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第14話 おばあちゃんになってもジップのスネにかじりつくんだからーーー!

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「ふえぇ~~~? せかいがまわるぅ~~~?」

「お、おいレニ? 大丈夫か?」

「らいりょーぶ、らいりょーぶれす~~~?」

 飲み慣れていない酒をレニはやたらとあおるから、ジップオレは心配していたのだが……案の定、パーティも後半戦にさしかかるとレニは目を回し、壁際に並べられた椅子に座って、座っているにもかかわらず上体をフラフラさせていた。

 そんなレニを見て、レベッカは苦笑している。

「初めてのお酒でしょう? ペースが分からなかったのかもね」

「まぁなぁ。でもけっこう呑んでいた割には、よくパーティ後半まで持ち堪えたもんだ。コイツ、意外と酒が強いのかもな」

「そういうジップもへっちゃらじゃない。ちなみにわたしは、最初の一杯しか呑んでないわよ?」

「オレの場合は呑み慣れてるからな」

「やっぱり。まだ学生のうちから呑んでたんでしょう?」

「あ、いや……そういうわけじゃないんだが……でもまぁそんなもんか」

 説明がしづらくなって、オレは適当に言葉を濁す。

 この異世界では、高等部卒業と同時に飲酒が解禁される。しかし高等部生になると、大人に憧れてちらほらと飲酒する学生もいるのだ。

 もっともオレは前世に酒を呑んでいたわけで、だからペースや分量が分かっているということなのだが。

 前世の大学で、散々みっともないことをやってきたからなぁ。享年33+現在18歳イコール51年も人間やっているというのに、酔い潰れたらなお恥ずかしい。しかも今は若返っているから内臓もよく働くわけだし。

 しかしそんなことをレベッカに説明するわけにもいかない。魔法だのダンジョンだのがある異世界でも、前世とか死後の世界とかは未知なのだ。

 だからオレは話を逸らすためにも言った。

「レニに回復魔法を掛けてやるか……いや、解毒魔法のほうがいいのか?」

 アルコールを消す魔法なんて存在していないので、オレは首を傾げる。レベッカも小首を傾げながら言ってきた。

「解毒のほうがいいんじゃないかしら……アルコールが毒に該当するのかは微妙なところだけど」

「じゃ、とりあえず解毒してみるわ」

 そしてオレは無詠唱で解毒魔法をレニに掛ける。すると、意識をもうろうとさせていたレニは、まるで温泉にでも入ったかのように幸せそうな顔つきになった。

「ああ……きもちいい……」

 ふむ……泥酔状態で解毒すると気持ちいいのか。覚えておこう。

 オレが妙な気づきを得ていると、酒場の前面にちょっとした台座があって、そこに、拡声器を持ったケーニィが上がっていた。

「レディース・エーンド・ジェントルメーーーン! さぁいよいよやって参りました! 卒業パーティのメインイベント! 告白大会を開催したいと思います!!」

 告白大会って、メインイベントだったのか? 酔っ払った勢いで壇上に上がり、大騒ぎを始めたケーニィほか数名の司会者たちに、オレは半ば呆れた視線を向ける。

 しかしもちろん、オレの視線なんかでお調子者のケーニィは止まらない。

「さぁ! 我こそはと思う野郎ども! あるいはお嬢さん方! 明日をも知れぬ我々には、これが最後のチャンスかもしれないぞ! いざ尋常にぶちまけろ!!」

 明日をも知れぬ我々……か。ケーニィのその台詞に、オレはどうしても寂しさを感じずにはいられない。日本の卒業パーティでは、絶対に聞かれないであろう台詞だ。もちろんケーニィは冗談で言っているし、周囲もそうと受け取ってはいるのだろうけれども。この異世界では自虐ネタなのだ。

 オレがいたクラスでも、半数以上の人間が来月から冒険者となってダンジョンに繰り出す。最初は先輩冒険者が同行するし、都市周辺の魔獣は狩り尽くされた感があるから、危険な目に遭うことは早々ないと思うが……

 それでも、一年、二年……と冒険者をやっていくうちに、このクラスからだって犠牲者は出るだろう。

 そんなことに思いを馳せると、オレはどうしても居たたまれなくなる。

「ジップは、口は悪いけど優しいわよね」

 いつの間にか、レニを膝枕してオレの横に座っていたレベッカが、そんなことを言ってきた。まるで今の思考を読まれたかのようだった。

「別に優しさとかじゃない。オレは……自分が辛い思いをしたくないだけの、臆病者だよ」

 見知った顔と、もう二度と会えなくなると思うと辛いし、寂しい。日本ではそんなこと考えもしなかったけれど、異世界には死がすぐそこに、ダンジョンへの門を隔ててすぐ隣にある。

 オレにとっては、そんな状況は違和感でしかないが、レベッカたちにとっては日常なのだ。だからレベッカにはオレが優しく見えるのだろう。

 そんなレベッカは、レニの頭を撫でながら言ってくる。

「だとしても、よ。いい意味でも悪い意味でも、わたしたちは死を受け入れているけれど、ジップはそうじゃない。常に生きようとしている」

「なぜか、オレの中ではそれが当たり前だったからな」

「そういう当たり前が、これからすごく大切になると思うわ」

「窮地に陥ったとき、それでも諦めないように、か?」

「そうね。最後の最後まで、足掻くためにも……」

 だが……その前提自体が死を受け入れている。日本で暮らしていれば、最後の最後なんて病気くらいしかないのだから。

 しかしオレは、前提が間違っているだなんて伝えたりしない。伝えたところで意味のないことなのだから。

 それにオレには裏ワザがある。だからなおさら、死を意識しなくてもいいいわけで。裏ワザだけで言えば、オレ一人でも魔獣から都市を守れるから、だからなおさら歯がゆいんだ。

 しかし派手に裏ワザを使えば、今度は魔人に目を付けられて都市ごと滅ぼされかねない。

 魔人の戦闘力は圧倒的だという。都市内の文献を読み漁って得た情報だけでも、今のオレですら太刀打ち出来ないほどに。

 魔獣退治にチマチマと裏ワザを使っているくらいなら大丈夫だったが、それ以上目立つことをすればヤバイかもしれない。

 いったいその線引きをどこですればいいのか……六年間、残機でダンジョンに潜り続けているオレでも分からずにいた。

「おおっとーーー! 来ました来ました! トップバッターはグスタフ君だぁーーー!」

 オレの陰鬱な気分を晴らしてくれるかのように、ケーニィが声を上げる。

「グスタフ! 壇上中央へ! 告りたい相手は誰ですか!?」

「レベッカさんです!!」

 会場内がどっとどよめく。急に名指しをされて、レベッカは「えっ? わたし……!?」と目を丸くしていた。

「さぁレベッカさん、お立ちください!」

 ケーニィにそう言われて、レベッカはレニをオレに預けると立ち上がる。せっかく寝付いていたレニだったが「むにゃむにゃ……うるさいですね……なんですか……」と起きてしまったようだ。

 レベッカのほうは、頬を赤らめてうつむいている。

「さぁグスタフ! 思いの丈を述べたまえ!」

 ケーニィはグスタフを促して──

「ごめんなさい!!」

 ──グスタフが何かを言う前に、レベッカが深々と頭を下げてお断りした。

 会場内が、狂乱かと思うほどに湧き上がる。

「おおっとーーー! 告白の前からフラれてしまった! これは酷い!!」

 いや……酷いのはケーニィの方ではなかろうか?

 グスタフとレベッカなんて、クラス内でも挨拶程度しかしない仲だったのに急に告白してもなぁ……元32歳のおっさんからすると青すぎて痛々しい。

「グスタフ! 今の心境は!?」

「後悔はありません! レベッカさん、ありがとうございました!!」

 そして壇上では、二人で男泣きしている。まぁ……グスタフも振られることは分かっていたのだろうから記念告白といったところか。

 むしろ困っているのはレベッカのようで、頬を赤らめ複雑な顔つきをしながら腰を下ろしていた。

 そんな感じで告白大会が進む。壇上に上がるのは男子のみで、女性は告白待ちと言ったところなのだろう。中には成功する男子もいて、なぜか男からブーイングが飛んでいた。

 そんな感じで宴もたけなわになったころ──

 ──レニがむっつりと立ち上がる。

「レニ? どうした?」

「うるさい……」

「は?」

「うるさくて眠れないの!」

 そう言うと、クラスメイトを掻き分けて壇上へとズンズン進む。

 アイツ、もしかして寝ぼけているのか? いや、酔っ払ってるのかその両方か……

 そして壇上近くでレニは拳を上げた。

「こらーーー! ケーニィ! うるさくて眠れな──」

「おおっとーーー! 今度は女子が初挑戦だ!!」

 告白大会の参加者と間違われたレニは、おぼつかない足取りで壇上にあげられた。

「レニ! キミの事だから相手はヤツだろう!?」

「なんのこと……?」

「告白だよ告白!」

「こくはく~?」

「さぁレニ! ジップに思いの丈をぶつけるんだ!!」

「うぃ~……ひっく?」

 うむ……これは大変にまずい。

 オレは慌てて腰を上げるが……しかし両肩を男友達にがっつりホールドされてしまった!

「お、お前ら!?」

「イイトコなんだから、座っとけって!」

「そうそう! いい加減、白黒はっきりさせろって!!」

 身動きが取れずにいると、拡声器を向けられたレニがオレを見てきた。

「わ、わたしは……」

 普段なら、こんな人前でしゃべるなんて絶対に出来ないレニだというのに、酔っ払っているせいか臆せず言葉を紡ぎ出す。

「わたしは……ジップが好き……」

 小さなその一言に、会場内ははち切れんばかりに湧き上がる。オレは、回りから囃し立てられ小突かれて、揉みくちゃにされてしまう。

「でも!」

 しかし唐突に叫んだレニの一言で、拡声器がキーン……とハウリングして、会場内は一気に静まった。

「わたしじゃあ……レベッカには敵わない!」

 いきなり名前を出されてしまい、衆目が一気にレベッカへと集中する。思わずオレも振り返り、壁際に座る彼女を見ると──レベッカは、目を見開いて頬を真っ赤にしていた。

 壇上では、興奮しきったケーニィが声を張り上げる。

「ま、まさか! まさかの三角関係なのか!?」

「違う!」

 ケーニィの憶測をレニは即座に否定する。

「違うの……わたしは……」

 レニの次の言葉を、オレとレベッカは元より、クラスメイト全員が固唾を飲んで見守っていた。

「だから……わたしは………………わたしを……」

 そしてレニは、意を決して宣言する。

「わたしを、養女にしてください!!」

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

「はいぃ?」

 オレの間抜けた声が、妙に響いた。

「わたしを、ジップとレベッカの養女にしてください! そうすれば、すべてがまるっと解決する! わたしはおうちでジップお父さんレベッカお母さんを待っているだけで幸せ、レベッカはジップと結ばれて幸せ、これで八方丸く収まるのデス!」

「オレの幸せが入っていないが!?」

 オレの抗議に、レニはポカンとして首を傾げる。

「え? 両手に花なのに?」

 すると周囲の男子から、怒号のような抗議が殺到する!

「そうだぞキサマ!」

「学校で一、二を争ってきた美少女の両方を独占するなんて!?」

「他に何が望みなんだお前は!?」

「変わって欲しいくらいだ!!」

「レニちゃん、今からでも遅くはない! オレの養女になって──」

 そうして会場内は騒然となる。

 オレは、妬み嫉みの罵倒をなんとか振り切って壇上へとあがる。すると悪ノリしたままのケーニィが拡声器を向けてきた。

「さぁ世紀の大一番! 養女でいいというレニの申し出に、ジップはなんと答えるのでしょうか!?」

 オレは拡声器をふんだくると、騒然としている会場内に負けないくらいの声で言い切った。

「お断りだ!」

 本日最大のブーイングになるが、オレは構わず拡声器をレニに向ける。

「いい加減、自立しやがれ!!」

「イヤだーーー! わたしはずっと、おばあちゃんになってもジップのスネにかじりつくんだからーーー!」

「怖い事いうな!?」

 そんなわけで……

 結局、レニの養女宣言はうやむやになるのだが……

 なんだか二人の遠い遠い将来を垣間見た気がして、オレはゾッとするのだった……
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