ご令嬢は一人だけ別ゲーだったようです

バイオベース

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「まったく、なんだってこんなめでたい時に……」

 ビョルンが乗った馬車が帰って行った後、そんな不満がヴァイス村のそこかしこで上がっていた。

 牛や鶏をはじめとする、念願の家畜。
 それがやっと購入の目途が付き、今日村の農家の元へと届けられた矢先だったのだ。

「おー、よしよしよし!」

 とある農家は今日の騒ぎの事など既に忘れ、牛の背中を撫でるのに夢中だ。
 辺境に追われたヴァイス村の開拓民たちにとって、この国の王子の事など牛の尻にも劣るのである。

「何にせよ思ったより大事にならずに済んで助かりました」

 エレノアはあっさりと平時の長閑さを取り戻した村の様子を見て安堵した。
 まさか王族相手に喧嘩を売るとは思えないが、何事にも万が一と言うものがある。
 武装してエレノアの元にはせ参じただけでも、普通は相当の勇気がいるものだ。

 その事を何気なく指摘し、ヨトゥンをはじめとした武装した村人達に礼を述べる。
 すると彼らは何でも無い事のように快闊な笑みを浮かべて言った。

「その気になれば騎士だろうが国だろうが相手にしてやりますとも!」

 実際、レベルだけ見れば正規兵を相手にしても良い勝負が出来てしまう。
 ヨトゥンの扱きに耐え、竜の素材で作った装備を身に纏うむくつけき高レベル農夫たち。
 それを光を失った瞳で眺め、エレノアは苦笑いを浮かべる。

(……ちょっとこの人たち好戦的過ぎないかしら? 今更ですけれど)

 高レベルなのはこの戦闘組だけでは無い。
 竜の素材を加工出来るレベルの生産職たちが居るのも大概だ。
 村人たちの平均レベルは、今や40を優に超えている。

 それを可能としたのはこの土地が手つかずの開拓地であるからだろう。
 山野には魔物が溢れ、『レベル上げ』をするのに困ることは無い。
 これがそこらの村や町なら、長年に渡る人の営みの中で殆どが狩りつくされているものだ。
 見方を変えれば魔物けいけんちとは限られた重要な資源なのである。

 それをヴァイス村の開拓民たちは短期間で狩りつくした。
 老若男女、戦闘職か生産職かも問わず、計画的に順番ローテーションを決めて。
 何の戦闘経験も持たないか弱い一般人たちが、積極的に魔物狩りに参加する姿はエレノアからすれば狂気の沙汰にしか見えなかった。

「皆さんがこんなに開拓に熱心だとは思いませんでした」
「当然のことですとも!」

 エレノアは気が付いていなかった。
 ただの村人が何故そんな事を可能としたのか、その根本的な理由を。

 平民が『レベル上げ』をしないのは何も魔物の総数に限りがあるから、というだけでは無い。
 過酷な日々の生活の中では、そんな事をしている余裕など無いからだ。

 農夫であれば朝早くから起きて遠くから重い水桶を運び、半日かけて畑に水を撒く。
 それを終えれば薪拾いに縄編みなど、喰うに必死な仕事が一日の中に詰まっているものだ。

 しかしヴァイス村では当初そのような苦労が一掃されていた。
 エレノアの育てた作物が大量に、無償で振舞われたからである。

 仕事に追われる事も無く、食の心配も無い。
 そのような状況は長期間の『レベル上げ』を可能としただけでは無く、村人たちの士気を大いに高めたのだった。
 そして薬の安定供給がそこに加わった時、それは最高潮に達した。

 いつ野垂れ死ぬかも分からぬ身の上からすれば、命の補償があるという事は大きい。
 しかもそれを与えた者は、自分たちがかつて土地の誇りとしていた血筋。
 ヴァイス村の人々は名誉と実利の両面から、エレノアに対して到底言葉では言い表せられないほどの恩義を感じていた。

 そんな苦境の中で醸成された狂信的な思いの丈を、エレノアはまだ気が付いていない。

「……しかし本当にあのまま帰して良かったんですかい?」

 修羅場慣れしているせいか、周囲と比べて幾らか冷静なヨトゥンは心配そうにそう聞いて来た。
 物騒な事を言っているようだが、相手は仮にも王族。
 不敬罪だのを持ち出されて強硬に出られれば、こちらの分が悪いのも確かな話だった。

「大丈夫ですわよ。どうせアチラも大事には出来ません」

 しかし大方の事情に想像がついているエレノアは、さも簡単そうにそう言ってのけた。
 あの聖女の気性では、貴族の間で上手くやっていけるわけも無い。
 そこにこちらの上向きの噂が流れ、火消しにやって来たであろう事は容易に知れた。

「もっとも今更側室というのは驚きましたが」

 王宮の作法は貴族からしても特別な振る舞いが多く、難解である。
 平民の出の聖女には荷が重いし、かと言ってエレノアの事があった後では他の貴族の子女も手を上げないだろう。
 此処でエレノアの名が再び上がるなど、相当切羽詰まっているに違いない。

「惜しいとは思わないんですかい?」
「まさか。沈む船に乗る気も、その義理もありませんわ」
「それで相手がまた癇癪を起こしたらどうなさるんです?」
「来るなら来なさい、と言って差し上げます」

 エレノアの啖呵を聞いたヨトゥンは上機嫌に口笛を鳴らした。

 しかし威勢の良い事を言ったものの、実際の所はただのはったりだ。
 エレノアは『ゲーム』の知識からじき魔神が復活し、王国に魔物が溢れる事を知っている。
 こんな辺境にかかずらう暇など無いのだ。

 これはそうした理由から口を突いて出た調子の良い啖呵に過ぎなかった。

「おお、お嬢様……ッ!」

 しかしそれを聞く村人たちは事情が違った。
 彼らは魔神復活の事など知らない。
 ただ誇り高い『我らがお嬢様』が、敵を恐れず勇敢な姿を見せているようにしか見えなかった。

「その時は必ずや私が一番槍を上げて見せますッ!」

 いつもの村娘が居の一番にそう宣言すると、他の村人たちもそれに続く。
 まるでこれが平民だとは思えないほどの勢いである。

「ええ、うん……無理しないでね? 貴女クラスは『服飾師テイラー』だったでしょ?」
「レベルを上げて物理で殴ればイケますッ!」
「そうね」

 周りの熱狂的な高ぶりを前に、エレノアはそんな気の無い返事をするのが精いっぱいだった。



 家も畑も十分に出来上がり、ヴァイス村は頑丈な柵に囲まれている。
 その上補強は常に続けられており、そう遠く無いうちに『村』では無く『砦』と呼ばれる日も来ることだろう。

 それでもエレノアはまだ村の防備に満足していなかった。

 魔神の復活は近い。
 『ゲーム』の知識が確かであるならば、ひと月もしない内に魔神が人類に対して宣戦布告をする。
 そうなれば野にある魔物の質も数も、一気に引き上げられるのだ。

 村人の交戦意欲が想定より高いのは嬉しい誤算だったが、『最悪』から自力で身を守るにはまだ心もとない。

「……確か最悪な所でドラゴン種がフィールドエンカウントしたはず」

 『ゲーム』の知識を思い起こしてみれば、何とも絶望的な状況が頭に浮かぶ。
 終盤のインフレした主人公たちのレベルに『ゲーム』として辻褄を合わせただけかもしれないが、さりとて油断をして良いわけも無い。
 常に最悪の状況を念頭に置きながら、エレノアは村の防備目標を想定していた。

 そんな事だからヨトゥンが竜を狩ったと聞いても、エレノアだけはさして驚いていなかった。

「やっぱりレベルだけじゃ無理があるわね。鍛冶屋も呼び寄せられないかしら」

 そうして一人思案しながら更なる村の戦力拡大を計画していると、背後からコトリと音がした。
 エレノアはただ反射的にその方向へと首を向ける。

 果たして目に入って来たのは、野ウサギほどの異形の姿。
 大きなコウモリに人の頭蓋を乗せたような悪魔がそこにいた。

「キキッ! 公爵家の令嬢エレノアだな?」

 悪魔は楽し気な声を漏らしながら、窓辺でコチラを見つめている。

「お前の望みを叶える良い話を持ってきたぞ……」

 厄介ごとの匂いしかしない。
 エレノアは警戒しながら睨み付けるが、悪魔は粘着質な笑みで目を細めるだけだった。
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