天狗の花嫁

明樹

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勘違い

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銀ちゃんに部屋の場所を教えてから居間に移り、二人で座卓を挟んで向かい合って座った。
銀ちゃんが懐かしそうに、そして何故か、こちらが恥ずかしくなるくらいの甘い顔をして、俺を見ている……。


「凛…、凛がここへ戻って来てくれて、嬉しいよ」
「まあ、俺はこの家が好きだったから…。銀ちゃんはいつ戻って来たの?」
「二年前に…。ふふ、凛は…ずいぶんと綺麗になったな…。もっと髪の毛を伸ばしたりはしないのか?いや、短くても充分可愛いのだけど…」


遠慮がちに、銀ちゃんが不思議な事を聞いてきた。俺は首を傾げて自分の髪の毛を摘んで見せる。


「えっ?伸ばさないよ。だってそんなの、俺は似合わないじゃん。それに綺麗でもないし…。ところで銀ちゃんはさ、なんでこの家に来たの?買いたいって言ったのも、銀ちゃんだろ?」
「ああ、それは、凛もさっき言ってたけど、凛がこの家が好きだろうと思っていたからだ。俺と二人で暮らすのにちょうどいいと思ってな。おまえの大好きな祖母の思い出の家だから…」


銀ちゃんが、少し頬を赤らめて、俺に微笑みながら優しく語る…。ん?今なんて言った……?


「…うん、大好きなばあちゃんの家だから、俺が守りたかった…。それより、今二人で暮らすって言った?銀ちゃんは俺と暮らしたかったの?」
「当たり前だ。凛は俺の花嫁だろ?おまえが十六才になったら、俺と一緒になって、この家で暮らしていこう」


俺はぽかんと口を開けて、銀ちゃんを見る。今、すごく変な顔をしていると思う…。それに、なんかとんでもない事を言われた気がする…。


「えっ!?花嫁って、昔の約束の…?あれは子供同士の無邪気な約束だろ?もう一度会えるようにと…。違うの?だって俺は花嫁にはなれないよ…?」
「何を言ってる。冗談などではない。ちゃんと契約の印もあるだろう。そもそも、俺がこの家に来たのも、約束を果たす為だ。凛、おまえを俺の花嫁にする為にここへ来たんだ」


銀ちゃんの言葉に、俺は目を見開いて驚いた。


「ええっ!嘘だろ?だって、俺は男だよっ?天狗って、男同士でも結婚出来るのっ?」


俺の言葉に、今度は銀ちゃんが驚いて、持っていた湯呑みをがたんっ、と座卓の上に落とした。


「い、今なんて…?男っ?嫌、凛は女の子だろ?だって、あんなに可愛かったじゃないか。白い肌にくりくりの目に、ピンク色の頬にふわふわの肩まで伸びた髪の毛に……。髪の毛はあの頃より短くなったけど、他は今だって、変わらない」
「お、お、俺はずっと男だ!あ、あの時は、女の子が欲しかった母さんが、髪の毛を切らせてくれなかったんだ…。おかげで、小学校に入ってから、どれだけからかわれたか…っ。あれから俺は、男らしくあろうと決めたんだ!」


銀ちゃんは、座卓の上に置いた手を、関節が白くなるくらい強く握りしめ、肩をぷるぷると震わせて白くなった唇を開いた。


「そんな…、凛が男…?俺の可愛い凛が…。いや、なんとなく、さっきから違和感を感じてはいたが…。俺は…、俺は凛を花嫁にする為に、契約を交わしたんだ…。ずっと頑張ってきたんだ…」


ぶつぶつと呟く銀ちゃんの言葉に、まるで俺が悪いような居たたまれない気持ちになってくる。
俺が上目遣いで窺うように銀ちゃんを見てると、銀ちゃんが急に顔を上げて俺を見た。


「あの時、凛も花嫁になるって言っただろ。なんで男だと言わなかったんだ?」
「だ、だから、俺は銀ちゃんに、俺でもなれるのか確認したじゃんか…。銀ちゃんが俺のこと、女と思ってたなんて知らないし…。てか、ねえっ、俺が悪いの?お、俺はただ、銀ちゃんと会うのが嬉しくて、一緒に遊ぶのが楽しくて、は、離れるのが…寂しかっただけなのに…っ」


銀ちゃんに責められて、あの時の銀ちゃんを慕っていた気持ちを拒絶されたように感じて悲しくなり、不覚にも涙を零してしまった。


俺の涙を見て慌てた銀ちゃんが、俺の隣に来て背中をそっと撫でる。


「わ、悪かった…凛。ちょっと混乱して…。そんなつもりじゃなかったんだ。ま、まあそうだな…。勝手に思い込んでいた俺が悪かった。でもあの時は凛のこと、すごく大切な存在に思ってたから。だから契約もしたんだが…」


俺は袖で顔を拭くと、隣にいる銀ちゃんの腕を掴んだ。


「その契約だけど…。俺の身体に付いた印って消せないの?契約も、『はい、やめます』じゃ駄目なの?」


銀ちゃんは、腕を掴んでいた俺の手を外して、大きな手で包む。銀ちゃんの手は、昔と変わらず温かかった。


「契約は…解く事は出来ない…。印も消せない」
「で、でも結婚しなかったらいいだけの話だろ?印はしょうがない…。痣みたいなもんだし、うん」
「契約は強力な呪力だ。そんな簡単にはいかないよ…。契約を果たさないと、凛がまずいことになる…」


な、なんか話がとてつもなく、ややこしくなって来た。銀ちゃんがすごく申し訳無さそうに俺を見つめる。


「まずいことって…なに?」
「約束の十六才を過ぎたら、凛の身体が日に日に蝕まれていく…。そして一年ぐらいで死……」
「ええっ!?なんでそんな事になんのっ?い、嫌だっ。銀ちゃん何とかしてよ…っ。俺、そんなの嫌だっ。怖い…。契約って、そんな強いものなの?そんなのを、なんで俺と契約したのっ?」
「契約は絶対だ。俺は…凛が可愛くて仕方なかった。大好きだった。誰にも渡したくなかった。だから、契約という呪力で、凛を縛っておきたかった…。今、男と聞いて戸惑ってはいるが、凛を愛しく思う気持ちは、そんなすぐには消せない…」
「銀ちゃん……」


九年半振りに銀ちゃんに会えて、また昔のように楽しく過ごせると思っていたのに、とんでもない事実を突きつけられた。
俺はどうすればいいのかわからなくて、頭を抱えて唸るしかなかった。
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