たゆたう青炎

明樹

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布団の上から僕の頭を撫でて、ロウが部屋を出て行った。ドアの閉まる音が聞こえてから、布団から顔を出す。さっきのことを思い返して、長い息を吐いた。


ロウは昔から、時々僕に意地悪をする。それは、本当に他愛のない些細なもの。その時のロウの目が、すごく優しい色をしてるから、僕は胸が詰まって泣きそうになるんだ。


この世界でたった一人ロウだけが、僕を必要としてくれる。


ロウがいつか、僕の下から離れる時が来たら辛くなるから、自分に『勘違いするな、自惚れるな』と言い聞かせてきた。だけど、ロウが全身で僕を必要だと訴えてくるから、『僕は、ここにいていいの?』と甘えてしまう。


「ロウ…傍にいて…離れないで…」


ドアを見つめてポツリと呟く。
薬のせいか、だんだんと瞼が重くなり、僕は静かに寝息を立て始めた。


だからロウが、ドアの外で壁にもたれて聞いていたなんて、僕は知らない。





翌朝になって、僕の熱は少しだけ下がったでもまだ微熱がある。ロウの作った野菜スープを飲んで、ロウが食器を下げてる間に薬を飲んだ。


「おや、今朝は自分で飲んだのですね」
「ちゃんと飲んだ。ほら」


部屋に戻って来たロウが、僕の膝の上に乗ったお盆をチラリと見て笑う。
僕は、口の中に残る苦い味に渋い顔をして、お盆の上の空のシートを指差した。
ロウが、褒めるように僕の頭を撫でる。そしてお盆を机の上に置くと、僕の肩を押して寝かそうとするから、僕はその手を払って、ロウを見上げて言った。


「ロウ、シャワー浴びたい。汗かいたから気持ち悪い」
「でも、まだ熱が下がってません。タオルで拭いてあげます」
「嫌だ。しんどくないし大丈夫だから…。ロウ、お願い…」


さっき払ったロウの手を取り、首を傾げて懇願する。
ロウは、しばらく逡巡していたけど、長い溜め息を吐くと、渋々許してくれた。


「わかりました。ただし、俺はドアのすぐ外で待ってますよ。何か異変を感じたら、すぐに止めに入ります」
「…過保護。大丈夫だって言ってるのに」
「文句があるなら、俺も一緒に入りましょうか?」
「狭いから嫌だ」
「ふっ…、狭くなかったらいいのですか」


ロウが小さく呟いた言葉が聞き取れなくて、僕は再び首を傾げた。



ロウは、本当に僕が洗い終わるまで、ドアのすぐ外にピタリと貼りついていた。磨りガラスを通して見えてるんじゃないかと思うくらい、ロウの視線を感じる。
 落ち着かない気分で汗を流して、僕はドアに手をかけた。


「ロウ…出るよ」
「どうぞ」


ロウはドアの前から退く気はないらしい。僕は諦めてドアを開けた。途端に柔軟剤の香るバスタオルで、フワリと全身を包まれる。そして、その上からロウの腕に包まれた。
いい香りの柔軟剤よりも好きなロウの匂いに、僕はウットリとする。そのまま目を閉じかけて、慌ててロウの胸を押した。


「もうっ、何してんの?」
「熱が上がってないか、確認してたのですよ」
「そんな計り方ないし…。身体を拭くから出て行ってよ」
「俺がしてあげます」
「…なんで?」
「なんで?したいからに決まってる」


ーーほら、またそんな甘い目をする。やめてよ、ロウ。僕が、甘えてしまうじゃないか。


顔の筋肉が緩んでしまうのがバレないように、そっと俯く。その間に、ロウが僕の肩にかかったバスタオルで、僕の身体を素早く拭いた。
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