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森の邂逅

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「うぅ・・・」
 
暗い森の中で目覚める男がいた。

男は周囲を見渡す。月明かりと光る植物のおかげで周囲は確認できるが、辺りには木しか見えない。

 「夜の森で迷子か……とんだおもてなしだな」

男は空を見上げた。誰かに何かを言いそうな顔をしている。

「……」

見上げると美しい星空が見える

「キレイだな。」 

今度は視線を地面へ向けた。光る植物が幻想的である

「これはこれで悪くはないか。」

男はその場を動くべきか、動かざるべきか、考えていた。

少なくともこの場の安全は確保されている。あてもなく歩き回れば体力を消耗するだけかもしれない。朝を待つべきか。判断を謝ればすべてが終わってしまうかも知れない。慎重に行こう。

そう考えると、男はまず座り、落ち着いて周囲の様子を伺ってみることにした。

そうして数分経ったときだろうか、どこからともなく声が聞こえてきた。

 「・・・ダ、・・・ダ。」

どうやら"タイミングよく"アテが出来たようだ。男は立ち上がり、音の方向へ歩き出した。

 「・・・こだ、どこ・・・。」

近づくにつれて、より声が鮮明に聞こえるようになる。

「どこだ、どこだ。いばしょはどこだ。」

男は自分に理解できる言語であることに驚いた。これが自分がここにいる理由の1つだろうと推測した。
声の主は誰かを探している。おそらく自分を探しているのではないか、そう思い始めていた。

更に近づくと、明かりが見えはじめる。
 
「どこだ、どこだ、いばしょはどこだ。かわりはどこだ。ひとりはどこだ。」 

わらべうただろうか。気持ち悪い。

「からだはどこだ。いのちはどこだ。したいはどこだ。」

悪趣味な奴だ。

「しぬのはだれだ。」

男は近づくのをやめて立ち止まった。待て・・・何かがおかしい。さきほどから鳥肌がとまらない。嫌な汗をかく。本能が近づくなと言っているように思える。

男は木に体を隠しつつ徐々に距離をつめることにした。

しばらくして視認できる距離まで近づいたとき、そこには人の形をした光る透明なゼリーが歌っていた。それが男の率直な感想であった。

見ると、ゼリー人間の向かいには熊のような生物が唸り声をあげている。熊は3mを越す巨体に見えた。ゼリー人間の2倍近くある。

男はこれら未知の物達から離れた方が賢明だろうとは思っていたが、好奇心が湧いてきていた。
次に何が起こるのだろうと。

突如熊がグアッと声をあげ、そのままゼリー人間に走り出した。

熊はそのまま突進して体当たりするつもりのようだ。

あたればゼリー人間ははじけ飛びそうだ。

そう思っていると、ゼリー人間はにゅるりと形を変えてクマを躱す。さきほどまで人の形であったそれは今や柱のような形になっていた。

熊の体はそのまま数m先まで走り去ると、突如倒れこんだ。

見ると熊の頭がさらにその先へと転がっている。なにかで頭部を切断されたらしい。

だがあまりにも早すぎる動作だったのか男にはいつ切ったのかが分からなかった。

とりあえず、ここから今すぐ立ち去らなければ次は自分があの熊のようになる。男はそう確信し、その場を離れた。

まだかろうじてゼリー人間の光が見える距離まで離れたとき、今度は別の方向から話し声が聞こえてきた。

聞けば、男二人の激しい言い争いである。

手に持つランプの照らされる顔、口論をしているのは緑髪の男性と、赤髪の青年。

「そこを通してください!」といってその場を通り過ぎようとする赤髪の青年と「残念だが死体を見られたからには帰すわけにはいかない。」と制止する緑髪の男性が見える。青年は18-20歳、男性は30歳近くに見えた。

そして二人から少しだけ離れた場所に、倒れている女性の姿が見える。

「アフビィカさん、あなたの罪はしかるべき場所で償わせます。しかし、今はあなたの相手をしている余裕はありません。どいてください。」

「お前、俺のことを知っているのか。そうか、お前、例の鍛冶屋の息子か。たしか・・・ジュゼといったか。お互い顔見知りとなれば、尚更帰すわけにはいかないな。」

緑髪の男アフビィカは女性の死体まで近づくと、突き刺さっているナイフを引き抜くとそのまま右手に構えた。

それを見た青年も短刀を抜く。

しばらく沈黙した後、アフビィカの周囲に風が舞い、目にもとまらぬ速さで青年に向かって飛んでいく。

キィィンと金属同士のぶつかり合う音が周囲に響く。

青年はアフビィカの突きをかろうじて受け止めていた。だが、反撃に出ようとしたときには既にアフビィカは距離を取っている。

「かろうじて受け止めたようだが、いつまで続くかな。」

再びアフビィカの周りに風が舞い、同じ攻撃が繰り出される。ジュゼは攻撃を受け止めるが反撃は出来ない。

これは勝負があったな。ジュゼと呼ばれる青年が殺されるのは時間の問題か。
陰から眺めていた男は冷静に分析していた。

男には青年を救う気持ちはなかった。当事者同士のことに首を突っ込むつもりはない。勝手に殺しあって、勝手に死んでくれ。それが男の率直な意見であった。

そもそも自分が間に入っても何もできない。青年も自分も殺されるだけだ。それならばわざわざ出て行って殺される必要も無い。

やはり、今のうちにこの場を離れた方が良さそうだ。

男はそう考え、二人に感づかれないようにその場を離れ始めた。

「徐々に痛めつけてやる。絶望の中で死ぬがいい。だが・・・そうだな。お前がこの先で何を探しているのかを教えれば、ひと思いに楽にしてやる。どうだ。」

「誰があなたみたいな人に・・・。」

「金でも隠しているなら、俺が代わりにもらってやる。あの世に金は持っていけないからな。」

「ふざけるな!」

ジュゼは大きな声で叫んだ。

「あの光は、あなたのような卑劣な人間を救う光じゃない。父さんの名誉を晴らすための光だ!」

その場を離れようとしていた男の動きが止まった。

今、ジュゼと呼ばれた青年は光について言及した。おそらくあの光のことだろう。そして、その光を探している。

あの光を見て何らかのメッセージを感じたとするならば、ひょっとすれば彼が探している人物かもしれない。もしそうなら彼が殺されてしまうのはまずい。

だが、自分にはどうすることもできない。青年を助けるために出ていっても、殺される時間を引き延ばすだけで、何も変わらないだろう。

青年は強気だが、アフビィカと呼ばれる男との間には、大きな実力差がある。あの男が本気になれば今すぐにでも青年は死ぬだろう。やはり何もできることがない。

男は悩んだ末、結局、その場を後にした。

しばらくアフビィカの攻撃を受け続けてきたジュゼだが、既にその顔には疲労が見えていた。浅い切り傷ではあるが腕から血を流している。徐々に攻撃が受けきれなくなってきている証拠だった。

「ふふ、よくここまで耐え切ったな、運が良い。いや・・・」

アフビィカは右手のナイフをちらりと目にする。

「刀を真に愛する者は、刀からも愛されるという迷信があるが・・・この手の違和感、まるでナイフが切ることを拒否しているかのようだ。お前、ひょっとしたら刀に愛される才能があるのかもな。だが、それも終わりだ。」

アフビィカの周りに更に強い風が舞い始める。

「そろそろ本格的に痛めつけていこうか。どの部位からがいい。足か、腕か、それとも腹をざっくりと引き裂いてほしいか。」

興奮するアフビィカを対照的に、ジュゼは冷静であった。その目は何かを狙っている。

「腹にしよう。二人で一緒に腸が飛び出るさまを眺めるとしよう。絶景だろう。」

アフビィカの周囲に強風が舞うと、今までよりも早くジュゼに距離をつめようとしていた。

だがジュゼも密かに魔法を練っていた。

ーーー爆発、それが火を得意とするジュゼの狙いだった。

アフビィカが距離をつめた直後、ジュゼの足元が勢いよく爆発した。アフビィカが巻き起こした風が爆発によって乱れ、アフビィカ自身の軌道も予期せぬ方向へと動く。

「くらえっ!」

姿勢を崩し、ジュゼの横を通り過ぎるアフビィカの太ももに向けて、ジュゼは短刀を突き出した。
突き刺す場所は左足の太ももである。これで動きを止めることができるはずだった。

だが、恐るべきはアフビィカである。
体を即座にくねらせて空中で姿勢をかえると、そのままジュゼの腕を掴んで押し倒した。

「ぐっ!」

ドンッと地面にたたきつけられたジュゼは、即座にアフビィカにマウントポジションを取られていた。
体の自由はない。

「いやぁ、いい攻撃だった。だが所詮は素人。残念。敬意を表して苦しまずに殺してやろう」

押さえつけられ死を待つジュゼ。その目には涙がたまっていた。

「今ここで死ねば、父さんの濡れ衣は一生晴らされない。いやだ、こんなところで死にたくない・・・。こんなところで・・・チクショウ」

「じゃあな。」

ナイフを振り上げるアフビィカ、目を瞑るジュゼ。だが、そのナイフがジュゼに突き刺さることはなかった。

「じゃあななななな。」

突如背後から聞こえてきた声にアフビィカは危険を感じ、ジュゼから離れると、即座に横に跳躍した。
横に転がりながら向きを変えたアフビィカの眼の前には、光るゼリー人間が立っていた。

「なんだこいつは・・・」

「ここだ。ここだ。いばしょはここだ。」 

「お前は何者だ!」

「ひとりはどこだ。いのちはどこだ。」

突如アフビィカの目前まで、ゼリー人間は距離を詰めた。

「チィッ!」 

アフビィカはナイフを突き出し、ゼリー人間の胸元をめがけたが、ナイフは空を切った。ゼリー人間の上半身が機敏にうねっている。人間では出来ない動きだ。

アフビィカは一度後ろに跳び、距離を取った。

「なんだこいつは。」

「なんだこいつわ。わわわわわ。」

 ゼリー人間はアフビィカの真似をしていた。見ると、ゼリー人間の右手が固くなりナイフらしきものに変化した。
 
「不愉快だ!」 

アフビィカはそう叫ぶと、これまでとは段違いの速さで、ゼリー人間へと襲い掛かった。これが彼の本気の早さであった。

ジュゼの希望を打ち砕き、その絶望の顔を悪趣味にも覗くために"合わせていた"早さではない。
遊びもなく躊躇もなく殺すためだけの速度である。

だが、それらを全て体をグニャリとうねらせてかわすゼリー人間。

その姿をあっけにとられて見ていたジュゼの肩を後ろから叩くものがいた。

「今のうちだ。逃げるぞ。」

男はそういうと、ジュゼの腕をひっぱり、走り出した。

「待て!」

その姿にアフビィカは気付いたが、目の前のゼリー人間で動けない。

「まままま、まてまてまててててて。」

ゼリー人間はナイフの攻撃をいなしながら、アフビィカの真似をする。
ジュゼ達の姿が見えなくなった途端、ゼリー人間がヒヒヒと笑いだした。

「シタイをミツケタ。」

ゼリー人間には顔はなかったが、微妙な凹凸が目や鼻を形成し笑っているように見えた。

「お、お前はまさか…!!」

アフビィカは目の前でようやく自分が何を相手にしているのかを理解したが、気付くにはあまりにも遅すぎた。
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