たゆたう青炎

明樹

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「彼は、ルカ様の前の席にいた生徒ですね」


ロウが、バックミラーに映る僕をチラリと見て話し出す。


「うん。赤築リツって言うんだって。一年の時は、人狼族の者が同じクラスにいなかったから、今年はびっくりしたよ。別に同じクラスにいてもいいんだけど、あいつ、僕に馴れ馴れしい。はっきり言って邪魔だ」
「そうですか。俺も、彼は気に食わないです。ルカ様に近寄り過ぎだ。何か不審を感じたらすぐに言ってください。俺が排除します」


バックミラーの中のロウと目が合って、すぐに視線を逸らす。僕は小さく溜め息を吐いて、窓の外に顔を向けた。


「いいよ…。揉め事は起こしたくない。それに、あんな奴、自分で何とか出来る。それよりロウ、なんで僕の担任なの?」
「さあ…。どのクラスを受け持つかは、俺が決めた訳ではないですから」
 「ふ~ん。目立つことはしないでね」
「そのつもりではいます。だけど、ルカ様に危険が迫った時は、なりふり構いませんよ」


僕に対するロウの過保護ぶりに、まだ言いたいことがあったけど、ロウは意外に弁がたつから、いつも言いくるめられてしまう。


僕はもう一度小さく息を吐くと、座席に深くもたれて目を閉じた。


翌日から、赤築リツは、しつこく僕につきまとって来た。
僕は追い払うのも面倒で、勝手に喋らせて無視をしていた。だけどそのうち、ポツリポツリと返事をするようになって、気がつけば、周りからは親友だと思われるくらいに、傍にいるのが当たり前になっていた。


今日も僕が、ロウ手作りのカスクートを持って、滅多に人が来ない空き教室へ向かっていると、リツもピタリとついて来た。「ついて来ないで」と言うのも億劫で、僕は小さく息を吐いて、話しかけるリツには目もくれずに教室に入った。


「ルカはここが好きだよな。俺もルカと二人だけで静かに過ごせるここが好きだよ」
「……」


ーーあんたがいなければもっと静かに過ごせるんだけど。


心の中で文句を言って、チラリとリツを見る。
僕と目が合ったリツは、とても嬉しそうに笑って、僕の向かい側に腰を下ろした。
僕はまた一つ息を吐きながら、紙袋からカスクートを取り出そうとして「あ…」と声を上げた。


ーーしまった。リツに気を取られて、飲み物を買ってくるの忘れた…。


紙袋を掴んで立ち上がった僕の腕を、リツが慌てて掴む。


「あっ、待って。ルカ、どこ行くんだ?」
「飲み物…」
「それなら大丈夫だよ。俺、ルカの分も持って来てるから。はい、これ。ルカはミルクティーがいいんだよな?」


リツが布製の袋から、ストレートティーとミルクティーのペットボトルを取り出した。やけに大きな袋を持ってると思ったら、お弁当以外にもこんな物を持って来てたのか。


「ほら、ルカの為に持って来たから、飲んでもらえると嬉しい。さ、腹減ったから早く食べようぜ。いただきまーす」


リツが、袋から籠のお弁当箱を出して手を合わせる。綺麗に並べられた、卵とハムのサンドウィッチを一つ掴んで、大きな口でパクリと食べた。
僕は、再びゆっくりと腰を下ろし、僕の前に置かれたミルクティーを手に取り、小さく呟く。


「…ありがとう」


どうしても素直に言えなくて、ごくごく小さな声しか出ない。なのに、ちゃんと聞き取ったリツが、太陽みたいな輝く笑顔を見せた。

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