神の加護が支配する世界で、俺だけが理から外れていた ~将来を誓った君を思い出したのは、遅すぎた~

ゆきみかん

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序章

第2話 母の言葉

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 朝、どんな時間に寝ようともこの時間に目が覚める。
 頭はすっきりしていないが長年の習慣は変わらず、刷り込まれている。
 スマホの通知があることに気づき、咲雪から0時ちょうどに送られていた。

『雪乃、誕生日おめでとう!
 私が一番に言えた?』

 これから憂鬱な時間に緊張していた顔に笑みがこぼれる。
 軽いお礼の返事をし、そのまま用意をしてたもの――真剣を手に、道場へ向かった。

 ◇

「おはよう、雪乃。
 そして誕生日おめでとうじゃの」

 いつも通りの時間に来たはずなのに、祖父は道場に早くからいたようだ。

「おはよう、じいちゃん。
 そしてありがとう。
 それよりどうしたの、いつもより早くない?」

 よかったな、咲雪。遅かったらじいちゃんだったぞ。
 と、どうでもいいことを考えてしまう。

「ただ、早くに目が覚めて考えに耽っとっただけじゃよ。
 年を取ると、どんどん朝が早くなるからの」

 嫌になるわい、と言いたげな顔で最後はどこか遠い目をしてた。

「それより、早いが準備はできているか?
 あれが来る前に、儂とやろうじゃないか」

 すっと綺麗な動作で木刀を手に持ち立ち上がる。
 こちらも鹿の皮をかぶせてあるだけの木刀を用意し、構えて見せる。

「いつでもいいよ。
 こっちに来る途中に温めてきたから」

 答え、お互いにまなざしは鋭くなっていく。
 しばらくのにらみ合いをし、仕掛けてきたのは祖父だった。

 いつも通りの初手の動きと見せて、毎度パターンを変えてくる。
 それに騙されないよう予防線を張るが、それすら読まれ、不意を突かれる。
 祖父との稽古は、読み合いの連続だ。

 何度か続く、木刀の打ち合う鈍い音、打ち、払い、そして体、足を使い、お互いに交わしていく。

 だが先に祖父が音を上げた。

「はぁー、まいった。これくらいでいいじゃろう?
 雪乃みたいな若い天才を相手するのは、もうこの年寄りでは、ほんとキツイわい」

「何言ってるの? 70越えて、そこまで動ける人が……。
 それに、天才って俺のこと?」

「そうじゃよ。
 儂や、その年でそこまでの太刀筋、読みの深さはそうそうというか、まずおらん」

 いつも、俺には甘い気がするが、今日はやけに褒めてくれる。
 だがすぐに疑問がわく。

「あの人には、勝てたことが一度もないのに?」

 祖父の視線が泳ぐ。

「あれは……、なんというか相手が悪いとしか言えんの」

 一呼吸おいて、話してくれる。

「あれはの……才能とかで語れる話ではないかもしれんの。
 覚悟――というのか、雪乃も対峙したときの《あれ》はわかるじゃろ?」

 知っている、嫌というほど。

「儂にも無理じゃし、あれの母親も迫るものはあったが、そこまでではなかった。
 だから、雪乃も――」

「おはよう、準備はいい?」

 入ってくるなり、いきなりの申し出。
 先ほど、祖父との稽古で少し暖まった空気が冷えるのを身に受ける。

「――また、お前は!
 なにか雪乃に言うことが今日あるじゃろう!」

 母は少し逡巡したあと、

「ああ、わかっています。
 雪乃の誕生日でしょう、知っていますよ?」

 それが何かと、問うように祖父を見ている。

「それが、わか――」

「いいよ、じいちゃん……もういいよ」

 それ以上聞いてると、打ちのめされる気がして、止めてしまう。
 祖父は出しかけた言葉をのどに引っ込め、眼で行き場のない感情を向けてくる。
 空気を変えるべく昨日の件をかたずけておく。

「母さん、咲雪も儀式に同伴したいと言っていますが、大丈夫でしょうか?」

 今日、初めて母がこちらに眼を向ける。

「咲雪さんが?
 こちらからもお願いするつもりでした。
 ぜひ、参加をと」

 拍子抜けるほどにあっさりと許可が出た、元々、断わるとは思っていなかったが。
 こちらからお願い? そこまで重要なことなのだろうか。

「ありがとうございます。
 あとで伝えときます」

 そこで、話は終わりだと、真剣を持ち、構える準備を促してくる。

「雪乃」

 ただ、それだけを言い真剣を抜き構える。
 俺もそれに倣い、刀を抜く。

 真剣での稽古は片手で数えるにも満たない。
 どう考えても、度を越してる。

 少し震えてる、刀を見る。
 俺のために作られた刀。
 でも俺にとっては忌まわしさの――忘れたい象徴。

 母とは、毎日必ず稽古している。
 だが、決して慣れることはない。

「雪乃、《全力》で来なさい」

 言葉の意味はわかっている。
 それを俺に要求することに意味がわからない。
 あんなことがあったのに!

 理解した時には、母に自分から仕掛けていた。
 踏み込み、真剣である刀を母に向けて薙ぐ。

 完全に頭に血が上った、剣が母には届くはずもない。
 軽くいなされ、おまけに蹴りをもらってしまう。

「何ですか、今のは?」

 本気でやっているのか、と言いたげな眼。
 そしてもっと冷静に動け。
 蹴られた箇所の痛みがそう、訴えてるようだ。

「……失礼しました」

 仕切りなおすべく、自分と母を見る。
 さっきは感情で動けたが、躊躇してしまう。
 幼いころから受ける、あの――殺意。

 対峙した相手を必ず、殺す。
 そんな風に幻視させるような、気迫。
 子供の頃から、俺を簡単に石像にする。

「――っ!」

 逡巡していた、一瞬で母が踏み込んできていた。
 しみついた、とっさの反射動作で迎え撃つ。
 だが、母には、何の意も介さない。

 数合、打ち合う。鈍く、甲高い音だけが響いた。
 うぬぼれではないが、俺と母の剣術にそこまでの差ないはず。
 なのに勝てたことがない。

「すぅ……はぁ……」

 息が上がるほど動いたつもりはない。
 慣れない真剣のせいだと結論付ける。
 だが母は、汗一つかいた様子はない。

 この差は一体なんなのか、よみ合いでも負けているつもりはない。
 身体でも、技でもない。
 ――では、何が足りない?

 ただ勝ちたい、そしてこの人に――

「え?」

 思わず声が出てしまう。
 いつも組合で何度もいなしていた母が体制を崩したのだから。
 すかさず追撃を入れようと母に向けるが手が動かない。

 お前が今、握っているのは何だ?
 そう頭によぎった瞬間、すでに刀は手から弾かれ、首筋に刃を当てられていた。

「なぜ手を止めた?」

「……は?」

 惚けていて、反応に遅れる。
 なぜも何もあのまま振り切っていたらこの人を――

「真剣でしたから……」

「違う!
 なぜ、躊躇った?」

 母の怒号、いつもの冷静さがなく、差に戸惑い、意図が理解できない。

「た、躊躇うも何もケガではすみませんよ」

 俺の答えにどこかあきれたような顔をする。

「私は《全力》で来いと言ったはず、これがおまえに害する者だったら、おまえは死んでいた」

 ただそうだという事実を突きつけてくる。

「18歳――雪乃、お前は今日でおそらく完全に私から引き継がれる。
 この意味を分かっているはず」

 身に染みてわかっている、このオカルトじみた呪いのような継承。

「使えるものは何でも使いなさい、それがおまえを生かす。
 そして敵対したものに、情けをかけるな」

 母の言っている意味があまりにも現実離れしていて、思わず祖父に視線を向ける。
 しかし祖父は何も言わず俺をただ見ている。

「最後まであがけ、殺そうとするものは、迷わず切れ。
 でなければ――死ぬ」

 話は終わりだと言わんばかりに、俺の気持ちも置きざりに、道場を去っていった。

「さて、儂らも飯を食いに行こうか」

 ずっと黙ったままだった、祖父が固まったままの俺の肩に触れる。

「……じいちゃん、どういう意味?」

 主語もないまま、疑問をそのまま投げかける。

「そのままの意味じゃよ。
 しいて言うなら、不器用、その一言じゃな」

 説明はしてくれないらしい、いつもは俺に対する、母の言葉に声を上げていたのに。
 敵を切れだの、死ぬ、など現代においてあまりにも遠い意味。
 声を上げなかったのはそれを正しいと思っている。
 それが、心に小さなしこりのように残った。
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