだ』

 軽く己の肩を揉みながらそう言ったヘンリーの顔を、ミレニアは一生忘れることができない。

(この人は、おかしい)

 なぜそのことに、今まで気付かなかったんだろう。

 ミレニアは己の馬鹿さ加減に呆れ……すぐに自嘲した。

(違う、そうじゃない。気付いていたけれど、見て見ぬふりを自分がしていただけなのだ)

 認識してしまえば、この生活が破綻することを知っていたから。もう彼のことを夫として……いや、人として見れなくなってしまうから。

  




 ヘンリーが異常だと思う部分は、そこかしこにあった。

 出会った初日から、彼は自己紹介をすることも無く、いきなりダンスを誘った。 

 それは彼の中では『侯爵家嫡男の存在は、誰もが知っていて当然』という認識だったのだろう。

 それから、あの気持ち悪い手紙に追加された一文。『返事の内容は、そんなに悩まなくて良いよ』これだって返事が貰えることを前提にしたものだった。

 結婚式当日での参列者の移動の件も、義理の両親を領地の邸宅に移したことも……。

 そこまで思い返してみて、ミレニアは両手で口を覆った。

 夫婦そろって夜会に出席した際、ヘンリーの友人達はお義理程度に自分を褒めてくれる。『素敵な奥様だね』『お似合いの夫婦』だ、と。

 そして決まってヘンリーはこう答える。『だよ、』と。

 それを毎回耳にする度に、心にざらつきを覚えていた。

 でもミレニアはプライドが高い彼なりの下手くそな謙遜のやり方なのだと思っていた。

 しかし、そうじゃなかった。

 彼にとってミレニアは所有物であり、意思も感情も全て自分がコントロールできる存在だと思っていたのだ。だからこそ『普通』という言葉が出てきたのだ。




「───ミレニア、君は……私がどれだけ君を教育するのに時間を費やしたかわかってる?」
 
 絶対に開けてはいけない蓋を開いてしまったミレニアの耳に、悪魔のような存在が言葉を落とす。

 ミレニアはぎゅっと自分の身体を抱きしめる。寒くて寒くて仕方がない。

 そんな紙より白い表情を浮かべながらカタカタと震える妻に向け、ヘンリーは更に言葉を重ねる。

「君はね、これまでずっと私の時間を奪ってきたんだよ?それをちゃんと認識してほしいな。……ああ、もちろん返してくれだなんて言わないよ。与えた分だけ見返りを求めるのは労働者の思考だからね。でもね、夫婦なら……少しは違うか。でも、全部を返してくれとは言わない。私は君を愛しているんだ。だから、君も愛されている自覚があるなら、もう少し努力をして欲しいな……ねえ、ミレニア?私が言ってること、わかる?」




「……わかりません」

 掠れた声で、ミレニアは言った。ほぼ無意識だった。
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