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第2話
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前回のあらすじ。
謎の転校生、出雲さんはもしかしたらやべー中二病だったのかもしれない。
「……最強かどうかは聞いてないけれど。同じ力を持つ人が近くにいるのは心強いわ。たぶんだけれど、あなたは思想も合いそうだしね」
この時、私は嫌な汗をかいた。
出雲さんは私が作ったものよりも凝った設定を持っているかもしれない、という予感がしたからだ。「思想」とか言い出すくらいだ。話を続けていけば愛する婚約者が死んだ復讐として世界滅亡を目論む悪の結社が登場することだって想像に容易い。
そうであっても、出雲さんに認められる仲間であるために、上手いこと話を合わせなければならない。私はあくまで堂々と、彼女に言った。
「人に思想を尋ねる前に、まずは自分の思想を話すのが道理だと思うんだけど」
「そうね。私の目的……私が各地を渡り歩いている理由、それは──」
教室の窓際までゆっくりと歩く出雲さん。
彼女は窓の外に広がる街を神妙な面持ちで数秒眺めた後、振り向いて私の方を見て言い放った。
「この日本に蔓延る霊を、全て根絶やしにすること」
「ほ、ホンモノ」
真剣な彼女を前にして、自然と声が出た。
「なに? 私が霊能力者だってこと、疑ってたの?」
「あ、あいや、そういうことじゃ、なくて……」
そういうことじゃなくて。
出雲さんが本物の中二病だって確信したって意味なんだけど。
私みたいに中二病のキャラを演じているんじゃなくて、その心霊とやらの存在を完全に信じ切った上で中二病してるって、そういう意味で本物だってことなんだけど。
「……まあ。それでね、あなたも同じなんでしょう?」
同じなんでしょう、って何が? 私はあははと愛想笑いをした。
まさか、霊を根絶やしにしたいと私が本気で思っていると思っているのだろうか。
霊感なんてものは微塵と感じたことはないし、幽霊も一度だって見たことがない、あくまで心霊をキャラづくりの為に利用しているだけのこの私が、本気でそんなことを考えているとでも思っているのだろうか、この人は。
それと、出雲さん転校の理由をはじめは親の仕事の都合って言ってたよね。
各地を渡り歩いている理由、完全に後付けのこじつけじゃん。
「この学校の様子を見れば分かるの。あなたも霊の根絶のために動いてたんだなってことが」
「……はあ」
出雲さんの熱意に応えられるだけの設定はこしらえてきたつもりだったけど、もう私は完全に彼女の熱量に圧されていた。呆れていた、といったほうが正しいかもしれない。
「この学校は他と比べて霊の数が少なすぎる。それは、八戸さんが精力的に除霊をしてきたから、そうでしょう?」
「……そ、そうだね」
霊の数とか知らないよっ! 1人だって見たことがないんだから。
出雲さんはまた窓越しに街を見た。10月の後半ともなれば、夕方は割と薄暗い。
夜景(といえるものでもないけれど)を見ながら、彼女は何を考えているんだろう。
見えるはずのないものが、彼女には見えているのだろうか。
正確には、見えると思い込んでいるのかもしれない。
「来て」
手招きされて、私も窓際に向かう。
出雲さんの横で、特に何もない街を見た。
「八戸さんにも見えるでしょ?」
「へ? あ……うん」
何が……?って口に出すのは負けだから言わない。
「ここからでも分かる。街は悪霊の巣窟ね」
「そ、そう……だねえ」
やべーヤツだった。
出雲さんはやばい人だった。
この中二病成分をよくもまあ普段は微塵も感じさせずに生活してるよ。
正直なところ、彼女の中二病に引きつつある私がいた。
「ねえ八戸さん。今日の夜、暇?」
「あぇ? よ、夜? どうして?」
不意に話が変わってビックリして変な声が出た。
「除霊するの。街にアイツらがいるってだけで吐き気がするから。できる限り早めに全部消したいけど、一人じゃいつまで経っても終わらない。もし八戸さんが協力してくれたら、単純に効率が2倍になるでしょ」
「そ、それくらいだったら……い、いいよ」
どうせ夜の8時くらいに集まって、それっぽい通りを1時間くらい散歩するだけだろう、そう思っていた私は承諾した。いくら幽霊の存在を信じていて、除霊をするだなんて言っても、まさか道路に塩をばら撒くわけではあるまい。そんなことをしたら近所の人に怒られそうだし嫌だな。
「そ、それじゃ、待ち合わせの時間はどうするの?」
「丑三つ時……深夜2時に決まってるでしょ」
「2時!?」
♂♀
深夜1時半過ぎ、家族にバレないように忍び足で家を出ようとしたものの、偶然にも夜中のトイレに起きたお母さんと遭遇してしまった。
「女子高生がこんな夜遅くに出歩くなんて一体何を考えているんだ」
至極真っ当なセリフで叱られてしまった。
私は半泣きになりながら無理矢理家を飛び出した。帰ってきたらこっぴどく叱られることだろう。むしろこれで怒らない親の方が怖い。それはそれで放任主義すぎる。
待ち合わせ場所に指定していた公園。
彼女はベンチに、横の自動販売機で買ったであろう缶コーヒーを握りしめながら腰掛けていた。彼女の格好は夕方と全く変わらず、学校の制服姿だった。家に帰っていないのだろうか。
「い、出雲さん、こんばんわ」
近寄り声をかける。
「それじゃあ、さっそくだけど移動しましょう」
出雲さんは私の姿を確認すると、すぐに立ち上がって公園の出口に向かって歩き始めた。私も後に続く。
その途中、私は聞いた。
「ねえ、出雲さん。出雲さんは、どうやって除霊するの?」
咄嗟に振り返った彼女は、驚いたような顔をしている。
なんでそんなことも分からないの?と言いたげな表情だ。
だけど、これを聞くことは事前に決めていた。
「……除霊の仕方なんて、1つしかないでしょ?」
出雲さんは筋金入りの中二病だけど、解釈違いには厳しいみたい。
これも想定の範囲内だった。私は事前に用意していた返答を続ける。
「逆に1つしか知らないんだ……?」
ムッとする出雲さんを見て、私は満足げな笑みを浮かべた。
設定の話なんだから、盛った者勝ちだ。
「いや、知ってるには知ってる。だけど、私がやってる方法以外は労力と成果の釣り合いが取れないの」
「確かに、あれ以外は大変だよね……」
彼女はコクリと頷いた。よく分からないけど。
私たちの会話は全部ふわふわしてるけど、それっぽい雰囲気が出せればいいのだ。
中二病同士の会話なんてそれで満足なのである。
しばらく2人で無言で歩く。
割と都会な街だけど、流石にみんなが寝静まっているこんな深夜は人なんて歩いていない。幽霊なんて信じてないけれど、雰囲気のある街を歩いていると「もしかしたら」って思って身体が寒くなる。
それに女子高生がこんな時間に無防備に出歩いて、強盗やら変質者に捕まってしまうリスクもある。そもそも警察に見つかったら絶対に補導される。学校にも報告されて明日(正確には今日)は生徒指導の先生とかに怒鳴り散らされるだろう。
何事もなくたって、家に帰ったらたっぷり叱られる。
なんにせよ憂鬱だ。
そんなことを考えながら歩いていた時、前を歩く出雲さんが突然自動販売機の前で立ち止まった。
「喉乾いたの?」
「違う。八戸さん、アレ、見えるでしょ?」
出雲さんは自販機の左横あたりを指差した。
当然だけれど、何もない。ポツンとした空間だ。
本物の中二病の彼女には幽霊でも見えているのかもしれないけど。
私もそのノリに乗った。
「見えるね。霊がいる」
見えないけど。
「こんな気色悪い霊が蔓延る街なんて歩きたくない」
出雲さんは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、その霊がいる(らしい)あたりにゆっくりと歩みを進めた。
「それじゃあ、さっそくだけど……」
彼女は何もない空間に向かって、右手の人差し指と中指で何かを勢いよく切り裂くような動きをした。
その後、斜め上に視線を移し、数秒ほどじっとそこを見つめる。
そして、ため息をついて髪を手で払いながら出雲さんは私に視線を移した。
中二病ここに極まれり、って感じでなんだかシュールだ。
「お疲れさま」
私にしてみればただ謎のポーズをとっただけの彼女に労いの言葉をかけているだけなのだけど。
「ありがと。ただの浮遊霊だったから、抵抗もされなくてよかった」
彼女はまた歩き出した。横に並んで、私は聞いた。
「抵抗って?」
「除霊していれば、悪霊から危害を加えられることもあるでしょ。学校の除霊をしてる時、何事もなかったっていうの?」
「学校の除霊?」
「え? 私たちの高校、ほとんど霊がいないでしょ。あれって八戸さん、あなたが除霊したからなんでしょ?」
「あ、あれね。私の力が強いおかげか知らないけれど、痛い思いは何もしなかったなあ。あはは……」
私の目が泳いでいたのかもしれない。怪訝な表情を浮かべる出雲さん。
どうやら私の答えは彼女の設定にそぐわなかったらしい。
そろそろ設定に合わせるのも限界を迎えてきた気がする。
「……まあ、それくらい強力な霊能力者が隣に居てくれるのはやっぱり心強いわ。ほら八戸さん、右斜め前のほうに注目してみて。また浮遊霊がいる」
彼女はまた立ち止まって、言った方向を指差した。
もちろん何もない。何もないところを凝視しても有意義なことは何もないから、私は横にいる出雲さんの顔を見た。
いつにもまして真剣な表情。そして何だか不機嫌そう。
じっと顔を見ていたら、流石に視線に気が付いたのか彼女も私のほうを見た。
彼女は3秒くらい私のことを軽く睨んだあとに、ゆっくりと口を開いた。
「……そうね。じゃあ今度は、八戸さんが除霊してくれる?」
「え、わ、私? さ、最近やってないからなあ」
己の設定通りの思考や行動じゃないと出雲さんは機嫌が悪くなるから、あんまり自分から進んで除霊(のポーズ)はやりたくなかった。
なぜなら、何が彼女にとっての正解なのかいまいち分からないからだ。
「いいからいいから。私にあなたの力を見せてちょうだい」
「わ、分かったよぅ……」
私は渋々3歩ほど前に出た。(彼女にとって)霊がいるであろう辺り。
そこに向かって、私は「破ァ!」と言いながら空に人差し指で適当なマークを描いた。適当なマークというのは、なんかのアニメで主人公が魔法詠唱をしながら描いてたやつをイメージした。
「邪気眼」系の中二病のポーズは勢いが大切だ。だから当然流れるようなスピードでやった。めちゃくちゃ恥ずかしかった。
恐る恐る後ろを振り向く。そこには首を横に振って、はぁと重いため息をつく出雲さんの姿があった。その後彼女は怒り心頭という感じで、どすどすと私に近づいて言った。
「……もういい。帰って」
「帰って、ってなんで……?」
彼女は唐突に私の胸倉を掴んだ。思わずうっと声を出す。自分の目をぱちぱちとさせながら、嫌悪感に満ちた相手の瞳を見た。
「あなたが霊能力者を騙って、私をバカにしたからよ!!」
私の身体から手を離す彼女。その勢いで思わずよろめき、尻餅をついた。
そして彼女は急ぎ足で私から離れていった。
呆気に取られた私はその場からすぐ動くことはできなかった。こんな時間に、中二病の女子高生が一人で出歩いて一体何をするんだ。それに事件とかに巻き込まれる可能性だって……はっとそれに気づいて、彼女めがけて走った。
「ちょ、ちょっと待って!」
ずんずんと進む彼女の腕を捕まえる。彼女の睨みの利いた目を見て怖気づく気持ちがあったが、意を決して言った。
「こ、こんな時間に一人で外歩くなんて危ないよっ!」
彼女は舌打ちをして私の腕を払った。
「ねえ。私はあなたと違って本当に霊能力者なの。暴漢が襲ってきたって撃退するくらいの力はあるの。むしろ気を付けて帰って。八戸さんは襲われたら身を守る術がないんだから。……また学校でね」
出雲さんはそう言い残して、暗闇の街へと消えていった。
未だに自分が霊能力者だと信じて疑わない彼女を前にして茫然と立ち尽くしていた。彼女は中二病で、その趣味を共有できる仲間を探していたんじゃなかったのか。彼女の脳内の設定と解釈があまり一致しなかったのが原因だろうか。もしかしたらそれ系の人はみんな知っているような、古代から受け継がれている霊能力者系中二病世界観まとめウィキみたいなのがあって、それの設定を逐一踏襲しなければ彼女らの仲間として認めてもらえないのだろうか。
それか、私の除霊ポーズがそこまで気に入らなかったのか。怒りスイッチ君のはどこにあるんだろう。彼女は歩くクレイモアだったのかもしれない。
それとも。万に一つもないことではあるけれども。
彼女は本当に霊能力者だったりするのだろうか。
とにかく、本当の中二病にもなり切れない私が家に着いたのは深夜3時半頃だった。
謎の転校生、出雲さんはもしかしたらやべー中二病だったのかもしれない。
「……最強かどうかは聞いてないけれど。同じ力を持つ人が近くにいるのは心強いわ。たぶんだけれど、あなたは思想も合いそうだしね」
この時、私は嫌な汗をかいた。
出雲さんは私が作ったものよりも凝った設定を持っているかもしれない、という予感がしたからだ。「思想」とか言い出すくらいだ。話を続けていけば愛する婚約者が死んだ復讐として世界滅亡を目論む悪の結社が登場することだって想像に容易い。
そうであっても、出雲さんに認められる仲間であるために、上手いこと話を合わせなければならない。私はあくまで堂々と、彼女に言った。
「人に思想を尋ねる前に、まずは自分の思想を話すのが道理だと思うんだけど」
「そうね。私の目的……私が各地を渡り歩いている理由、それは──」
教室の窓際までゆっくりと歩く出雲さん。
彼女は窓の外に広がる街を神妙な面持ちで数秒眺めた後、振り向いて私の方を見て言い放った。
「この日本に蔓延る霊を、全て根絶やしにすること」
「ほ、ホンモノ」
真剣な彼女を前にして、自然と声が出た。
「なに? 私が霊能力者だってこと、疑ってたの?」
「あ、あいや、そういうことじゃ、なくて……」
そういうことじゃなくて。
出雲さんが本物の中二病だって確信したって意味なんだけど。
私みたいに中二病のキャラを演じているんじゃなくて、その心霊とやらの存在を完全に信じ切った上で中二病してるって、そういう意味で本物だってことなんだけど。
「……まあ。それでね、あなたも同じなんでしょう?」
同じなんでしょう、って何が? 私はあははと愛想笑いをした。
まさか、霊を根絶やしにしたいと私が本気で思っていると思っているのだろうか。
霊感なんてものは微塵と感じたことはないし、幽霊も一度だって見たことがない、あくまで心霊をキャラづくりの為に利用しているだけのこの私が、本気でそんなことを考えているとでも思っているのだろうか、この人は。
それと、出雲さん転校の理由をはじめは親の仕事の都合って言ってたよね。
各地を渡り歩いている理由、完全に後付けのこじつけじゃん。
「この学校の様子を見れば分かるの。あなたも霊の根絶のために動いてたんだなってことが」
「……はあ」
出雲さんの熱意に応えられるだけの設定はこしらえてきたつもりだったけど、もう私は完全に彼女の熱量に圧されていた。呆れていた、といったほうが正しいかもしれない。
「この学校は他と比べて霊の数が少なすぎる。それは、八戸さんが精力的に除霊をしてきたから、そうでしょう?」
「……そ、そうだね」
霊の数とか知らないよっ! 1人だって見たことがないんだから。
出雲さんはまた窓越しに街を見た。10月の後半ともなれば、夕方は割と薄暗い。
夜景(といえるものでもないけれど)を見ながら、彼女は何を考えているんだろう。
見えるはずのないものが、彼女には見えているのだろうか。
正確には、見えると思い込んでいるのかもしれない。
「来て」
手招きされて、私も窓際に向かう。
出雲さんの横で、特に何もない街を見た。
「八戸さんにも見えるでしょ?」
「へ? あ……うん」
何が……?って口に出すのは負けだから言わない。
「ここからでも分かる。街は悪霊の巣窟ね」
「そ、そう……だねえ」
やべーヤツだった。
出雲さんはやばい人だった。
この中二病成分をよくもまあ普段は微塵も感じさせずに生活してるよ。
正直なところ、彼女の中二病に引きつつある私がいた。
「ねえ八戸さん。今日の夜、暇?」
「あぇ? よ、夜? どうして?」
不意に話が変わってビックリして変な声が出た。
「除霊するの。街にアイツらがいるってだけで吐き気がするから。できる限り早めに全部消したいけど、一人じゃいつまで経っても終わらない。もし八戸さんが協力してくれたら、単純に効率が2倍になるでしょ」
「そ、それくらいだったら……い、いいよ」
どうせ夜の8時くらいに集まって、それっぽい通りを1時間くらい散歩するだけだろう、そう思っていた私は承諾した。いくら幽霊の存在を信じていて、除霊をするだなんて言っても、まさか道路に塩をばら撒くわけではあるまい。そんなことをしたら近所の人に怒られそうだし嫌だな。
「そ、それじゃ、待ち合わせの時間はどうするの?」
「丑三つ時……深夜2時に決まってるでしょ」
「2時!?」
♂♀
深夜1時半過ぎ、家族にバレないように忍び足で家を出ようとしたものの、偶然にも夜中のトイレに起きたお母さんと遭遇してしまった。
「女子高生がこんな夜遅くに出歩くなんて一体何を考えているんだ」
至極真っ当なセリフで叱られてしまった。
私は半泣きになりながら無理矢理家を飛び出した。帰ってきたらこっぴどく叱られることだろう。むしろこれで怒らない親の方が怖い。それはそれで放任主義すぎる。
待ち合わせ場所に指定していた公園。
彼女はベンチに、横の自動販売機で買ったであろう缶コーヒーを握りしめながら腰掛けていた。彼女の格好は夕方と全く変わらず、学校の制服姿だった。家に帰っていないのだろうか。
「い、出雲さん、こんばんわ」
近寄り声をかける。
「それじゃあ、さっそくだけど移動しましょう」
出雲さんは私の姿を確認すると、すぐに立ち上がって公園の出口に向かって歩き始めた。私も後に続く。
その途中、私は聞いた。
「ねえ、出雲さん。出雲さんは、どうやって除霊するの?」
咄嗟に振り返った彼女は、驚いたような顔をしている。
なんでそんなことも分からないの?と言いたげな表情だ。
だけど、これを聞くことは事前に決めていた。
「……除霊の仕方なんて、1つしかないでしょ?」
出雲さんは筋金入りの中二病だけど、解釈違いには厳しいみたい。
これも想定の範囲内だった。私は事前に用意していた返答を続ける。
「逆に1つしか知らないんだ……?」
ムッとする出雲さんを見て、私は満足げな笑みを浮かべた。
設定の話なんだから、盛った者勝ちだ。
「いや、知ってるには知ってる。だけど、私がやってる方法以外は労力と成果の釣り合いが取れないの」
「確かに、あれ以外は大変だよね……」
彼女はコクリと頷いた。よく分からないけど。
私たちの会話は全部ふわふわしてるけど、それっぽい雰囲気が出せればいいのだ。
中二病同士の会話なんてそれで満足なのである。
しばらく2人で無言で歩く。
割と都会な街だけど、流石にみんなが寝静まっているこんな深夜は人なんて歩いていない。幽霊なんて信じてないけれど、雰囲気のある街を歩いていると「もしかしたら」って思って身体が寒くなる。
それに女子高生がこんな時間に無防備に出歩いて、強盗やら変質者に捕まってしまうリスクもある。そもそも警察に見つかったら絶対に補導される。学校にも報告されて明日(正確には今日)は生徒指導の先生とかに怒鳴り散らされるだろう。
何事もなくたって、家に帰ったらたっぷり叱られる。
なんにせよ憂鬱だ。
そんなことを考えながら歩いていた時、前を歩く出雲さんが突然自動販売機の前で立ち止まった。
「喉乾いたの?」
「違う。八戸さん、アレ、見えるでしょ?」
出雲さんは自販機の左横あたりを指差した。
当然だけれど、何もない。ポツンとした空間だ。
本物の中二病の彼女には幽霊でも見えているのかもしれないけど。
私もそのノリに乗った。
「見えるね。霊がいる」
見えないけど。
「こんな気色悪い霊が蔓延る街なんて歩きたくない」
出雲さんは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、その霊がいる(らしい)あたりにゆっくりと歩みを進めた。
「それじゃあ、さっそくだけど……」
彼女は何もない空間に向かって、右手の人差し指と中指で何かを勢いよく切り裂くような動きをした。
その後、斜め上に視線を移し、数秒ほどじっとそこを見つめる。
そして、ため息をついて髪を手で払いながら出雲さんは私に視線を移した。
中二病ここに極まれり、って感じでなんだかシュールだ。
「お疲れさま」
私にしてみればただ謎のポーズをとっただけの彼女に労いの言葉をかけているだけなのだけど。
「ありがと。ただの浮遊霊だったから、抵抗もされなくてよかった」
彼女はまた歩き出した。横に並んで、私は聞いた。
「抵抗って?」
「除霊していれば、悪霊から危害を加えられることもあるでしょ。学校の除霊をしてる時、何事もなかったっていうの?」
「学校の除霊?」
「え? 私たちの高校、ほとんど霊がいないでしょ。あれって八戸さん、あなたが除霊したからなんでしょ?」
「あ、あれね。私の力が強いおかげか知らないけれど、痛い思いは何もしなかったなあ。あはは……」
私の目が泳いでいたのかもしれない。怪訝な表情を浮かべる出雲さん。
どうやら私の答えは彼女の設定にそぐわなかったらしい。
そろそろ設定に合わせるのも限界を迎えてきた気がする。
「……まあ、それくらい強力な霊能力者が隣に居てくれるのはやっぱり心強いわ。ほら八戸さん、右斜め前のほうに注目してみて。また浮遊霊がいる」
彼女はまた立ち止まって、言った方向を指差した。
もちろん何もない。何もないところを凝視しても有意義なことは何もないから、私は横にいる出雲さんの顔を見た。
いつにもまして真剣な表情。そして何だか不機嫌そう。
じっと顔を見ていたら、流石に視線に気が付いたのか彼女も私のほうを見た。
彼女は3秒くらい私のことを軽く睨んだあとに、ゆっくりと口を開いた。
「……そうね。じゃあ今度は、八戸さんが除霊してくれる?」
「え、わ、私? さ、最近やってないからなあ」
己の設定通りの思考や行動じゃないと出雲さんは機嫌が悪くなるから、あんまり自分から進んで除霊(のポーズ)はやりたくなかった。
なぜなら、何が彼女にとっての正解なのかいまいち分からないからだ。
「いいからいいから。私にあなたの力を見せてちょうだい」
「わ、分かったよぅ……」
私は渋々3歩ほど前に出た。(彼女にとって)霊がいるであろう辺り。
そこに向かって、私は「破ァ!」と言いながら空に人差し指で適当なマークを描いた。適当なマークというのは、なんかのアニメで主人公が魔法詠唱をしながら描いてたやつをイメージした。
「邪気眼」系の中二病のポーズは勢いが大切だ。だから当然流れるようなスピードでやった。めちゃくちゃ恥ずかしかった。
恐る恐る後ろを振り向く。そこには首を横に振って、はぁと重いため息をつく出雲さんの姿があった。その後彼女は怒り心頭という感じで、どすどすと私に近づいて言った。
「……もういい。帰って」
「帰って、ってなんで……?」
彼女は唐突に私の胸倉を掴んだ。思わずうっと声を出す。自分の目をぱちぱちとさせながら、嫌悪感に満ちた相手の瞳を見た。
「あなたが霊能力者を騙って、私をバカにしたからよ!!」
私の身体から手を離す彼女。その勢いで思わずよろめき、尻餅をついた。
そして彼女は急ぎ足で私から離れていった。
呆気に取られた私はその場からすぐ動くことはできなかった。こんな時間に、中二病の女子高生が一人で出歩いて一体何をするんだ。それに事件とかに巻き込まれる可能性だって……はっとそれに気づいて、彼女めがけて走った。
「ちょ、ちょっと待って!」
ずんずんと進む彼女の腕を捕まえる。彼女の睨みの利いた目を見て怖気づく気持ちがあったが、意を決して言った。
「こ、こんな時間に一人で外歩くなんて危ないよっ!」
彼女は舌打ちをして私の腕を払った。
「ねえ。私はあなたと違って本当に霊能力者なの。暴漢が襲ってきたって撃退するくらいの力はあるの。むしろ気を付けて帰って。八戸さんは襲われたら身を守る術がないんだから。……また学校でね」
出雲さんはそう言い残して、暗闇の街へと消えていった。
未だに自分が霊能力者だと信じて疑わない彼女を前にして茫然と立ち尽くしていた。彼女は中二病で、その趣味を共有できる仲間を探していたんじゃなかったのか。彼女の脳内の設定と解釈があまり一致しなかったのが原因だろうか。もしかしたらそれ系の人はみんな知っているような、古代から受け継がれている霊能力者系中二病世界観まとめウィキみたいなのがあって、それの設定を逐一踏襲しなければ彼女らの仲間として認めてもらえないのだろうか。
それか、私の除霊ポーズがそこまで気に入らなかったのか。怒りスイッチ君のはどこにあるんだろう。彼女は歩くクレイモアだったのかもしれない。
それとも。万に一つもないことではあるけれども。
彼女は本当に霊能力者だったりするのだろうか。
とにかく、本当の中二病にもなり切れない私が家に着いたのは深夜3時半頃だった。
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