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本編
12】重なる手
しおりを挟む振り返る気配に慌てて目を瞑る。
寝たふり。
昔と変わらないです。僕は進歩してません。身体は新しくなったのに…。
ギシッとベッドが沈みました。
傍に彼が来たのが分かります。
ますます目が開けれない…。息も潜めてじっとしてます。あっちに戻ってくれッ。
「寝たふりは相変わらずだな…。起きてるのだろ?」
髪を梳かれた。
触れた指にビクッとしてしまって、起きてるのがバレバレです。その前にバレてるようですけど。
彼の声は柔らかく落ち着いてる。笑ってる雰囲気さえ纏ってる。
こんな落ち着いた領主さまの声を聞く事はほとんどなかったと思い返していました。
髪を梳いてくれる手が気持ちいいです。力の入った肩から力が抜けていく…。
ひと呼吸置いて、恐る恐る目開くと、柔らかく微笑む領主さまが居られます。
返す言葉もなく、ぎこちなく微笑みを返しましたが、なんとも言えない空気が…。
起きあがろうか、どうしよう…と迷ってる内に、ベッドに手をついておられた領主さまが腰を下ろされました。近いです。
このまま横になってるのが楽と言えば楽なんです。裸ですし、身体がどうにも重くて…。起き上がるタイミングが……難しいです。でも、失礼ですよね…。
「どこから話そうか…」
ぽつりと呟かれます。僕を撫でるような手は止まってくれません。耳も触ってきます。耳朶をぷにぷに触られては、気恥ずかしくて…。
「私が話さなかった事で、あなたに逃げれる事になったのだから、自業自得だな…。若さからのだったのか…変な矜持というか。そうですね…馬鹿だったって事です」
髪を梳かれながら、領主さまの懺悔のような告白を聞く事になったようです。話を遮る訳にもいかず、起き上がるタイミングを完全に逸してしまいました。
彼は、若くして領主を継いだ事で、日々の政務に苦労されていたそうです。教えて貰ってる最中である程度は分かっていても、知らない事の方が多く、引き継ぎも不十分な中、なんとか処理していくので精一杯な状態だったと…。
そんな中、光属性の後発発現者の報告があがってきたのは、ただただ面倒でしかなかったとの事でした。
だから、処理を後回しにしていたら、益々面倒になって、放置していたそうです。ひどいです。
そうこうする内に、処置の催促が来て、気晴らしがてら馬を駆って向かったら、僕がいたのだそうです。あの頃は敷物を敷いた床で薬を作ってましたかね…。
光属性などというから、うら若い乙女かと思えば、男。歳を訊けば、思った以上にくっている童顔のおっさんだったと。笑っています。なんだか釈然としません。
不満が顔に出てたのでしょうか…「すまん、すまん」と僕の頭を撫でて笑ってます。今度は声を出して笑ってます。なんだか傷つくんですけどッ。
でも、こんな風に笑えるんだと、細くなる目を見つめて、僕も笑っていました。
穏やかな時間が流れています。
あの放置状態で、唐突に進んだかと思えば変更…そして、停滞。突然の連行。……なんだか振り回された感じだったのを覚えています。領主さまの返事で事態がくるくる変わっていたのですね。納得はしましたけど、なんだかひどい気がします。
「貶すような言い方をしてしまったが、今だから言える。私は、あの時、おっさんだと思ったあなたに一目惚れしてたんだ。だから、手元に、目の届くところにと呼び寄せたんだと。無意識って怖いが、判断に間違いはなかったと思ってる」
ほんのり頬を染めて言われる表情に釘付けになった。
???
なんと言われた?
「自分の気持ちにもっと早くに気づけば…いや、気づいた時に、好きなら好きとはっきり言えば良かったんだ…。ぐだぐだと考えて…遠回しにしていた。格好良く見せたかったのかな…」
彼は、過去の時間に戻ってるのだろうか。彼の様子にとても曖昧な、歯切れが悪くて、もやもやしてしまう…。
「言えば、拒否されるかもなんて考えて…。あわよくば、あなたから言ってくれたらなんて…。あの状況をいいように解釈して、拒絶されないのをいい事に、曖昧な関係を続けていた私が悪かった。ああすべきじゃなかった」
分からん。
キョトンと見上げていた。
「今も昔も、あなたの事が好きです」
???
何を言い出した???
顔の横に両手を置かれて、真上に彼の顔が。見下ろされて、どこにも逃げれません。
「逃げないで下さい」
読まれてる。今も逃げたいが。落ち着けば、この屋敷からも消えるつもりだったんですが。
視線がうろうろ。どうしたらいいんだろう。取り敢えず、今の状況からすぐに逃げたい。なんだか追い詰められた感じがする。落ち着かないッ。
好き???
単語が頭の中をぐるぐる回る。
好きなのは、僕の方で。
でも、これは言ってはいけない気がして……。
好きって何?
奥さまは?
どうしよう……。
逃げたいッ!
布団を握りしめて、ジリジリ引き上げて、顔を隠し、モソモソと潜り、頭を完全に隠してしまったのです。
彼の視線から逃れたいッ。
「エミル…」
なんて声なんだ。甘ったるく、縋り付いてくる声音…。心臓が飛び出しそうに激しく波打ってる。
考えないといけないのに、考えれない。
息苦しくて、締め付けられるように辛くなるんです。でも、何か言わないと…。
「僕は、ただの、薬師です」
顔が見えないので、少し落ち着いてきました。言葉を絞り出すように紡ぎます。訳が分からないです。
「分かってます」
領主さまも怒ってる風でもなく、淡々と返してくれます。その様子に少し落ち着いて来て…。そうですよ。ただの薬師です。
息を継いで、声を絞り出します。頑張らねば…。
「若くもない、男です」
奥さまに悪いのです。僕にはもう関わらないで下さい。
そうした方がいいんのです。
「分かってます。ただ、今は私の方が年上かも知れませんね」
そうなの?
静かに時が流れていきます。あっ、そうじゃなくて…。やっと頭が回り出しそうだったのに、年齢とか考えてる場合じゃなくてッ。
「薬の類しか物を知りません。旅に出ましたが、助けてくれる人の世話になって、自分で一からした訳じゃなかった。何も出来ない人間です」
僕はどうしようもない人間なのだと伝えないといけません。奥さまのところに帰って下さい。
どうしようもない人間なのですから、放って置いて下さい。
捨て置いてくれればいいのです。
そう伝えたかった。
伝わっただろうか?
少しの沈黙の後、言葉が降ってきました。
「グラントリーの事なら知ってます。会いました。彼はあなたに振られたとしょげてましたよ」
へ?
思いがけない人の名前が、彼の口から出てきて、軽く混乱して、内容まで入って来なくて、あれからどうなっただろうと思ってた人。聞き直したくて、彼の事が知りたくて、思わず顔を出してしまった。
「彼は自国に帰りました。あなたを探してましたが、砂漠までしか足取りが掴めず、自国に帰る期限ギリギリまで粘って探してたようです」
赤い瞳とばっちり視線が合います。笑っておられます。僕の顔が見れたのが嬉しいという感じです。淡々とした口調に合ってませんけど…。
「自国?」
僕も欲が先行してしまって、尋ねてしまったッ。
「随分と遠方の、北の方の国の王族だと言ってましたね」
ニッコリ笑って答えてくれました。声音と表情が合ってません。
「おや、王子さまでしたか」
育ちが良さそうだとは思ったけど…、王子さまだったとは…。
「エミル? 逃した魚は大きい、ですか?」
拗ねたような口調の声音に驚いて、また潜ってしまった。
怒ってる?
圧を感じます。何か言い訳…じゃないけど、何か言わないとッ。でも、なんで言い訳しないといけないんですか???
「ふ、振った覚えはない。好きだって言われなかったもん。だから、逃したって、そんな事、思わないよ」
なんとか思った言葉を早口で外に放り出して、身体を小さくして、構えます。もーッ、なんなんですか???
なんで怒ってるの???
確か…彼は…、僕を気持ちいい存在だって言った。僕の隣りにいたいみたいな事言われた…。これ? 恋人的な事だったの?
なんだか腹が立って来ました。
「隣りって……分かりにくい。冒険者の相棒かと思った。薬師だから難しいって感じの事言ったよ」
心の声が外に出てました。ブツブツと文句が垂れ流しです。だって、あんなの分からないじゃないですか……。僕はそんな気で旅に付き合って貰ってたんじゃないのにッ。
「彼も似た者でしたか」
顔が見えない彼が笑ってる。
空気が和らいだ。
機嫌が治った?
グッと握っていた手を少し緩める。
「私も学びました。あなたには、はっきり言わないと伝わらない。あなたはのんびりしてて、流されて、なのに、突然思い切った事をして。私は森をひとつ焼いてしまいましたよ。魔獣も随分と殺してしまった」
「なんで?!」
そんな酷い事を?!
大陸の森が消えた的の話は、噂話が大袈裟になってると思ってたのに。
噂というのは大きくなって広がるものだから。
目だけ出して彼を見遣る。なんでそんな恐ろしい事を?!
魔獣は人と争いたいとは思っていない。襲われれば反撃はするが。彼らは森の守護する存在だったはずなのに…。
「あなたが帰らないから、石を探ったら…森を示していて…。手がかりが、森にあって、雨の中のあの惨状。今思い出しても…気が狂いそうに辛い」
辛そうに歪む顔に思わず手を伸ばしていた。そんな顔は似合わない。
僕は邪魔者だから去ったのです。
僕は監視対象だから、あれぐらいしないと、あなたに迷惑がかかってしまうと思った。
魔獣には悪かったけど、僕には、あれぐらいしか思いつかなかったのです。
顔に触れる前に手を掴まれましたが、全然痛くなかったです。動きも制限された感じはない。
そっと添えられるだけの手。
大きくて、荒れた手。
「石の気配を探って、魔獣の腹から見つけた時は……。気づいたら、森を焼き払って、魔獣を探し回り殺して。彼らを殺してた…。馬鹿ですね」
頬に手を触れる。添えられてる大きな手が温かい。
「耳の欠片しか見つからない。あなたを全部見つけたかった。方々に報酬を添えた依頼を掛けました」
あれだけではダメだったの…?
「そうか。すみませんでした。そんな大事に。ただ、死んだと思ってくれると…」
あの荷物の状態と耳が見つかれば、厄介者が死んだとなって終了だと思ってた。
「愛してる人を失った絶望感はもう味わいたくない…」
ちょいちょいなんだか恥ずかしい言葉が挟まれてくる。
「暴れ回ってたら、王都の王太子から呼び出しをくらいましてね。それで自分の状態を客観視できたんですけど…後の祭りで…」
僕が青くなってしまった。大変な事してたんだ。目の前に彼がいるからそこを失念してた。でも、呼び出し?
魔獣を殺し回ってたら、王都から派遣された誰かに有無を言わさず殺されてただろうに…。
「王太子とは学友でね。事の顛末を吐かされて、思いっきり説教されました」
苦笑い。
あら、そのお顔もかっこいいですね。いい男になりましたね。
呑気にそんな考えが浮かびます。
頬を撫で、目尻を指でなぞります…。
「今の領主さまなら、奥さまも惚れ直しますね。いい男っぷりです」
僕は惚れ直してしまいました。なんだか嬉しくなってそんな事を言ったら、思いっきり睨まれた。
怖いッ!
手を引っ込め、首を竦めた。手は簡単に離れました。
「奥さん? なんですか、それ。でね、王太子からあなたが生きてるだろうと言葉と助言をいただきましてね。それからは、あなたに関わりそうな噂話やそれらしい話を掻き集めましたよ。助言通り、領地の復興と後継者の育成。自分の後始末もしっかりとしましたよ」
『褒めて』というような口調で言ってます。不思議な感じ…。
「申し訳ありません…」
ホント、申し訳なく思って、謝ってました。
思い返せば、僕は旅を楽しんで、新しい商売にワクワクしてました。のんびりゆったり、ただただ、楽しくのんびり過ごしてました。
「楽しそうでしたね。グラントリーから聞きましたよ。アイツ、私に嫌味でも言いたかったのですかね。一緒にいた頃の話を楽しそうに話してくれました。仄かな魔力の匂いに嫉妬して、あなたに当たってた事も散々詰られもしましたよ」
そうじゃないと言いたげの拗ねた感じがします。
「そうだったんだ…」
当たられてたんだ。なんとなくそうじゃないかなぁとか思った事もありました。合ってましたね。
「私はあなたの事を愛してます。ヌシさまも話を聞いてくれました」
また変な事を言う。
「あー、そうなんだ…」
ヌシさま辺りは色々と墓穴を掘りそうなので、ぼやかしたい。
「ヌシさまは、ひと眠りしたら、旅立つと言っておられましたよ。移動できるのは、あなたのお陰だそうですね」
「へー、そうなんだー」
ヌシさまとはどんな話をしたのやら…。ヌシさまは何を喋ったんだろう…。どこまで知られてるのかだけで頭がいっぱいで、返事がおざなりです。
「私はエミルが好きです。愛してます。あなたは、どうですか?」
なんか、直球きた!
「好き? ぼ、僕? あ、えーと、領主さまの事?」
頷かれる。
「もう領主じゃないです。ここの管理を任命された者です。ただのヴィクトルです」
後で知ったけど、ただのじゃなかった。このオアシスを収めてる領主みたいな事していた。他国の人間だから、複雑な事になってたけど。
「ヴィクトルさま…」
名前を口に出すだけで、胸がぽわぽわ温かくなってしまう。ニヤけそう。
「はい」
真剣な声と眼差しの領主さま。
「僕は、たぶん、えーと…」
モソモソ潜った。恥ずかし過ぎる。
目を見てなんて……ムリッ!
「好きです!」
しっかり潜り込んで、ぎゅっと目を瞑って叫んだ。
言ってしまった。
逃げてない。僕の気持ちから逃げてるけど、だって、僕は邪魔者だったんだから、消えた方がいいって、頑張って去っただけなんだ。
「好きだから、消えました。死んだ事にしようと思って。奥さまに悪いと思って」
言っててしまった。
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次回、本編でのエミル視点のお話が最後になります。
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