ゆきばあの、あしあと

当麻月菜

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チーズケーキを贈る代理人

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「……羽咲さんって呼びにくい」

 大和の怒りが鎮まったと思ったら、今度はクレームを受けてしまった。

「え……?」

 首を傾げた羽咲は、じっと大和を見つめる。

「気を付けてないと”羽咲しゃん”って呼びそうになる」
「……そう?」
「そう。だから羽咲って呼びたい」
「っ……!」
「いいだろ?」

 尋ねているが、大和の口調は決定事項を告げているようだ。

 なるほど。これで手打ちにしてやるっていうことか。

「わかった。いいよ」

 即答した羽咲に、大和は満足そうに頷いた。

「じゃあ行こう。羽咲」
「うん。あ!待って」

 歩き出そうとした大和の腕を掴んで引き留めた羽咲は、リュックから保冷袋を取り出す。

「おやつ持ってきたんだ。歩きながら食べよ」
「ああ……って、何これ?」

 アルミ製の保冷袋から出てきたものを目にして、大和は眉間に皺を刻む。

 しかし羽咲は、大和にそんな顔をされても平気だ。だって、これは確実に美味だから。

「じゃーん!バナナアイスだよ。はい、どうぞっ」
「あ、ああ……」

 おずおずと受け取った大和は、アイス片手に固まっている。

「食べないの?ちょうど食べごろなのに」
「いやこれ、アイス?ただのバナナが凍ってるようにしか見えないんだけど」

 大和は、まじまじとアイスを見つめながらそう言ったが、まさにその通り。

 これは半分に切ったバナナに割り箸を差して冷凍しただけの、ただの凍ったバナナだ。しかし柳瀬家では、これを”バナナアイス”と呼んでいる。

「いいじゃん、似たようなもんだし」

 雑な返答をした羽咲は、大和のバナナアイスを取り上げラップを剥がす。

「四の五の言わずに食べてごらん。美味しいから」

 バナナアイスを大和に返して、羽咲は自分の分のラップを剥がして、アイスにかぶりついた。

「んー、おいしっ」

 お風呂上りのバナナアイスも美味しいが、炎天下で食べるこれも甲乙つけがたい。

 幸せな笑みを浮かべる羽咲を見ていた大和も、おずおずとバナナアイスにかぶりつく。

「……意外にいける」
「そうでしょ?おばあちゃんも作ってたんだよ。ってか、おばあちゃんちで食べてから、家でも作るようになったんだ」
「へぇー。じゃあ、麦茶に梅干し入れるのも?」
「ううん、違う。あれはうちのママが考えた」
「そっか」
「でも、おばあちゃんも飲んでたよ」
「ふぅーん」

 頷いた大和は、もうバナナアイスを食べ終えていた。難癖つけたくせに完食され、羽咲は嬉しくなる。

 羽咲もとっくに食べ終えており、ゴミとなった割り箸は大和の分も回収して保冷袋に放り込む。捨てられるタイミングがあったらどこかで処分するが、とりあえずリュックに押し込んでおく。

 隣を歩く大和は、スマホをチラチラ見ながら歩いてる。多分、地図を確認してくれているのだろう。でも申し訳ないが、今日は必要ない。

 金山ではキョロキョロしながら歩いていた羽咲だが、今日の足取りはしっかりしている。

「羽咲もしかして今日行くとこ、知ってる場所なの?」
「……まぁね」

 ぼかした返事をしてしまったが、中学校を卒業するまで、ここら辺一帯は羽咲のホームだった。

 もともと尾張藩の武家屋敷が集まっていたここ──白壁は、明治になって財界人の邸宅が立ち並ぶようになった。

 歴史の重みと、豪奢な建物に埋もれているこの街は、羽咲の思い出がたくさん詰まっている。

 ただ羽咲にとっては過去となってしまったが、ここが静止画のように時が止まったわけじゃない。

 羽咲がこの街から離れても、残った人たちはそれぞれの人生を歩んでいる。

 そして思い出深い場所に足を踏み入れてしまえば、望まぬ再会だって引き寄せてしまうのは致し方ない。

「あれ?もしかして、柳瀬……さん?」

 角を曲がった瞬間、聞き覚えのある声が背後からして、羽咲は振り返った。

 視界の先には、名門女子高の制服を着た生徒三人が、驚いた顔をしている。

「久しぶりだね」

 羽咲は、女生徒に笑いかけた。

 会いたくなかった──そんな苦々しい気持ちを必死に隠して、精一杯、自然な笑みを作った。
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