たゆたう青炎

明樹

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身体の周りに赤い炎のようなモノをまとわせて、リツの身体が狼に変わっていく。


ーーあの瞬間は、一体どんな気持ちになるのだろう。両手を地についた時、世界はどんな風に見えるのだろう。


美しく逞しい狼の姿のリツに見惚れていると、リツが傍に来て、僕の腕に顔を擦りつけた。


「ふふ…くすぐったい。人型の時の髪は柔らかいのに、今は少し硬いんだね。でも、とても気持ちいい…」


 リツの背中を何度も撫でて、ウットリとする。


ロウの青緑の鉄色、リツの赤い栗色、白蘭の真っ白い雪色、人狼族は皆、美しい姿をしている。
きっと黄麻も、綺麗な金色で美しい姿だ。


人狼族に生まれたのだから、僕も変身して思いっきり駆け回りたい。別に美しくなくてもいいから、変身したい。


常につきまとう願いを頭を振って払い飛ばして、リツの脱いだ服をリツの鞄に突っ込んだ。


「俺の荷物を俺の首にかけてくれ。さあルカ、どこに行きたい?」


リツに言われた通りに、リツの鞄を首にかける。
今日の朝には、海に行った。だから今度は…。


「景色が綺麗な山に行きたい…」


ポツリと言って、しゃがんだリツの背中に手をついて、跨がった。ロウとは違う乗り心地に、少し緊張してドキドキとする。


ゆっくりとリツが立ち上がり、僕を振り返って言う。


「そっか…良かった。じゃあ、身体を前に倒して強くしがみついてて。俺は、青砥先生よりも、早く駆けてみせるから」
「うん…」


僕は、身体を倒して赤い毛並みに頬を当てる。太い首に腕を回しながら、これを見たらロウは、また口うるさく怒るのかなぁ…と、ロウのことを考えた。


リツが、ゆっくりと立ち上がって歩き出した。
徐々に駆け足になり、スピードを上げていく。
車の往来が少ない道を選んで、暗がりの中を風のように駆け抜ける。


僕は、リツの首に回した腕に、ギュッと力を入れた。
夏の夜の生温い風が、僕の身体を撫でて通り過ぎる。
リツの背中にペタリと頬をつけて、流れていく家々の灯りをぼんやりと眺めた。


ーー今頃ロウは、ルキと一緒に食事でもしてるのだろうか。ルキから、僕と海で会った話を聞いて、僕を思い出してくれてるだろうか…。


ロウが傍にいることが、当たり前過ぎてわからなかった。
ロウがいないことが、こんなにも寂しい。僕は、こんなにも弱くなる。


冷えてしまった心を暖めるように、ロウより少し硬いリツの毛皮に、より一層、身体を密着させた。



すぐに街中を抜け、民家も疎らな山道に入る。
ロウの背中は、少しも揺れを感じないくらいに乗り心地が良かった。子供の頃などは、うっかりと眠ってしまったこともあったくらいだ。


逆にリツの背中は、気をつけてくれてるのだろうけど、しっかりと掴まっていないと、落ちそうになる。
たぶん、人を乗せたことが初めてなのかもしれない。だとしたら、疲れてはいないだろうか。
体力が無尽蔵にあるとはいえ、自分一人で走るのとは、ワケが違う。


僕は、首を伸ばしてリツの耳に唇を寄せると、「リツ!止まってっ」と大きく叫んだ。


疎らにあった民家も無くなった真っ暗な山道の途中で、リツは速度を緩めて足を止めた。
月明かりに浮かぶ大きな背中が、上下に動き、長い舌を出して苦しそうに見える。
僕は、身体を起こしてリツの背中から降りると、リツの顔の傍に立って、手触りのいい首を撫でた。


「リツ…少し休もう。疲れただろ?」
「…いや、大丈夫だよ。目的地までまだ遠いし、早く行こう」


リツが、僕の為に無理をすることはわかっていた。だけど僕の為に、もう二度と傷ついたりして欲しくない。
僕は、リツの首を抱き寄せて、耳の傍で囁く。


「お願い…。このまま走っても、余計に疲れて足が遅くなるだけだよ。少し休んで、また誰よりも速く駆けてよ。それに僕もずっと同じ体勢だったから、疲れちゃったんだ…」
「そっか…、そうだよな。わかった。じゃあ、休んでからまた飛ばすぞ」


やっと納得したリツが、長い舌で僕の顔をベロリと舐めた。
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