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しおりを挟む保健室には誰もいなかった。
ベッドの端に降ろされて、とりあえず寝るようにリツに言われる。僕は小さく頷いたけど、ベッドに腰掛けてぼんやりと床を見つめたまま動かなかった。
僕の目の前に、床に膝をついて下から見上げてくるリツの顔が現れる。膝の上で、強く拳を握りしめていた僕の手を、温かい大きな手が包んだ。
「ルカ、一体どうしたの?何があったのか俺に教えて?」
リツの優しい声に、安らぐ炎の色の瞳。その瞳に見つめられて、僕はクシャリと顔を歪めた。
僕の両頬に涙が伝う。
驚いた顔のリツが、大きな手で僕の頬を包み、溢れ出る涙を拭った。
「ルカ…ごめん。やっぱり話すのが辛かったら無理に話さなくてもいいよ。でも、ルカが元気になるまで、俺は傍を離れない。いい?」
僕は、頷く代わりに瞼を閉じる。閉じた拍子に、またポロリと雫が落ちた。
隣に腰掛けて、ズボンのポケットから出したハンカチで忙しく僕の涙を拭くリツの手を、ぼんやりと見つめて呟く。
「…僕、なんで人狼族に生まれたんだろう…。僕が立派な狼に変われてたら、違ってたのかな…。もう、疲れちゃった。誰も僕のことを知らない…遠くへ、行きたい…っ」
声を震わせて、半袖シャツから伸びる自分の腕を、強く掴んだ。尖った爪が食い込んで、白い肌に赤い血がジワリと浮かぶ。
それを見たリツが、慌てて僕の手を掴んで離させ、僕を胸に抱き寄せた。
「ルカっ!自分の身体を傷つけちゃダメだっ!やるなら俺の腕にしろっ。それに俺は、ルカが人狼族に生まれてきてくれて、良かったって思ってる。俺と同じ人狼族で嬉しいよ。…何があったのかわかんないけどさ、俺は、ずっとルカの傍にいるから。それに、遠くに行きたいなら、俺が連れて行ってやるよ。俺の背中に乗せて、連れて行ってやるよ…」
自分の爪で抉られた腕が、ジンジンと痛みを伴って疼く。僕は変身出来ないとはいえ、爪は少しくらいなら伸ばせる。尖った爪が突き刺さった腕は、かなり深く傷ついたらしく、手の甲を血が伝い落ちる感触がした。
リツが、僕の背中を優しく撫でて、優しい言葉を囁いている。
僕は、リツの胸に頬を当てたまま、優しい言葉を受け入れた。
「背中に…乗せてくれるの?遠くに、連れて行ってくれるの?」
「うん、ルカが望むなら何処へでも。前にさ、白蘭に襲われた時に青砥先生が来て、ルカを背中に乗せて行っちゃったことあっただろ?俺さ、あの時、すっげー青砥先生に嫉妬したんだ。ルカを背中に乗せて、ルカも先生の背中にしがみついて…羨ましいって思った。だから…お願いします。俺の背中に乗って?」
僕の耳の傍で囁かれる嬉しくなるような言葉。
ーーほんとに?僕と一緒に何処へでも行ってくれるの?僕は、一人でも大丈夫と思っていたけど、やっぱり一人は寂しい。だから、リツが一緒に行ってくれると言うのなら…。
「リツ…、僕を連れて行って。僕達を知る人がいない所へ…連れて行って…」
「うん、行こう」
顔を上げた僕の額にキスをして、リツが更に強く僕を抱きしめた。
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