ゆきばあの、あしあと

当麻月菜

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初バイトからの、初インバイト

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「何が一体……どうなってるんだろう……」

 自転車を立ちこぎしながら、羽咲は眉間に皺を刻む。

 終業式の帰り道で出会った名無しの少年から始まり、今日の日焼けしたおじさん。二人とも、祖母のことを知っていた。

 しかも、顔見知り程度の仲ではなく、孫の自分の顔までわかっていた。

「おばあちゃん、どこで、何やってたの……」

 信号が赤になって、羽咲は自転車のブレーキを強く握って止まる。キキッーと音がして、小さく舌打ちする。帰ったら油を差さないと。確か油は、玄関にあったはず。

 いや、それよりも今は、祖母の交友関係の方が問題だ。

 祖母──柳瀬雪江は、生まれも育ちも長野県。同郷の祖父に熱烈に口説かれて、当時ではまだ珍しく恋愛結婚をした。

 人妻になった祖母は、それからもずっと長野にいた。母から祖母になっても。

 その間、祖母はたくさんの人と知り合いになったはずだが、名古屋に知り合いがいるという話は一度も耳にしたことがない。つまり、やっぱり──

「ここに来てから、おばあちゃんはあの人たちと知り合いになったってこと……だよね」

 何度も頭の中で考えて出した結論は、既にわかりきったものだった。

 それにしても……と羽咲は思う。どうして、今になって祖母の知り合いに出くわすのだろう。

 これが、何かのお導きってやつなのか?それとも、ただの偶然なだけ?

 どちらにしても出会ってしまった以上、知らなかった頃には戻れないし、見て見ぬふりもしたくない。

 棺の中にいる祖母と向かい合った時、羽咲は後悔が邪魔して、ちゃんと泣けなかった。

 そんな自分がすごく嫌だったし、この先もずっと後悔ばかりを積み重ねて生きていくのは辛すぎる。

「なら、探すしかないじゃん」

 唐突に口から出た言葉は、胸にストンと落ちるものだった。

 羽咲は、赤信号の交差点を見る。車の流れは次第にゆっくりになって、途切れ、信号が青に変わる。

 カッコーカッコーと、独特の鳥の鳴き声を聞きながら、羽咲は自転車のペダルを漕いで走り出す。

 肌を焦がす西日とぬるい風を受けながら、自転車を漕げは、もう奏海が待つ学校は目前だ。

「よし、決めた!」

 学校の駐輪場に自転車を停めて、紙袋を持って、コソコソ体育館に向かいながら、羽咲はひらめいた。

 奏海に届け物を渡したら、一つ掛けをしてみよう。

 終業式の時と全く同じルートで上社駅に向かい、そこで名も知らぬ少年と再会することができたら、この夏休みは祖母のために捧げよう。

 自分が知らなかった祖母の姿を探し、祖母がどんな人と会って、どんなことをして、何を考えていたか、あしあとを辿ってみよう。

 その結果、自分が傷ついても、後悔しか残らない結末になっても、それはそれで現実を受け止める。ただし、両親には内緒だ。

 代わりに、名無しの少年を相棒にする。彼には悪いけど、羽咲には一緒に行動してくれる人が必要なのだ。

 もちろん誘われた側は、迷惑でしかないことはわかっている。でも名無しの少年には、己の態度の悪さと、運のなさを恨んで諦めてもらおう。

 そんな一方的な計画を立てた羽咲は、体育館の入口に立つ。運よく、奏海はすぐ近くで休憩中だった。

「奏海ちゃん、部活お疲れぇー」
「あ!羽咲じゃん。ひょっとして、この紙袋はうちからの差し入れ?」 
「うん。保冷剤いっぱい入ってるから、まだ冷たいと思うよ」

 体育館の床に足を投げ出し、タオルで豪快に汗をぬぐっていた奏海は、勢いよく立ち上がる。

 そして羽咲から紙袋を受け取ると、振り返ってバレー部の仲間に声をかけた。

「みんなぁー、うちのお父さんから差し入れだって!食べよぉー」

 わぁあああっ!と、運動部独特の歓声が体育館に響き渡る。

「じゃあ、私は帰るね。部活頑張ってね」
「うん。コレ、わざわざありがとう。気をつけて帰ってね」

 互いに手を振りあって、羽咲は体育館を後にした。




 駐輪場に戻った羽咲は、プリンが入った紙袋から保冷剤を一つ取り出し、額や首筋に押し当てる。

「はぁー……きもちぃ」

 まとわりつく夏の熱気は消えることはないけれど、ちょっとだけ涼しくなった。でも心臓は、さっきよりドキドキしている。

 あの少年に会えるか、会えないか。その確率すら、羽咲はわからない。そして、もし会えた時、自分が嬉しいと思うのか、がっかりするのかもわからない。言葉に言い表せないほど、不思議な気分だ。

「じゃあ、行きます……かっ!」

 自転車に跨った羽咲は、勢いよくペダルを漕ぐ。夏の日差しが、アスファルトに濃い影をつくる。

 住宅街を走り抜け、なだらかな坂道を下る。そろそろ名無しの少年に呼び止められた場所だなっと思った瞬間、羽咲は強くブレーキを握った。

「……いた」

 今日もまた、美しい顔を隠すように帽子を目深にかぶった名無しの少年は、迷子の子供のようにガードレールに座って項垂れていた。
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