たゆたう青炎

明樹

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僕は、素直に男の人の手を取って、立たせてもらう。
男の人は、僕の服をはたいてくれて、もう一度謝った。


「怪我はないか?すまないな、よく見てなかった」
「いえ…、僕もよそ見をしてたので。すいません」
「大丈夫そうだな。じゃあな、色々と気をつけるがいい」
「はい…」


男の人は、フッと口元に笑みを浮かべると、颯爽と去って行った。


ーー今の人、僕ら四家とは違う…人狼だ。


遠く向こうを歩く、豆粒ほどの大きさになった背中を見て思う。きっと彼も、僕が人狼と気づいただろう。だけど特に詮索もしないでいてくれたことに、ホッと安堵した。





いつもは車で通る道のりを、ゆっくりと歩いて帰る。ロウに車に乗せられる度に、「歩いて帰るから送らなくてもいいのに」と文句を言ってたけど、夏に近づいて暑くなってきた今日などは、やはり車がいい。
家に着いたらすぐにクーラーを入れて、シャワーで汗を流そうと思い、少し足を速めた。


やっと家の門が見えて、ふぅ…と息を吐いたその時、門の前に一台の黒い車が停まって、中からスーツ姿の上品な男が降りてきた。
僕は、その人物を見て動きを止める。僕の口から、絞り出すように、掠れた声が漏れた。


「…父さん…」


僕の気配に気づいて、父さんが振り向く。父さんは、顔色一つ、表情一つ変えないで、僕を見て言った。


「ロウはいるのか?」


僕のことなど気にもかけない様子に、もう慣れた筈なのに胸がチクリと痛む。僕は父さんの視線から目を逸らして俯くと、小さく声を出した。


「ロウは…まだ学校です。今日は遅いと思います…」
「そうか。なら、今日は帰ろう。また来る」


それだけ言うと、颯爽と車に乗り込み、行ってしまった。
僕は、急いで門の中に入り、鞄から鍵を出そうとする。だけど手が震えて上手く掴めない。やっと掴んだ鍵で震えながら玄関を開けて、家の中へ駆け込む。そして、鞄を放り投げてトイレに入り、便器にしがみついて何度も吐いた。


涙を流しながら吐き続けて、もう何も出ないのに、まだ胃がせり上がってきて苦しい。僕は、トイレの床に座り込んで、しばらく動けなかった。
時間が経つにつれて吐き気が治まってきたので、ヨロヨロと立ち上がり、壁伝いに歩いて洗面所に向かった。洗面所に入ると、蛇口から勢いよく水を出して、涙と涎でぐちゃぐちゃになった顔を洗った。
棚からタオルを取り出して顔を拭い、タオルを洗面台に置く時に気づいた。僕の手が、面白いくらいにガタガタと震えている。


ーー今さら…なんでこんなに震えてるの?父さんが僕を見ないことなんて、昔から当たり前のことじゃないか。だから僕は、あの家を出て、父さんの目に映らないようにしてるんじゃないか。なのに、何を怯えることがあるの?


自分自身を落ち着かせるように強く思うけど、一向に震えが止まらない。


僕は、父さんに愛されてないのだから、どんな扱いを受けようと平気な筈だ。なのに実際は、父さんの目線、動作、言葉に、こんなにも動揺してしまっている。


僕は、よろけながら自分の部屋に入ってベッドに横たわり、布団を頭から被って固く目を閉じた。


ーー僕とロウがあの家を出てから四年になる。その間、父さんが来たことなんて一度もない。なのになんで…今さら訪ねて来たのだろう。しかも、ロウに会いに?
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