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嘘を重ね続けた罪を精算する時
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「話は以上だ。子供と共に下がりなさい」
顔色を失ったライリットに向け、ケインはまるでコバエを払うような仕草と共に冷たく言った。
しかし、ライリットはこの場から動かない。
「旦那様、恐れながら……一つ質問を」
「忙しい。手短にしてくれ」
どの面下げてそんなことが言えるのか。
半年以上、この執務机に座って書類を捌いていたのは自分だ。何を今更、忙しいフリをするのだ。ご都合主義にも程がある。
そんな言葉が喉までせり上がったライリットであるが、ぐっと飲み込み別の言葉を紡ぐ。
「わたくしがこの子を、我が子として認めなければどうなりますか?」
それは狡い質問だと、ライリットは自覚していた。
ケインがこの赤子の母を正妻にするというなら、自分は実家に戻ると決めていた。これほどの屈辱と裏切りを受けたのっだ。もう、ケインの妻でいることは不可能だ。
しかしケインの返答はまったく予期せぬものだった。
「処分するしかないだろう」
「……え?」
「お前の子にと産ませたのだ。お前が要らないというなら、処分するしかない」
感情を一切乗せない無機質なそれは、人が使う言語とは到底思えなかった。
「……ご、ご冗談を」
「はっ、冗談?君こそ、つまらない冗談を言って私を困らせて何が楽しい?」
「……っ」
ケインの目は本気だった。
本気でこの小さく無垢な乳飲み子を処分すると言っている。
我知らずライリットは、ケインと距離を取りながら、おくるみに包まれた赤子を強く抱きしめた。
そんな怯えるライリットに、ケインは薄く笑う。
「なんだ、もう母親としての自覚があるではないか。ま、怪しい薬にすがるほど子が欲しかったのだろう?良かったじゃないか。これで君も満たされる」
「そんな、そんなわけ……」
「なら、それは処分する。産んだ側も育てる気は無い。なら、これは要らないものだ」
割れたグラスを見るような、または腐った果実を見るように、ケインは言った。血の通う同じ人間に対して、要らないものだ、と。
もはや人とは思えないケインの言葉は更に続く。
「ライリット、私は君にとって最善のことをしたつもりだ。その気持ちを受け取れないなら、君は殺人者となりなさい」
信じられないことにケインは、赤子の運命をライリットに委ねたのだ。
これほど卑怯な手はあるだろうか。
ライリットは憎悪をたぎらせ、ケインを見る。長い時間、ずっと、ずっと。けれども、ケインの表情は動かなかった。
…… 結局、ライリットは名も知らぬ女が産んだ子を育てることを選んだ。
赤子の名をヘンリーと名付け、ライリットは母となった。偽りの─── 母となった。
それは嘘を重ね続ける日々の始まりでもあった。
顔色を失ったライリットに向け、ケインはまるでコバエを払うような仕草と共に冷たく言った。
しかし、ライリットはこの場から動かない。
「旦那様、恐れながら……一つ質問を」
「忙しい。手短にしてくれ」
どの面下げてそんなことが言えるのか。
半年以上、この執務机に座って書類を捌いていたのは自分だ。何を今更、忙しいフリをするのだ。ご都合主義にも程がある。
そんな言葉が喉までせり上がったライリットであるが、ぐっと飲み込み別の言葉を紡ぐ。
「わたくしがこの子を、我が子として認めなければどうなりますか?」
それは狡い質問だと、ライリットは自覚していた。
ケインがこの赤子の母を正妻にするというなら、自分は実家に戻ると決めていた。これほどの屈辱と裏切りを受けたのっだ。もう、ケインの妻でいることは不可能だ。
しかしケインの返答はまったく予期せぬものだった。
「処分するしかないだろう」
「……え?」
「お前の子にと産ませたのだ。お前が要らないというなら、処分するしかない」
感情を一切乗せない無機質なそれは、人が使う言語とは到底思えなかった。
「……ご、ご冗談を」
「はっ、冗談?君こそ、つまらない冗談を言って私を困らせて何が楽しい?」
「……っ」
ケインの目は本気だった。
本気でこの小さく無垢な乳飲み子を処分すると言っている。
我知らずライリットは、ケインと距離を取りながら、おくるみに包まれた赤子を強く抱きしめた。
そんな怯えるライリットに、ケインは薄く笑う。
「なんだ、もう母親としての自覚があるではないか。ま、怪しい薬にすがるほど子が欲しかったのだろう?良かったじゃないか。これで君も満たされる」
「そんな、そんなわけ……」
「なら、それは処分する。産んだ側も育てる気は無い。なら、これは要らないものだ」
割れたグラスを見るような、または腐った果実を見るように、ケインは言った。血の通う同じ人間に対して、要らないものだ、と。
もはや人とは思えないケインの言葉は更に続く。
「ライリット、私は君にとって最善のことをしたつもりだ。その気持ちを受け取れないなら、君は殺人者となりなさい」
信じられないことにケインは、赤子の運命をライリットに委ねたのだ。
これほど卑怯な手はあるだろうか。
ライリットは憎悪をたぎらせ、ケインを見る。長い時間、ずっと、ずっと。けれども、ケインの表情は動かなかった。
…… 結局、ライリットは名も知らぬ女が産んだ子を育てることを選んだ。
赤子の名をヘンリーと名付け、ライリットは母となった。偽りの─── 母となった。
それは嘘を重ね続ける日々の始まりでもあった。
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