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トレーニングモード
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バー《セックス・オン・ザ・ビーチ》を出て、ユウマは射撃の練習のためロビーへ向かった。
昼のロビーは、驚くほど静かだった。
夕方の喧噪とは打って変わり、鬼たちの姿もまばらだ。
中央ホールの大型モニターに「トレーニングモード」の文字が浮かぶ。
ユウマは迷わずそこに入った。
CODの武器には、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、クリムゾン、レインボー――七段階のレアリティがある。
ブロンズがデフォルト装備。
クリムゾンとレインボーは“レジェンダリー”と呼ばれる特別な武器だ。
トレーニングモードでは、レジェンダリーを除いたブロンズからダイヤモンドまでの武器を自由に試せる。
メイン武器はアサルトライフル、サブマシンガン、スナイパーライフル、ライトマシンガン。
サブ武器として、ナイフ、ハンドガン、手榴弾も使える。
射撃場の的は、ただのターゲットではない。
動く標的、さらにはモンクキャンサーと呼ばれる格闘術を持った訓練用の“カニ型鬼”が出現する。
緑が初級、黄が中級、赤が上級ほモンクキャンサー。
反応速度や照準感覚を鍛えるにはうってつけだ。
――だが、トレーニングモードでは筋肉は鍛えられない。
この世界で“身体”を鍛えられるのは、人間だけだ。
鬼たちは初期パラメータのまま成長しない。
――それが、シュナの言っていた「鬼の限界」。
そして、鬼は隷属化することで生身を獲得し、限界を越えることができる。
つまり、地道な努力ができるのは人間の特権でもあった。
それはバトルロワイヤルでも、トレーニングモードでもなく、シティで生身でやる必要がある。
ユウマは心の中で、筋トレを日課に加えることを決めた。
実際、ジャンプ撃ちやスライディングは生身ではきつい。
左右に動きながら射撃する事を、レレレ撃ち言って、ゲームでは敵の攻撃を回避しつつ射撃できる技がある。
これは生身をかなり鍛えないと使えない動きだ。
ユウマは、デフォルトのアサルトライフルを手に取った。
軽い。構えやすい。反動も扱える範囲だ。
試しにダイヤモンドランクのアサルトライフルにも切り替えてみた。
アシストが強力なようだが、アシストを使えないユウマにはデフォルトと大差ない。
むしろ、重く、反動制御の癖が強い。
「……やっぱり、こっちのほうが合ってるな」
デフォルトM4。
最初に手にした、凡庸な銃。
だが、それだけに“身体に馴染む”。
ユウマは呼吸を整え、的を見据えた。
HUDの照準が震える。
指先に力を込める。
――パン、パン、パン。
引き金の力加減で三連射する。
わずかに左へ流れた。
だが、すぐに修正する。
感覚で狙いを合わせ、撃つ。
AIアシストではなく、“自分の手”で当てる。
緑のモンクキャンサーをデフォルトM4の餌食にする。
汗が滲む。
心拍が上がる。
だが――確かに当たっている。
「……これでいい。俺は俺のやり方で、強くなる」
弾倉を交換し、再び構える。
金属の擦れる音が、静まり返ったロビーに響いた。
ナイフを持って、緑のモンクキャンサーと格闘の訓練をした。
緑のモンクキャンサーの動きは遅い。格闘の訓練にはちょうどよかった。
そのとき――
的の奥で、一瞬だけ「黒い影」が動いた。
そのとき――
的の奥で、一瞬だけ「黒い影」が動いた。
AIの鬼か?
……違う。
動きが“滑らかすぎる”。
AIのパターンにはない、まるで生き物のような――呼吸。
ユウマは息を呑んだ。
「まさか……熊鬼、じゃないよな」
ユウマはトレーニングモードを終えて、日暮れ前の海岸に来ていた。
バー《セックス・オン・ザ・ビーチ》の前には、西陽が照らす海岸が広がっていた。
灰色の砂が冷たく、波音だけが静かに響く。
ユウマは裸足になり、息を吐いた。
「走るか」
砂を蹴る。足が沈む。重い。
だが、足裏が砂を掴む感覚が心地いい。
最初のころより確実にバランスが取れるようになっていた。
砂浜を何往復かしたころ、海面に異様な光がきらめいた。
反射。何かの甲羅だ。
波打ち際が盛り上がり、緑色の巨大なハサミが姿を現した。
「……モンクキャンサー?」
訓練AIのはずだ。だが、ここはトレーニングモードではない。
このはシティの外縁、完全な現実領域。
モンクキャンサーは、ぬらりと砂から這い出た。
全身が緑の光沢を放ち、赤い目がユウマを捉える。
「まさか、野生化……してるのか?」
警戒する間もなく、ハサミが砂を抉った。
風圧で髪が逆立つ。
ユウマはとっさにしゃがみ、横へ跳んだ。
砂が舞う。足元が滑る。
だが――避けた。
「……よし、来い!」
次の一撃。今度は横薙ぎ。
ユウマは両手をついて低く沈み込み、ハサミの下をくぐるように転がる。
砂が背中に食い込む感触が生々しい。
立ち上がり、息を吐く。
また来る。
ハサミが上段から振り下ろされる瞬間、ユウマはジャンプした。
砂を蹴る。宙を裂く。
重力が一瞬だけ軽くなる――錯覚のような感覚。
着地した瞬間、波が足首を打った。
冷たい水が気持ちいい。
「……なるほど。これは生身の訓練にちょつどいいか」
AIアシストも、身の安全もない。
ただ、感覚と判断だけで生き残る。
モンクキャンサーはハサミを引き、海へと戻っていった。
――まるで、その背中は、“また来い”とでも言うように。
ユウマは苦笑した。
「いいさ。また勝負してやる」
家にかえってシャワーで汗を流す。ガンゲノムシティでの暮らしは、なかなか楽しい。
シルフィやシュナとの出会いもよかった。
そういえば、フィーンはどうしているんだろう。フィーンの情熱的なキスが恋しい。
それから、同じような日々が続いた。
朝――。
ユウマは公園に行き、シルフィと鬼ごっこをした。
毎回負ける。けれど、逃げる距離は確実に伸びていた。
砂煙を上げて追いかけてくる彼女の姿が、いつしか恐怖ではなく、目標のように思えていた。
海岸に出て、走り込みをした。
波打ち際を全力で駆け抜け、しゃがみ、跳び、横に転がる。
そして、緑色のモンクキャンサーと格闘する。
最初のうちはハサミの風圧で吹き飛ばされてばかりだったが、
今では砂の沈み込みを利用して、回避も反撃もできるようになっていた。
ハサミの一撃をかわすたびに、足腰が鍛えられる。
汗と潮と砂が混ざった匂いが、ユウイチの“生活の匂い”になっていた。
そして――。
バー《セックス・オン・ザ・ビーチ》で、シュナと朝食をとる。
いつも決まってAモーニング。トースト、スクランブルエッグ、サラダ、コーヒー。
話題は、昨日のバトルロワイヤルの戦術や、鬼族の新しい噂。
シュナはよく笑い、よく食べる。
その笑い声が、店内の空気を少しだけ柔らかくしていた。
ユウマはその時間が嫌いではなかった。
昼はロビーからトレーニングモードで射撃の腕を磨く。
充実した日々だ。
けれど――
フィーンは、まだ帰ってこない。
あの朝、長いキスを交わして出ていったきり、
メッセージのひとつも届かない。
心のどこかで、無事だと分かっていながらも、
その沈黙が日に日に重くのしかかっていく。
海風が吹き抜け、バーの看板を揺らした。
「セックス・オン・ザ・ビーチ」の文字が、夕日でぼやける。
――この平穏は、長くは続かない。
ユウマは、それを本能で感じていた。
昼のロビーは、驚くほど静かだった。
夕方の喧噪とは打って変わり、鬼たちの姿もまばらだ。
中央ホールの大型モニターに「トレーニングモード」の文字が浮かぶ。
ユウマは迷わずそこに入った。
CODの武器には、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、クリムゾン、レインボー――七段階のレアリティがある。
ブロンズがデフォルト装備。
クリムゾンとレインボーは“レジェンダリー”と呼ばれる特別な武器だ。
トレーニングモードでは、レジェンダリーを除いたブロンズからダイヤモンドまでの武器を自由に試せる。
メイン武器はアサルトライフル、サブマシンガン、スナイパーライフル、ライトマシンガン。
サブ武器として、ナイフ、ハンドガン、手榴弾も使える。
射撃場の的は、ただのターゲットではない。
動く標的、さらにはモンクキャンサーと呼ばれる格闘術を持った訓練用の“カニ型鬼”が出現する。
緑が初級、黄が中級、赤が上級ほモンクキャンサー。
反応速度や照準感覚を鍛えるにはうってつけだ。
――だが、トレーニングモードでは筋肉は鍛えられない。
この世界で“身体”を鍛えられるのは、人間だけだ。
鬼たちは初期パラメータのまま成長しない。
――それが、シュナの言っていた「鬼の限界」。
そして、鬼は隷属化することで生身を獲得し、限界を越えることができる。
つまり、地道な努力ができるのは人間の特権でもあった。
それはバトルロワイヤルでも、トレーニングモードでもなく、シティで生身でやる必要がある。
ユウマは心の中で、筋トレを日課に加えることを決めた。
実際、ジャンプ撃ちやスライディングは生身ではきつい。
左右に動きながら射撃する事を、レレレ撃ち言って、ゲームでは敵の攻撃を回避しつつ射撃できる技がある。
これは生身をかなり鍛えないと使えない動きだ。
ユウマは、デフォルトのアサルトライフルを手に取った。
軽い。構えやすい。反動も扱える範囲だ。
試しにダイヤモンドランクのアサルトライフルにも切り替えてみた。
アシストが強力なようだが、アシストを使えないユウマにはデフォルトと大差ない。
むしろ、重く、反動制御の癖が強い。
「……やっぱり、こっちのほうが合ってるな」
デフォルトM4。
最初に手にした、凡庸な銃。
だが、それだけに“身体に馴染む”。
ユウマは呼吸を整え、的を見据えた。
HUDの照準が震える。
指先に力を込める。
――パン、パン、パン。
引き金の力加減で三連射する。
わずかに左へ流れた。
だが、すぐに修正する。
感覚で狙いを合わせ、撃つ。
AIアシストではなく、“自分の手”で当てる。
緑のモンクキャンサーをデフォルトM4の餌食にする。
汗が滲む。
心拍が上がる。
だが――確かに当たっている。
「……これでいい。俺は俺のやり方で、強くなる」
弾倉を交換し、再び構える。
金属の擦れる音が、静まり返ったロビーに響いた。
ナイフを持って、緑のモンクキャンサーと格闘の訓練をした。
緑のモンクキャンサーの動きは遅い。格闘の訓練にはちょうどよかった。
そのとき――
的の奥で、一瞬だけ「黒い影」が動いた。
そのとき――
的の奥で、一瞬だけ「黒い影」が動いた。
AIの鬼か?
……違う。
動きが“滑らかすぎる”。
AIのパターンにはない、まるで生き物のような――呼吸。
ユウマは息を呑んだ。
「まさか……熊鬼、じゃないよな」
ユウマはトレーニングモードを終えて、日暮れ前の海岸に来ていた。
バー《セックス・オン・ザ・ビーチ》の前には、西陽が照らす海岸が広がっていた。
灰色の砂が冷たく、波音だけが静かに響く。
ユウマは裸足になり、息を吐いた。
「走るか」
砂を蹴る。足が沈む。重い。
だが、足裏が砂を掴む感覚が心地いい。
最初のころより確実にバランスが取れるようになっていた。
砂浜を何往復かしたころ、海面に異様な光がきらめいた。
反射。何かの甲羅だ。
波打ち際が盛り上がり、緑色の巨大なハサミが姿を現した。
「……モンクキャンサー?」
訓練AIのはずだ。だが、ここはトレーニングモードではない。
このはシティの外縁、完全な現実領域。
モンクキャンサーは、ぬらりと砂から這い出た。
全身が緑の光沢を放ち、赤い目がユウマを捉える。
「まさか、野生化……してるのか?」
警戒する間もなく、ハサミが砂を抉った。
風圧で髪が逆立つ。
ユウマはとっさにしゃがみ、横へ跳んだ。
砂が舞う。足元が滑る。
だが――避けた。
「……よし、来い!」
次の一撃。今度は横薙ぎ。
ユウマは両手をついて低く沈み込み、ハサミの下をくぐるように転がる。
砂が背中に食い込む感触が生々しい。
立ち上がり、息を吐く。
また来る。
ハサミが上段から振り下ろされる瞬間、ユウマはジャンプした。
砂を蹴る。宙を裂く。
重力が一瞬だけ軽くなる――錯覚のような感覚。
着地した瞬間、波が足首を打った。
冷たい水が気持ちいい。
「……なるほど。これは生身の訓練にちょつどいいか」
AIアシストも、身の安全もない。
ただ、感覚と判断だけで生き残る。
モンクキャンサーはハサミを引き、海へと戻っていった。
――まるで、その背中は、“また来い”とでも言うように。
ユウマは苦笑した。
「いいさ。また勝負してやる」
家にかえってシャワーで汗を流す。ガンゲノムシティでの暮らしは、なかなか楽しい。
シルフィやシュナとの出会いもよかった。
そういえば、フィーンはどうしているんだろう。フィーンの情熱的なキスが恋しい。
それから、同じような日々が続いた。
朝――。
ユウマは公園に行き、シルフィと鬼ごっこをした。
毎回負ける。けれど、逃げる距離は確実に伸びていた。
砂煙を上げて追いかけてくる彼女の姿が、いつしか恐怖ではなく、目標のように思えていた。
海岸に出て、走り込みをした。
波打ち際を全力で駆け抜け、しゃがみ、跳び、横に転がる。
そして、緑色のモンクキャンサーと格闘する。
最初のうちはハサミの風圧で吹き飛ばされてばかりだったが、
今では砂の沈み込みを利用して、回避も反撃もできるようになっていた。
ハサミの一撃をかわすたびに、足腰が鍛えられる。
汗と潮と砂が混ざった匂いが、ユウイチの“生活の匂い”になっていた。
そして――。
バー《セックス・オン・ザ・ビーチ》で、シュナと朝食をとる。
いつも決まってAモーニング。トースト、スクランブルエッグ、サラダ、コーヒー。
話題は、昨日のバトルロワイヤルの戦術や、鬼族の新しい噂。
シュナはよく笑い、よく食べる。
その笑い声が、店内の空気を少しだけ柔らかくしていた。
ユウマはその時間が嫌いではなかった。
昼はロビーからトレーニングモードで射撃の腕を磨く。
充実した日々だ。
けれど――
フィーンは、まだ帰ってこない。
あの朝、長いキスを交わして出ていったきり、
メッセージのひとつも届かない。
心のどこかで、無事だと分かっていながらも、
その沈黙が日に日に重くのしかかっていく。
海風が吹き抜け、バーの看板を揺らした。
「セックス・オン・ザ・ビーチ」の文字が、夕日でぼやける。
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