13 / 76
2.窮すれば通ず。あるいは、路地裏から騎士
9
しおりを挟む
「ほら、見ているだけじゃ味はわからないよ。食べてごらん」
ソレールは己のプティングの乗った皿をアネモネの前に置くと、匙を差し出した。
この時点で、ソレールはアネモネの中で神の化身であることが確定した。
そして神様からの施しは有り難く受け取らなければ逆にばちが当たると、何とも自分勝手な言い訳をしてプティングを一口食べる。
「......っ!!!」
あまりの美味しさに身もだえした。
滑らかな舌触りと、卵とミルクの濃厚かつ優しい甘さが口一杯に広がる。少し遅れてカラメルソースの苦さがやってくる。
甘くて、苦くて─── 美味しい。
相反するそれなのに、口の中で完璧なハーモニーを奏でてくれる。あまりに美味しいものは「美味しい」という表現しかできないことをアネモネは初めて知った。
「これは芸術品ですね」
「ははっ、すごい例えだね。でも、きっとお屋敷のシェフさんが喜ぶと思うから、伝えておくよ」
「ええ、是非とも。そして長生きしてくださいとも付け加えておいてください」
「わかった、わかった」
ティーカップを片手ににこにこと笑うソレールは、本当に嬉しそうだった。こんな美味しいを食べることができなかったというのに。
アネモネはソレールとの出会いに感謝した。
無論、美味しいものを食べさせてくれたこともそうだけれど、彼は人を穏やかな気持ちにさせてくれる何かがある。一緒にいると、自然と笑みが溢れてしまうなんて初めての経験だ。
「......私、嬉しいです」
「うん。また明日にでも甘いものを貰ってこよう。他には何が好きかな?あ、嫌いなものを聞いた方が良いか。苦手な食べ物はあるかい?」
デザートのことだと思ったのか、ソレールは嬉しそうにしながらも、矢継ぎ早に質問をする。
でも、アネモネはそれに答えることなく、違うことを口にする。
「ソレールさん、質問があります」
「なんでもどうそ。あとさんは要らないですよ、アネモネさん」
訂正を入れながらも、ソレールはアネモネに続きを促した。
「今日は、このままあのお屋敷に戻らなくても?」
「ああ、大丈夫。ベッドは君が使って良いから。私は、どっか適当に休むから気にしないで良いよ」
質問の意図を読んで先回りした回答をくれたのは、さすがとしか言いようがないが......気なる点がある。
アニスは、未だにアネモネにとって客なのだ。
彼が個人的に護衛を雇っているということは、日常に危険が付きまとっていることを表している。そしてアネモネは、アニスが護衛を必要としている理由を知っている。
そりゃあ、初対面のうら若き乙女に何のてらいもなく首根っこを掴める性格からして、そこそこ腕力はあるだろう。手練れの一人や二人、自身の力で何とかできるかもしれない。
依頼品を届けた後なら、アニスが誰に襲われようが窮地に立たされようが知ったことではない。だが、それまでは五体満足で居て貰わないと困る。
それにあの性格からして、きっと無駄に敵を作っているに違いない。
「護衛というのは、夜は勤務外になるんですか?」
言葉を選ぼうと思ったけれど、丁度良いそれが見つからなかったので、アネモネはドストレートに聞いてみた。
もちろんこんなことでソレールが不機嫌になることはない。
「いや、本来なら夜間も護衛に勤めている。でも、アニス様の護衛騎士は他にもいるんだ。だから今日は大丈夫。もともと夜勤は無い日だったし」
「そうなんですか」
アネモネはほっと安堵の息を吐いた。
不安要素が消えて満腹になった途端、我ながら図々しいとは思うけれど、小さな欠伸が出てしまう。
「なら、一緒に寝ましょう。こう言っては失礼ですが、この家で寝るところはあなたの部屋のベッドしかありませんし」
「……えっと、それはちょっと......私は別にどこでも寝ることができるから......」
「嫌なら私、床で寝ますよ」
これまで温厚な表情しか浮かべていなかったソレールだけれど、ここで初めて困った表情を浮かべた。
ソレールは己のプティングの乗った皿をアネモネの前に置くと、匙を差し出した。
この時点で、ソレールはアネモネの中で神の化身であることが確定した。
そして神様からの施しは有り難く受け取らなければ逆にばちが当たると、何とも自分勝手な言い訳をしてプティングを一口食べる。
「......っ!!!」
あまりの美味しさに身もだえした。
滑らかな舌触りと、卵とミルクの濃厚かつ優しい甘さが口一杯に広がる。少し遅れてカラメルソースの苦さがやってくる。
甘くて、苦くて─── 美味しい。
相反するそれなのに、口の中で完璧なハーモニーを奏でてくれる。あまりに美味しいものは「美味しい」という表現しかできないことをアネモネは初めて知った。
「これは芸術品ですね」
「ははっ、すごい例えだね。でも、きっとお屋敷のシェフさんが喜ぶと思うから、伝えておくよ」
「ええ、是非とも。そして長生きしてくださいとも付け加えておいてください」
「わかった、わかった」
ティーカップを片手ににこにこと笑うソレールは、本当に嬉しそうだった。こんな美味しいを食べることができなかったというのに。
アネモネはソレールとの出会いに感謝した。
無論、美味しいものを食べさせてくれたこともそうだけれど、彼は人を穏やかな気持ちにさせてくれる何かがある。一緒にいると、自然と笑みが溢れてしまうなんて初めての経験だ。
「......私、嬉しいです」
「うん。また明日にでも甘いものを貰ってこよう。他には何が好きかな?あ、嫌いなものを聞いた方が良いか。苦手な食べ物はあるかい?」
デザートのことだと思ったのか、ソレールは嬉しそうにしながらも、矢継ぎ早に質問をする。
でも、アネモネはそれに答えることなく、違うことを口にする。
「ソレールさん、質問があります」
「なんでもどうそ。あとさんは要らないですよ、アネモネさん」
訂正を入れながらも、ソレールはアネモネに続きを促した。
「今日は、このままあのお屋敷に戻らなくても?」
「ああ、大丈夫。ベッドは君が使って良いから。私は、どっか適当に休むから気にしないで良いよ」
質問の意図を読んで先回りした回答をくれたのは、さすがとしか言いようがないが......気なる点がある。
アニスは、未だにアネモネにとって客なのだ。
彼が個人的に護衛を雇っているということは、日常に危険が付きまとっていることを表している。そしてアネモネは、アニスが護衛を必要としている理由を知っている。
そりゃあ、初対面のうら若き乙女に何のてらいもなく首根っこを掴める性格からして、そこそこ腕力はあるだろう。手練れの一人や二人、自身の力で何とかできるかもしれない。
依頼品を届けた後なら、アニスが誰に襲われようが窮地に立たされようが知ったことではない。だが、それまでは五体満足で居て貰わないと困る。
それにあの性格からして、きっと無駄に敵を作っているに違いない。
「護衛というのは、夜は勤務外になるんですか?」
言葉を選ぼうと思ったけれど、丁度良いそれが見つからなかったので、アネモネはドストレートに聞いてみた。
もちろんこんなことでソレールが不機嫌になることはない。
「いや、本来なら夜間も護衛に勤めている。でも、アニス様の護衛騎士は他にもいるんだ。だから今日は大丈夫。もともと夜勤は無い日だったし」
「そうなんですか」
アネモネはほっと安堵の息を吐いた。
不安要素が消えて満腹になった途端、我ながら図々しいとは思うけれど、小さな欠伸が出てしまう。
「なら、一緒に寝ましょう。こう言っては失礼ですが、この家で寝るところはあなたの部屋のベッドしかありませんし」
「……えっと、それはちょっと......私は別にどこでも寝ることができるから......」
「嫌なら私、床で寝ますよ」
これまで温厚な表情しか浮かべていなかったソレールだけれど、ここで初めて困った表情を浮かべた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
180
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる