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3.哀れなような、同時にひどく近しい存在
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「あ、え、俺?」
「そう。電車、乗る?」
「乗るけど・・・」
その早口な幼な声に急き立てられるように、気づけば答えていた。見下ろした先で、焦りに揺れる瞳が縋るようにこちらを見つめている。
「私、巫部 紗季。あの、一緒に電車に乗せてもらえない?ね、ね、お願い」
ひび割れた壁と線路の照り返しで揺らぐ景色を背にして、少女ーー巫部は額に汗ひとつかくことなく立っている。まるで、夏がその純粋無垢さに恐れをなして彼女への干渉だけを絶ってしまっているように。
「えーっと・・・」
夏木は困惑した。こんな少女に見覚えはない。誰かと勘違いしているのではないだろうか。そう問うたが、少女は黙って首を横に振るだけだった。そうしてまた、ちらりと後ろを振り返る。
「一緒にって、同じ車両に乗るってこと?それは別にいいけど・・・。てか、俺が許可するようなことでもないし・・・」
「あ、ううん、そうじゃないの。その、えっと、お使いで。蛇塚神社に行きたくて。でも行き方がわからなくて。途中まででもいいの、連れて行って」
「蛇塚神社!?」
思わず大きな声がでた。本気でそこに行く気?という問いを慌てて嚥下したのは、巫部が肩をびくりと揺らしたからだ。
「あっ、ごめん。えーっと・・・」
夏木は直感的にーーだとすればそれはとても奇妙な話だがーー彼女が何もわかっていないのだと気づいた。行き方も目的地のことも何も教えられないまま送り出されたに違いない。もしくは、とうに知っているものだと思われたのかもしれない。
巫部は所在なさげに立ちすくんでいる。夏木は彼女が哀れなような、同時にひどく近しい存在に感じて、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「乗車券の買い方、わかる?これ使うんだけど」
「・・・電車、乗ったことない」
「あー、そっか。お金は?」
どの質問にも、巫部は小さく首を横に振るだけだった。夏木は呆然としながら、晒された美しいつむじを見つめた。
まさか電車でヒッチハイクまがいのことをする人がいるとは。所持金がないということは、暗に夏木に自分の分の乗車券を買えと要求しているわけだ。いや、そもそも電車の乗り方もわからないとすればそんな自覚すらないのかもしれない。来年には成人年齢を迎える男が、初対面の少女を連れて電車に乗るーーそれが誘拐と勘違いされても仕方がない行為であるということも。
誰か他の人に頼んでと突き放すには今日は暑すぎるし、次の電車までの間隔も広すぎる。もしかしたら、今日この駅から電車に乗るのは夏木だけかもしれない。何より巫部の様子はあまりに真剣で、固く握りしめた拳には取り返しのつかないような切迫感すら漂わせていた。
態度を決めあぐねる夏木を急かすように、ホームに電車が滑り込んできた。耳をつんざく金属音に巫部がはっと顔をあげ、いっそ思い詰めた表情でその困り顔に視線を注ぐ。時間がない。このままでは自分も乗り遅れてしまう。この迷い子を連れて行ってあげるべきか、否か。夏木は車掌とまばらな先客たちが、一斉に自分たちの様子を伺っているように感じた。
縋るような視線を無表情に見返して、どうしたものかと自分に問うた。どうやら彼女は相当慌てているらしい。ホームに上ってきたときから、彼女は時折背後を確認するような仕草をしている。まるで誰かに追われているように。ただのお使いではあるまい。そもそも、彼女はお使いと言ったが、こんな小さい子を一人で蛇塚神社へ行かせる親などいないだろう。何か届け物をしたいらしいが、あそこに人がいるかどうかも怪しい。
つまり、彼女だけでなく彼女の親も「蛇塚」の名を知らないとしか思えない。この辺の家の子ではないのかもしれないとも思ったが、だとすると電車の乗り方も知らない彼女がどうやってここまで来たのかという疑問が新たに生まれる。
どう想像を張り巡らせても矛盾にぶち当たるのならば、詰まるところ、彼女がどこか一点、もしくは全てにおいて、夏木に対して嘘をついているのだ。
何かしらの事情で嘘をつく、俗世離れした美少女。しかも行き先はあの蛇塚神社。人生最後の日どころか、生きているうちに関わるべき相手でないことは明らかだった。
でも。
彼女は迷っているのだ。
どこへ行けばいいのか。どこへ行くべきなのか。
まるで。
俺と一緒ではないかーー
夏木は黙って立ち上がり、券売機に向き直った。五百円玉を入れ、いくつかのボタンを操作する。間中、彼の痩せた頰に幼い視線が突き刺さった。
券売口から吐き出された乗車券がII枚あることを認めるや否や、巫部のスモーキークウォーツが見開かれた。
「ん。ほら、乗り遅れたら次はいつ来るかわからないから。急ぐぞ」
「え、あ、ありがとう・・・」
差し出されたチケットと自分を、頬を火照らせながら交互に見つめる姿に照れ臭くなった夏木は、極めて無愛想に彼女を急かし、ニヤニヤと二人を見守る薄汚れた電車に乗り込んだ。
「そう。電車、乗る?」
「乗るけど・・・」
その早口な幼な声に急き立てられるように、気づけば答えていた。見下ろした先で、焦りに揺れる瞳が縋るようにこちらを見つめている。
「私、巫部 紗季。あの、一緒に電車に乗せてもらえない?ね、ね、お願い」
ひび割れた壁と線路の照り返しで揺らぐ景色を背にして、少女ーー巫部は額に汗ひとつかくことなく立っている。まるで、夏がその純粋無垢さに恐れをなして彼女への干渉だけを絶ってしまっているように。
「えーっと・・・」
夏木は困惑した。こんな少女に見覚えはない。誰かと勘違いしているのではないだろうか。そう問うたが、少女は黙って首を横に振るだけだった。そうしてまた、ちらりと後ろを振り返る。
「一緒にって、同じ車両に乗るってこと?それは別にいいけど・・・。てか、俺が許可するようなことでもないし・・・」
「あ、ううん、そうじゃないの。その、えっと、お使いで。蛇塚神社に行きたくて。でも行き方がわからなくて。途中まででもいいの、連れて行って」
「蛇塚神社!?」
思わず大きな声がでた。本気でそこに行く気?という問いを慌てて嚥下したのは、巫部が肩をびくりと揺らしたからだ。
「あっ、ごめん。えーっと・・・」
夏木は直感的にーーだとすればそれはとても奇妙な話だがーー彼女が何もわかっていないのだと気づいた。行き方も目的地のことも何も教えられないまま送り出されたに違いない。もしくは、とうに知っているものだと思われたのかもしれない。
巫部は所在なさげに立ちすくんでいる。夏木は彼女が哀れなような、同時にひどく近しい存在に感じて、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「乗車券の買い方、わかる?これ使うんだけど」
「・・・電車、乗ったことない」
「あー、そっか。お金は?」
どの質問にも、巫部は小さく首を横に振るだけだった。夏木は呆然としながら、晒された美しいつむじを見つめた。
まさか電車でヒッチハイクまがいのことをする人がいるとは。所持金がないということは、暗に夏木に自分の分の乗車券を買えと要求しているわけだ。いや、そもそも電車の乗り方もわからないとすればそんな自覚すらないのかもしれない。来年には成人年齢を迎える男が、初対面の少女を連れて電車に乗るーーそれが誘拐と勘違いされても仕方がない行為であるということも。
誰か他の人に頼んでと突き放すには今日は暑すぎるし、次の電車までの間隔も広すぎる。もしかしたら、今日この駅から電車に乗るのは夏木だけかもしれない。何より巫部の様子はあまりに真剣で、固く握りしめた拳には取り返しのつかないような切迫感すら漂わせていた。
態度を決めあぐねる夏木を急かすように、ホームに電車が滑り込んできた。耳をつんざく金属音に巫部がはっと顔をあげ、いっそ思い詰めた表情でその困り顔に視線を注ぐ。時間がない。このままでは自分も乗り遅れてしまう。この迷い子を連れて行ってあげるべきか、否か。夏木は車掌とまばらな先客たちが、一斉に自分たちの様子を伺っているように感じた。
縋るような視線を無表情に見返して、どうしたものかと自分に問うた。どうやら彼女は相当慌てているらしい。ホームに上ってきたときから、彼女は時折背後を確認するような仕草をしている。まるで誰かに追われているように。ただのお使いではあるまい。そもそも、彼女はお使いと言ったが、こんな小さい子を一人で蛇塚神社へ行かせる親などいないだろう。何か届け物をしたいらしいが、あそこに人がいるかどうかも怪しい。
つまり、彼女だけでなく彼女の親も「蛇塚」の名を知らないとしか思えない。この辺の家の子ではないのかもしれないとも思ったが、だとすると電車の乗り方も知らない彼女がどうやってここまで来たのかという疑問が新たに生まれる。
どう想像を張り巡らせても矛盾にぶち当たるのならば、詰まるところ、彼女がどこか一点、もしくは全てにおいて、夏木に対して嘘をついているのだ。
何かしらの事情で嘘をつく、俗世離れした美少女。しかも行き先はあの蛇塚神社。人生最後の日どころか、生きているうちに関わるべき相手でないことは明らかだった。
でも。
彼女は迷っているのだ。
どこへ行けばいいのか。どこへ行くべきなのか。
まるで。
俺と一緒ではないかーー
夏木は黙って立ち上がり、券売機に向き直った。五百円玉を入れ、いくつかのボタンを操作する。間中、彼の痩せた頰に幼い視線が突き刺さった。
券売口から吐き出された乗車券がII枚あることを認めるや否や、巫部のスモーキークウォーツが見開かれた。
「ん。ほら、乗り遅れたら次はいつ来るかわからないから。急ぐぞ」
「え、あ、ありがとう・・・」
差し出されたチケットと自分を、頬を火照らせながら交互に見つめる姿に照れ臭くなった夏木は、極めて無愛想に彼女を急かし、ニヤニヤと二人を見守る薄汚れた電車に乗り込んだ。
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