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第27話 あなたは急いで、今よりもっと成長しなくちゃダメ

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「………………は?」

 ジップオレは、ユーティに何を言われているのか分からず眉をひそめる。

 するとユーティが話を続けた。

「ゲオルクが言っていたでしょう? わたしたちは三人の小規模パーティを組んでいたんだけど、その一人が欠員になってしまったって」

「ああ……そういえばそうだったな」

 パーティメンバーは、何も三人限定というわけではない。三人以上、、であれば何人でもいいのだ。とはいえ、人数が増えれば増えるほど、戦いにおける連携も複雑になるし、補給の問題もあるわけだから、三人から六人程度の編成になるのが一般的だ。

「それでオレを勧誘しにきたってのか?」

「うん、そう」

「いやいや待てって。オレは、新人冒険者としてパーティを組んだばかりなんだぞ?」

「優秀な人材を、強力なパーティが勧誘することはよくあることだし、ギルドは推奨すらしている」

「そうかもしれないけど……」

「あの子達だって、話せば分かってくれる」

 そんなことを言われて、レニとレベッカの顔をオレは思い浮かべた。

 まずレベッカは……まぁ確かに、理路整然と説明すれば理解はしてくれるだろう……でもきっと、その晩に人知れず泣くはずだ。

 レニについては、何か交換条件を出せばあっさり承諾するだろうが……例えばパーティを移る代わりに結婚するとかの。

 しかしだからといって、冒険者を始めてから一週間でパーティ離脱するなんて不義理なことはしたくもない。

 だからオレは決然と言った。

「ありがたい申し出なのかも知れないが、お断りさせてもらうよ」

 オレが断るとは思っていなかったのか、ユーティは怪訝な顔をする。

「……なぜ?」

「今は、あいつらの面倒を見ていたいんだ。そういう気分なんだよ」

「何を悠長なことを言っているの?」

「悠長って……どうしてだよ。学校を卒業してから一人前の冒険者になるのに、誰だって数年はかかる。それを悠長だなんて──」

「違う。そうじゃない」

 ユーティは、一歩詰め寄って、真剣そのものの顔をオレに近づけてくる。その端正な顔立ちにオレは思わずドキリとするが、しかしユーティはまるで気にしていない様子だった。

「今は、戦争中なんだよ? 人間と魔族との。魔獣とは常に戦っているし、そもそも、いつ魔人に攻め込まれたっておかしくない。なのにどうして、ジップは悠長なことを言っているの?」

「そ、それは……」

 ユーティに現実を突きつけられて、オレは言葉に詰まった。

 確かに言われてみればその通りで……しかし、少なくともオレが転生したあとの18年間は平和だったのだ。ダンジョンにさえ出なければ。

 もちろん、ダンジョンで命を落とす冒険者も多くいたが、それはまるでテレビの中での話のようで……残機を通しての経験だったから、レベル上げとしての経験は貯まっても実感は薄かったのかも知れない。

 そういった感覚になっていたのも、フリストル市の行政が非常に上手くいっているからなのだろうけれども……だが確かに、ユーティの言うとおり、もし魔人に攻め込まれたら撃退できるかどうかは分からない。

 少なくとも、この都市が無傷で、死者の一人も出さずに撃退できるなんてことはないだろう。

 眼下に広がる街並みが、火の海に包まれる光景をイメージしてしまい、オレは思わずゾッとする。

 フリストル市が作られたこの空洞は相当に広いが……しかし密閉空間なのに変わりはない。そんな場所が火の海になったら……住人は全滅だ。

 オレが答えられずにいると、ユーティはオレの手を取った。

「だから……あなたは急いで、今よりもっと成長しなくちゃダメ」

「………………」

「そのためには、一刻も早くダンジョン上層へ進出すべき。少しでも早く地上を目指すべきなんだよ」

「…………だから、ユーティ達のパーティに入れってか?」

「そうだよ。なんだったら、レベッカは一緒に編入しても構わない。確かにあの子には伸び代を感じるから」

「いやだから、それは結果的にレニを追放するってことじゃんか」

 レニの顔を思い浮かべると、最悪のイメージに呑み込まれそうになっていたオレは現実に戻ることが出来た。

 今はまだ、この都市のどこにも火の手は上がっていないし、魔人にだって見つかっていない。

 だからもしかしたら、少なくともオレたちが生きている間は見つからないかもしれないじゃないか。フリストル市は、この300年間、まだ一度も見つかっていないのだから。

 それにそもそも、だ。

 オレのレベルは、すでにカンスト気味なのだ。

 今以上にダンジョン上層へ──つまり地上に向かって進出しようとするならば、どうやっても補給の問題にぶち当たる。

 長期戦になれば、残機達にも補給させねばならないわけで、そうなると、戦争のように補給路の確保やら中継基地やらも必要だろう。だからそれらの物資を生産しなければならないわけだが──

 ──フリストル市には、まだそこまでの余力はない。

「ユーティは、少し勘違いをしている」

「……勘違いって、何を?」

「オレを買いかぶりすぎている、ということだ。オレは、お前が思っているほど伸び代がないんだよ」

「そんなことは──」

「いや、これは事実なんだ。説明は出来ないけど、もう数年間はそれを実感している」

「………………」

「だから焦ったところで、意味がないんだよ。今以上になるためには、いろいろなことが足りなさすぎる。もしかすると、オレが生きているうちに足りることはないかもしれない」

 ダンジョン都市という閉鎖された世界では、どうやったって成長は鈍化する。人の数は増えないし、他都市と協力することも出来ないし、技術開発も遅々として進まない。

 そんな状況で、オレの裏ワザを支えられるだけの環境が揃えられるとは思えない。

「だからオレは、少しでも仲間を助けたいんだよ。その方が生存率は上がると思ってるからな。そんなわけで、レニのことも任せて欲しい」

「…………そう、分かった」

 ユーティから、ふっと表情が消える。

 さきほど見せたときのような、ちょっと乙女的な表情は、もはや見る影もなかった。

 どうやら失望させてしまったらしい。

 だが今オレが言ったことは、抗えない事実でもあるわけで……失望されるなら早めの方がいいだろう。

 そんなユーティは、力のこもらない瞳でオレを見上げた。

「でもきっと、回りはあなたを放っておかないよ」

「……そうかな?」

「そうだよ。あなたが戦えば戦うほど、わたしが言ったことを実感出来るようになる。だから忘れないで。最初に声を掛けたのは、このわたしだって」

「……分かった。よくよく記憶にとどめておくよ」

 そうしてユーティは振り返ると、丘の上公園を後にする。

 オレはユーティの小さい背中を見守っていたが、彼女が振り返ることはなかった。
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