炎の国の王の花

明樹

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炎の国の 4

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あの後、颯人が黙り込んでしまった俺をリビングに連れて行き、「一緒に住もう」と言ってくれたけど、俺は、「部屋を見つけたら出て行く」と答えた。
ただ、部屋を出るには仕事を探さなくちゃいけない。でも、まだ傷が痛くて、日常生活もすごくスローペースにしか動けない。
だから仕方なく颯人の言葉に甘えて、しばらくは住まわせてもらうことになった。


颯人は、結婚の為にこのマンションを買ったらしく、3LDKと一人で住むにはかなり広い。
一つは颯人の寝室、もう一つは物置部屋みたいになっていて、使われていないリビングの隣の和室を使わせてもらうことにした。


でも、すぐに後悔することになる。
だって、俺より早く起きる颯人が、毎朝俺を起こしに来るんだ。起こすだけならいいんだけど、しばらく添い寝をして、俺の顔を眺めているらしい。
この部屋を使わせてもらうことになった時に、はっきりと「俺は颯人とはやり直せない」と伝えた。
だから、俺に手を出したりはしてないと思うのだけど、毎朝目覚めると、颯人の顔がすぐ近くにある。そして、口にはしないものの、俺の額や頬に軽くキスをしてくる。
「やめろ…」と睨んでも、「挨拶だから」と笑って誤魔化すんだ。
その度に、早く体力を戻して、仕事を見つけて、この部屋を出ようと決心していた。


それと、もう一つ憂鬱なことがあった。
度々、警察に事情聴取に呼ばれること。
その時は、颯人が必ずついてきてくれる。
仕事を休んでまでついて来てくれるから、申し訳ないな、と思ってる。
警察にどんなにしつこく聞かれても、俺は何も覚えてないから答えられない。
そのことが、ひどくストレスでひどく疲れてしまい、帰るといつも寝込んでしまう。
だから、颯人が一緒に来てくれることは、とても心強かった。


まあ俺は、お腹を刺されてる訳だし、下手したら殺人未遂事件だし、警察も捜査が大変なんだろう。
俺だって、覚えていたり思い出したら協力したい。でも何にもわからないんだから、仕方がないじゃん。


俺のお腹の刺し傷は、内蔵も少し掠めていてかなりの傷だったけど、傷口を焼いて塞ぐような処置が施されていたらしい。
だから出血が少なく済んで助かったんだろう、って担当医が言っていた。
何も覚えてないから「へぇ…」って他人事のように聞いていたけど、その時のことを思い出せないかと目を閉じると、微かに誰かの低い声が、聞こえてくるような気がする。
もっと思い出したいのに、その微かな低い声を聞くと、胸が詰まって苦しくなる。愛しくて切なくて、大きな声で泣きたくなる。


きっとその声の主は、俺の愛した人。今でも愛してる人。
早く、早く思い出したい。早く会いたい。
きっと思い出すから、俺を待ってて……。
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