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トレーニングの日々が、確かにユウマを変えていた。
筋肉の張り、反応速度、重心の移動――どれもが以前とは違う。
鬼の動きを“見てから避ける”のではなく、“動く前に読める”ようになっていた。
「……ゲームの動きは、生身にはきついな」
ゲーム時代の自分を思い出す。
あのときは、超人的な筋力と反射神経、俊敏さを当然のように扱っていた。
だが今は違う。
現実の身体で同じ動きを再現しようとすれば、全身が悲鳴を上げる。
「三割、だな」
呟いた声が、海風に流れた。
感覚的に、ゲーム時代の30%の動き。
けれど、最初の熊鬼との戦闘を5%とするなら――飛躍的な進化だ。
ユウマはデフォルトM4を分解し、丁寧に組み直した。
油のにおいが心を落ち着かせる。
照準、射角、呼吸。
すべてを身体に叩き込んだ。
「よし……次は実戦だ」
今回はフィーンはいない。
仲間もいない。
ユウマは、初めて“ソロ”でバトルロワイヤルに挑むことを決めた。
ソロミッションは、デュオとはまるで違う。
2人ミッションでは、自分の装備を持ったままフィールドにスポーンする。
1人がやられてもタグを回収し、リスポーンコールをすれば再度リスポーンできる。
だがソロでは、すべてがゼロから始まる。
素手で、フィールドにスポーンするのだ。建物にドロップされた武器を拾い、
あるいは投下されるコンテナを奪い合って装備を整えていく。
そして、タグを拾う仲間がいないためリスポーンはできない。
HPがゼロになれば、即ゲームオーバーで、ロビーに戻される。
つまり、初動がすべてを決める。実はソロミッションこそ、ユウマが最もやりこんだゲームモードだった。
――しかも、さらにユウマには有利だった。
彼にとって“最強”とは、高ランクの武器ではない。
軽く、癖のない、入手しやすいデフォルトM4こそが最強。
フルオートもついていない、三点バーストの貧弱な火力。
しかし、その分、弾の消費を抑えて、素早い立ち回りができる。
だから、コンテナを追わずとも戦える。
むしろ、コンテナを取りに行こうとする鬼たちを狙撃できるのだ。
「……デフォルトで十分だ。いや、デフォルトがいい」
その言葉は、自信ではなく“確信”だった。
ロビー端末に指を置く。フリーランクのソロミッション。
光が走り、システム音が響く。
――“SOLO MISSION ENTRY: CONFIRMED”
視界が白く染まり、地面の感触が消える。
浮遊感。
次の瞬間、ユウマはフィールドに立っていた。
素手。風の音。遠くで爆発。
「……始まったな」
彼は息を吸い込み、静かに拳を握った。
視界が戻る。
足元にはひび割れたアスファルト。
霧の中に瓦礫の住宅地が並んでいた。
遠くで断続的な銃声――もう戦いが始まっている。
ユウマはしゃがみ込み、耳を澄ませた。
どこかの家の窓が割れる音。風の抜ける隙間。
気配を探りながら、泥棒のように慎重に歩を進める。
扉を押すと、蝶番がギィ、と鳴いた。
息を止め、隙間から中を覗く。
家具は倒れ、壁には銃痕。
床に、金属の反射。
「……あった」
拾い上げる。――ショットガン ベネリM3。
古いポンプ式。ブロンズランクの初期モデル。
錆びかけた銃身に、数発だけ残った散弾。
「……よりによって、これか」
ユウマは苦笑した。
近距離専用、単発高威力――それ以外の距離ではほぼ無力。
しかも、反動が強く、リロードが遅い。
アサルトのように“流れるようなリズム”では戦えない。
階上から、足音。
重い金属音が響く。
鬼だ。しかも装備重量がある――大型武器。
ユウマは壁際に身を寄せた。
やがて、階段を下りてきた鬼の手に光る銃身。
ブロンズのライトマシンガン(LMG)、RPD。
LMG特有の鈍重なフォルム。
連射速度はアサルトより遅いが、装弾数は倍以上。
火力と持久力で押し切るタイプだ。
「厄介なのを引いたな……」
鬼がこちらに気づいた瞬間、銃口が火を噴いた。
――ダダダダダッ!
弾丸の雨。
壁が削れ、破片が顔に飛ぶ。
LMGの音は腹の底を震わせるような重低音。
ユウマはとっさに床へ伏せ、ショットガンを構えた。
「くっ……!」
撃つ。――パンッ!
反動が腕にのしかかり、銃口が跳ね上がる。
散弾は壁をえぐっただけで、鬼には届かない。
次弾を装填。ガチャリ。
鬼のマシンガンが再び唸る。
火線が床を這い、家具を粉砕していく。
「やっぱり中距離じゃ通らねえ!」
ショットガンは距離が開くと、弾がばらけて威力が一気に落ちる。
対してLMGは、弾幕で相手の動きを封じることができる。
力任せの連射――それだけで脅威だった。
ユウマは息を整え、距離を詰めることを決断した。
壁際を滑るように移動し、音を殺す。
鬼のリロードの隙を――狙う。
カチン。
LMGのボルト音が鳴った。今だ。
ユウマは飛び出した。身体が重い。
鬼が振り向く。
引き金を引く。――ドンッ!
散弾が至近距離で炸裂。
鬼の胸部アーマーが砕け、後ろにのけぞった。
ユウマは間髪入れずポンプを引き、二発目を撃ち込む。
――ドンッ!
今度は命中。鬼が倒れ込む。
息を吐く。心拍がHUDに赤く点滅していた。
「……やっぱり、ショットガンは賭けだな」
火力は強い。だが、距離を間違えれば死ぬ。
アサルトなら、呼吸で弾を刻みながら押せた。
ショットガンは、呼吸を止め、一撃に賭ける武器。
ユウマは鬼の武器を拾い上げた。
重い。LMG特有の慣性。
銃口をわずかに動かすだけで、腕全体が引っ張られる。
「やっぱり……これじゃ、俺の動きが鈍る。だめだ。ショットガンのほうがまだマシかよ」
ショットガンを背負い直し、息を整える。
次こそアサルトを見つけなければ――そう思いながら、
ユウマは静かに廃屋を後にした。
次の家屋に入ったときだった。
奥の部屋に、小柄な鬼がひとりいた。
灰色の制服に、短く切りそろえた黒髪。
手には――デフォルトM4。
ユウマは息を呑んだ。
人間と見まごうほど整った顔立ち。
その表情に、恐怖の色が浮かんでいる。
「動くな」
ユウマは反射的にショットガンを構えた。
背後を取って、銃口を少女の背中に押し当てる。
「ひっ……」
少女が小さく震え、銃を手放す。
M4が床に落ち、金属音が響いた。
ユウマの手が汗ばむ。
撃つ気はない。けれど、油断すれば逆に撃たれる。
――この世界では、ためらいが死に直結する。
「武器を置け。それで終わりだ」
「こ、こわい……」
震える声。
ユウマは、ほんの一瞬だけ銃口を下ろしかけた。
その瞬間、HUDが反応した。
視界の端に文字が浮かぶ。
――HUDがちらついた。
【スキル発動可能条件:接触(唇)】
コンマリのAI管理を解除します。
息をのむ。まさか、あの“隷属のスキル”が……?
ユウマは迷った。
これは戦術か、それとも暴力か。
だが、撃ち合いになれば彼女も死ぬ。
「……悪く思うな」
額にそっと触れるように、唇を近づけた。
瞬間、少女の体が紫に光り、空気が震えた。
「はぁ……っ、これは?」
HUDが点滅する。
【隷属Lv1:契約成立】
コンマリ ランク:C
光が収まると、少女は瞳を伏せて小さく頷いた。
「……命令をください、ユウマ様」
その声には怯えではなく、静かな服従が宿っていた。
ユウマは銃を下ろし、深く息をついた。
「もう“恐がるな”。俺はお前を撃たない」
筋肉の張り、反応速度、重心の移動――どれもが以前とは違う。
鬼の動きを“見てから避ける”のではなく、“動く前に読める”ようになっていた。
「……ゲームの動きは、生身にはきついな」
ゲーム時代の自分を思い出す。
あのときは、超人的な筋力と反射神経、俊敏さを当然のように扱っていた。
だが今は違う。
現実の身体で同じ動きを再現しようとすれば、全身が悲鳴を上げる。
「三割、だな」
呟いた声が、海風に流れた。
感覚的に、ゲーム時代の30%の動き。
けれど、最初の熊鬼との戦闘を5%とするなら――飛躍的な進化だ。
ユウマはデフォルトM4を分解し、丁寧に組み直した。
油のにおいが心を落ち着かせる。
照準、射角、呼吸。
すべてを身体に叩き込んだ。
「よし……次は実戦だ」
今回はフィーンはいない。
仲間もいない。
ユウマは、初めて“ソロ”でバトルロワイヤルに挑むことを決めた。
ソロミッションは、デュオとはまるで違う。
2人ミッションでは、自分の装備を持ったままフィールドにスポーンする。
1人がやられてもタグを回収し、リスポーンコールをすれば再度リスポーンできる。
だがソロでは、すべてがゼロから始まる。
素手で、フィールドにスポーンするのだ。建物にドロップされた武器を拾い、
あるいは投下されるコンテナを奪い合って装備を整えていく。
そして、タグを拾う仲間がいないためリスポーンはできない。
HPがゼロになれば、即ゲームオーバーで、ロビーに戻される。
つまり、初動がすべてを決める。実はソロミッションこそ、ユウマが最もやりこんだゲームモードだった。
――しかも、さらにユウマには有利だった。
彼にとって“最強”とは、高ランクの武器ではない。
軽く、癖のない、入手しやすいデフォルトM4こそが最強。
フルオートもついていない、三点バーストの貧弱な火力。
しかし、その分、弾の消費を抑えて、素早い立ち回りができる。
だから、コンテナを追わずとも戦える。
むしろ、コンテナを取りに行こうとする鬼たちを狙撃できるのだ。
「……デフォルトで十分だ。いや、デフォルトがいい」
その言葉は、自信ではなく“確信”だった。
ロビー端末に指を置く。フリーランクのソロミッション。
光が走り、システム音が響く。
――“SOLO MISSION ENTRY: CONFIRMED”
視界が白く染まり、地面の感触が消える。
浮遊感。
次の瞬間、ユウマはフィールドに立っていた。
素手。風の音。遠くで爆発。
「……始まったな」
彼は息を吸い込み、静かに拳を握った。
視界が戻る。
足元にはひび割れたアスファルト。
霧の中に瓦礫の住宅地が並んでいた。
遠くで断続的な銃声――もう戦いが始まっている。
ユウマはしゃがみ込み、耳を澄ませた。
どこかの家の窓が割れる音。風の抜ける隙間。
気配を探りながら、泥棒のように慎重に歩を進める。
扉を押すと、蝶番がギィ、と鳴いた。
息を止め、隙間から中を覗く。
家具は倒れ、壁には銃痕。
床に、金属の反射。
「……あった」
拾い上げる。――ショットガン ベネリM3。
古いポンプ式。ブロンズランクの初期モデル。
錆びかけた銃身に、数発だけ残った散弾。
「……よりによって、これか」
ユウマは苦笑した。
近距離専用、単発高威力――それ以外の距離ではほぼ無力。
しかも、反動が強く、リロードが遅い。
アサルトのように“流れるようなリズム”では戦えない。
階上から、足音。
重い金属音が響く。
鬼だ。しかも装備重量がある――大型武器。
ユウマは壁際に身を寄せた。
やがて、階段を下りてきた鬼の手に光る銃身。
ブロンズのライトマシンガン(LMG)、RPD。
LMG特有の鈍重なフォルム。
連射速度はアサルトより遅いが、装弾数は倍以上。
火力と持久力で押し切るタイプだ。
「厄介なのを引いたな……」
鬼がこちらに気づいた瞬間、銃口が火を噴いた。
――ダダダダダッ!
弾丸の雨。
壁が削れ、破片が顔に飛ぶ。
LMGの音は腹の底を震わせるような重低音。
ユウマはとっさに床へ伏せ、ショットガンを構えた。
「くっ……!」
撃つ。――パンッ!
反動が腕にのしかかり、銃口が跳ね上がる。
散弾は壁をえぐっただけで、鬼には届かない。
次弾を装填。ガチャリ。
鬼のマシンガンが再び唸る。
火線が床を這い、家具を粉砕していく。
「やっぱり中距離じゃ通らねえ!」
ショットガンは距離が開くと、弾がばらけて威力が一気に落ちる。
対してLMGは、弾幕で相手の動きを封じることができる。
力任せの連射――それだけで脅威だった。
ユウマは息を整え、距離を詰めることを決断した。
壁際を滑るように移動し、音を殺す。
鬼のリロードの隙を――狙う。
カチン。
LMGのボルト音が鳴った。今だ。
ユウマは飛び出した。身体が重い。
鬼が振り向く。
引き金を引く。――ドンッ!
散弾が至近距離で炸裂。
鬼の胸部アーマーが砕け、後ろにのけぞった。
ユウマは間髪入れずポンプを引き、二発目を撃ち込む。
――ドンッ!
今度は命中。鬼が倒れ込む。
息を吐く。心拍がHUDに赤く点滅していた。
「……やっぱり、ショットガンは賭けだな」
火力は強い。だが、距離を間違えれば死ぬ。
アサルトなら、呼吸で弾を刻みながら押せた。
ショットガンは、呼吸を止め、一撃に賭ける武器。
ユウマは鬼の武器を拾い上げた。
重い。LMG特有の慣性。
銃口をわずかに動かすだけで、腕全体が引っ張られる。
「やっぱり……これじゃ、俺の動きが鈍る。だめだ。ショットガンのほうがまだマシかよ」
ショットガンを背負い直し、息を整える。
次こそアサルトを見つけなければ――そう思いながら、
ユウマは静かに廃屋を後にした。
次の家屋に入ったときだった。
奥の部屋に、小柄な鬼がひとりいた。
灰色の制服に、短く切りそろえた黒髪。
手には――デフォルトM4。
ユウマは息を呑んだ。
人間と見まごうほど整った顔立ち。
その表情に、恐怖の色が浮かんでいる。
「動くな」
ユウマは反射的にショットガンを構えた。
背後を取って、銃口を少女の背中に押し当てる。
「ひっ……」
少女が小さく震え、銃を手放す。
M4が床に落ち、金属音が響いた。
ユウマの手が汗ばむ。
撃つ気はない。けれど、油断すれば逆に撃たれる。
――この世界では、ためらいが死に直結する。
「武器を置け。それで終わりだ」
「こ、こわい……」
震える声。
ユウマは、ほんの一瞬だけ銃口を下ろしかけた。
その瞬間、HUDが反応した。
視界の端に文字が浮かぶ。
――HUDがちらついた。
【スキル発動可能条件:接触(唇)】
コンマリのAI管理を解除します。
息をのむ。まさか、あの“隷属のスキル”が……?
ユウマは迷った。
これは戦術か、それとも暴力か。
だが、撃ち合いになれば彼女も死ぬ。
「……悪く思うな」
額にそっと触れるように、唇を近づけた。
瞬間、少女の体が紫に光り、空気が震えた。
「はぁ……っ、これは?」
HUDが点滅する。
【隷属Lv1:契約成立】
コンマリ ランク:C
光が収まると、少女は瞳を伏せて小さく頷いた。
「……命令をください、ユウマ様」
その声には怯えではなく、静かな服従が宿っていた。
ユウマは銃を下ろし、深く息をついた。
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