霊能力者の設定で学校生活送っていたらホンモノの霊能力者が転校してきてもう後に引けなくなった。

おかだしゅうた。

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第3話

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♂♀
 3時半に家に帰ると、玄関先に2人が立っていた。心配で目を真っ赤に腫らしたお母さんと、恐らく叩き起こされたであろうお父さんが怒りに満ちた目をしていて、2人は私の姿を見つけた途端に揃って声を荒げた。

「こんな夜遅い時間に、一体何を考えているんだ」

 一発痛いビンタが右頬に飛んでくる。
 愛ゆえとは言え流石にこの令和の時代にビンタはやり過ぎだろう。頬が真っ赤に腫れて、おかげで湿布を顔面に張って登校する羽目になってしまった。2人がどれだけ心配だったのかは痛いほどに分かるんだけどね。ごめんって言いながら私も泣いた。
 
 朝8時。教室の自分の席に座り、右頬の湿布を擦りながらそんな夜の出来事を思い返していた。
 夜の出来事と言えば。
 私はチラッと隣の席──あの出雲さんの──を見て、ため息をついた。彼女はまだ登校していないらしく、その席はまだ空っぽだ。

 ──私はあなたと違って本当に霊能力者なの。

 なにが本当に霊能力者だ。そんなもの、あるはずがないじゃないか。
 自称本物の霊能力者の出雲さんは、あの後も除霊作業的なことを繰り返したのだろうか。
  もしかしたらその途中で何かしらのトラブルに巻き込まれたかもしれない。……自分は大丈夫だと言うけれど、そんなわけはない。

 ただそんな心配も杞憂だったようで、出雲さんは普通に登校してきた。
 彼女が席に座った途端、彼女と仲がいい女子たちがドタバタと集まってくる。
 そして出雲さんは笑顔で、昨晩のような中二病感を一切醸し出さずに、普通の女子高生として楽しそうに話していた。
 出雲さんと目を合わせるのが怖かった私は、急いで例の心霊本を取り出してそれに読み耽るフリをするして、朝のホームルームが始まるまでの時間をやり過ごすのだった。


♂♀
 出雲さんと一度も話さずに放課後になってしまった。
 夜のことについて、しっかり話したい。私の何かが出雲さんの気分を害してしまったことについても謝りたい。ただ、横で他の人とずっと楽しそうに話している出雲さんを見ると、話しかける勇気がどうしても出てこなかった。
 ゆっくりと鞄に教科書類を詰め込む。もしかしたら出雲さんが話しかけてくれるかもしれないっていう、微かな希望にすがるために。
 まあもちろん、相手から話しかけてくれるなんていう都合のいい話はなかったけど。
 席を立ち、とぼとぼと教室のドアのほうに向かって歩く。あと一歩で廊下に出るというタイミングで、後ろから声をかけられた。

「ねえ、八戸さん」

 出雲さんの声だった。慌てて振り向き、出雲さんを見る。彼女は友達になにかを告げて、私のほうに向かって歩いてきた。

「え…ど、どうしたの……?」

 目を合わせられない。斜め下のほうに視線を移して聞く。

「一緒に帰らない?」

 意外な言葉に、私は恐る恐る顔を上げた。
 出雲さんは予想に反して、にこやかな笑顔をしていた。声の調子も昨日の夜に比べて明るい。というか彼女は私と話すとき以外はまるで別人のように常に笑顔なのだ。

「あ、え、いいの?」

「うん。話したいこともあるしさ」

 彼女に背中を押されるがまま廊下に出る。出雲さんの笑顔が張り付いていて、なんだか怖い。横並びで玄関を目指して歩く。

「えっと……話したいことって、なに?」

「んー、ちょっと人が少ない所に着いてから話そうよ」

 出雲さんが歩くペースを速めて、私の前に出る。
 彼女の後ろ姿は、なんだかさっきまでとは違って、徐々に徐々に昨日のあの怖い雰囲気を醸し出すようになっていた。


♂♀
 出雲さんの後を追って着いた場所は、夜に待ち合わせしたあの大きな公園だった。
 人が少ない所、と言ってたのに小学生や家族連れが多いこの場所で本当にいいのだろうか。

「それで、話したいことなんだけれど」

 ベンチに腰掛けながら彼女は言う。
 私はベンチには座らず、彼女の前に立ったまま話を聞いていた。
 今の出雲さんは笑顔じゃなくて、昨日の夜みたいなクールな表情だ。役者のように表情が変わる。

「八戸さんって、本当は霊能力者じゃないよね?」

 睨みを利かせる彼女。その言葉は私の心にグサリと刺さって、ずいぶんと動揺してしまった。

「私だって、い、出雲さんが霊能力者だってこと、信じられない……し」

 彼女の質問に答えていないことに気付いたのは、その言葉を無意識のうちに発した後だった。だけれども、それでもよかった。
 そもそも私たちは「ごっこ遊び」をしていただけに過ぎないじゃないか。
 それなのになんでこんな排他的なことされなくちゃいけないんだ。

「偽物になんか信じてもらえなくても十分。だから今後は一切関わらないで。……って、昨日の夜は思ってたんだけど」

 彼女は私の鞄を指差した。

「八戸さんがいっつも読んでるあの本、見せて」

 あの本、というのはトンデモ心霊本のことだろう。
 私は慌ててそれを鞄から取り出して、彼女に手渡そうとした。だが彼女は強引にそれを奪い取って、パラパラとページを捲った。真ん中あたりのページで手を止めて、そのページを私に見せた。

「は、八尺……様?」

 八尺あるらしい、高身長女の怖い妖怪。魅入られた者は殺されるという言い伝えがある。
 その怪異を取り上げたページを、彼女は私に見せつけてきたのだ。

「有名でしょ。一般人の中でも」

 皮肉っぽく彼女は言う。出雲さんだって一般人のくせに。

「思い出したの。霊能力者にもレベルがあって……間違っても、ゲームみたいに可視化されているものではないけれど……その力の強さによっては視える幽霊が限られるってことを。もしも、もしもね」

 彼女は本をパタリと閉じて、横に置いた。私の目を見て続ける。

「もしも、八戸さんが本当に霊能力者で──かなり微弱な力を持つ霊能力者だとしたら──昨日の程度の低い幽霊が視えなかったのも、無理はないなって」

「えっと……つまり?」

 無意識のうちに自分の髪をくるくると弄っていたことに気が付いた。
 彼女の、異世界転生小説並みのバカげた設定にうんざりしていたのかもしれない。

「少なくとも霊能力者なら、八尺様みたいな都市伝説級の怪異なら視れるはず。っこまで言ったら、話は理解できるでしょ」

「わ、分かった。私が本当に霊能力者だってことを試すテストってことか。八尺様を本当に視れていることを証明するために、怪異を除霊しろって……そ、そういうことだよね」

 彼女はポカンとした顔で、こっちを見ていた。
 つかさず聞く。

「な、なんか違う?」

「いや……除霊までは求めていなかったから。まあ、八戸さんが除霊するって言うなら、それで結構。この街最強の霊能力者たる所以を見せてもらうわ」

 そんなセリフを言い捨てて、公園の外へと歩き出した。
 ポツンと取り残される私。彼女のクールな後ろ姿を眺める。
 その時、思い出したかのように彼女は振り向いて、叫んだ。

「昨日と同じ時間に、ここ集合ね! 今夜除霊してもらうから!」

 嘘でしょ。


♂♀
 両親の世にも恐ろしい怒号を浴びせられながら、無理矢理玄関を飛び出して公園に辿り着く。
 夜の冷たい風を一身に受け、身体をガタガタと震わせながらベンチで出雲さんを待つ。
 自販機で買ったホットココアを握って手を温めながら、これから行われる(であろう)除霊作業について考えを巡らせる。

 何度でも言うが、私は幽霊なんて視えないし、当然除霊する力なんてない。

 ともなれば、昨日のように虚空に向かって恥ずかしい中二病ポーズを繰り出してその場を乗り切るしかない。だがしかし、そんなことをすれば霊能力に人一倍厳しい出雲さんになんらかのダメだしを食らってしまい、ジ・エンドだ。
 今度こそ口を聞いてくれなくなってしまうだろう。
 今になって霊能力がないことを認める選択肢もあり得ない。それは私が築き上げてきたこのキャラクターを否定することを意味するからだ。今になって普通の陰キャラに戻るだなんて無理だ。恥ずかしくて死んでしまう。ぼっちはぼっちでも孤高のぼっちでありたいんだ私は。

 ここまで思考を巡らせて、私は逆転の発想をした。
 
 私のハッタリで彼女の満足のいく霊能力者を演じることができないならば。
 彼女の鉄壁で囲まれた中二病ワールドを、元・中二病患者の私が完膚なきまでに崩壊させてやればいいのだ。
 私を偽物扱いするけれど、出雲さんの方が偽物なんじゃないの?──って。

 うん、その作戦で行こう。
 勘違いしているが彼女だって私と同じ一般人なんだ。
 幽霊なんて視えるわけがない。私が論破してもまだ視えると言い張るのなら脳になんらかの異常があるのかもしれないな。
 いい病院をグーグルで見つけて教えてあげよう。

 不思議ちゃん属性はクラスに1人で十分なのだ。
 出雲さんに奪われつつある私のアイデンティティを、今夜取り戻すのだ。
 
「ふふ、はは、あはは……」

 なんだかおかしくって、夜の公園に一人きりだというのに、変な笑い声を上げてしまった。
 これだと、私が怪異になったみたいじゃないか。



「八戸さん、あなた怪異に──」



「あへぇあぇ!?」

 完全に油断していたところに、不意に後ろから声をかけられて思わず腰を抜かしてしまった。
 出雲さんが後ろから突然ぬっと現れたのだ。時間も時間だしビビる。
 彼女はベンチをぐるっと回って正面まで歩いてきた。


「それじゃあ、除霊して……と言いたいところなんだけど」

「い、出雲さんの言いたいことは分かるよ」

 彼女の眉がピクッと動く。

「八尺様は、とある村に言い伝えられている怪異。5分も歩けば練馬区に着くようなこの埼玉県最南部に、八尺様はいない。だから、まずは見つけるところから始める必要がある。出雲さんはそう言いたいんだよね」

「いや、違うけど……」

 彼女は自ら墓穴を掘った。
 霊能力者ごっこを急ぐばかり、怪異の設定を忘れてしまっているらしい。
 そのミスを突けば、私が優位に立てるはずだ。ぐぬぬと悔しがる彼女の顔が思い浮かぶ。

「違うってそんな馬鹿な。まさかこの街にいるわけなんてないじゃん。怪異を語るなら、まずはその怪異について十分情報を仕入れなきゃ──」


「後ろ」


 と言いながら彼女は私めがけて、いや、私の奥の方を指差した。
 恐る恐る、ゆっくりと後ろを振り向く。
 突然、ひんやりとした汗をかいた。
 
 女の人が、立っていた。
 
 最初に目に入ってきたのは、この夜の暗がりとは対照的な真っ白な衣服。
 ワンピースだ。
 私はその人の顔を拝もうと、見上げるように少しずつ体勢を変えていく。
 高い。
 高すぎる。
 おまけに、彼女はこれまた真っ白な帽子を被っていた。

 声が出なかった。
 これは、まさか。まさかとは思うけれど。
 冷たい声で、出雲さんが言った。

「八戸さん、あなた怪異に──魅入られているわよ」




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