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9.なんでこうなるんだよ…。
しおりを挟む「あら、可愛らしい」
酷い顔になってる事を自覚してる王妃さまはハンカチで巧みにそれを隠してる。
その様子に聡い我が子が、「来客中に失礼しました」とどこで学んだのか優雅なカテーシーで非礼を詫びてさっさと退出して行った。
やっと追いついた甥っ子がこちらには入って来ずに向こうでオロオロしてる。分かるよ…。すまん。
気まずそうにオレに会釈して通り過ぎた娘を追いかけてくれた。
さて、どう誤魔化そう…。取り敢えず、自分の分のカップを持って座った。車椅子が軋む。
「ご結婚を?」
王妃さまが澄んだ声で明るく尋ねてくれた。
「いいえ、あ、まぁ…」
あちゃーッ! ハイって言えば良かったぁ~。動揺し過ぎて素が出たぁぁあ!
「お幾つですか?」
「今年で10…才です」
バカだ、バカだぁああああ!
脳内のオレは、七転八倒で頭を抱えていた。
「利発そうですね。学校は?」
「家庭教師をつけてますが、どこかにそろそろとは思ってます」
うわぁぁあああ…と脳内でゴロゴロとしてても、現実は何も変わらない。
彼女がじっと見てくる。
綺麗な目です。
お手上げだ。
聞かれた事だけを素直に話してしまおう。土台オレには無理だ。こんなに動揺してたら、何をしても流れを変える事なんて出来ない。
取り敢えず、茶を飲む。
動揺が頭の中を駆け回ってる。
あっ! オレが産んだって事にしなければ良いんだッ!
「陛下にそっくり」
お茶を溢してしまった。カップは落としてないので、セーフだが、この失態はセーフじゃない。
「そ、そうですかぁ~? 親戚の子を養子に迎えたんですよ。全然似てまへんにょ」
ちょい…否、めっちゃ噛んだ…。
誤魔化しにも何にもなってない。
片付けながら、彼女の様子をチラッと見たら、クフフ…と笑ってこちらを見ている。
「心配しないで下さい。今まで通り。自由は守られます。もし、何か必要になれば頼って下さい」
「あなたはどこまで知ってるんですか…」
降参だ。
「そうですね…。陛下の心を動かした人はあなた以外にいないと云う事でしょうか。あなたを繋ぎ止めてたくて『正妃に』と言ったんですってね」
「無理です」
あの方はこの方に何を話したんだ…。
「…戸惑いますわよね。好きで好きで燃え上がってしまって、仕方がなかったそうですよ。私としては、側妃で良かったのではと思ったのですが、恋心とは燃え上がると陛下でも周りが見えなくなってしまうんですね」
彼女は、薄化粧もあったのか、うまく指とハンカチを使って化粧崩れを整えて、紅茶を優雅に飲んでる。
「私もあなたの事が好きなんですよ。陛下のような燃え上がるような恋心ではないけど、憧れのようなものでしょうか…」
微笑まれてしまった。
オレは固まってしまった。好き? 恋心? はぁ? はぁああ???
「同じ方を好きでいる間柄で結ばれてるかも知れませんね…」
オレ…?
「陛下とは…、国を導き育てていく、同志のような関係でしょうか。夫婦ですから、私とは肌を重ねるのですが…。アレでしょ? …私、最後までは無理でしてね…」
まぁ、陛下もアレの大きさで躊躇してたって言ったが…。
「陛下がお辛そうだから…。お身体に影響があっても良くないので、お相手が出来る方を迎えて良いと言ったのですけど…。側妃も迎えようとしませんの」
絶倫とも言ってたが…。結婚したら義理立てするんだ。誠実だよな…。陛下らしいかな。
「それで…、全部告白して下さいました。陛下はあなた以外は考えられないのでしょうね…。そして、後悔されてましたわ。あなたに逃げられたのが堪えてるのね」
よく分からん。
逃げた?
そんなつもりはないけど、結果そうなのか?
陛下が迎えに来ると言ったら来そうだと思った。オレの意思はどうなんだって思った事もあった。兄上にも陛下はオレへの熱い想いを語ったと言ってた。
そんな状態だったから、家族が、兄上が取った行動は結果としてオレを隠した。
陛下はオレに義理立て?
「私、今も、挑戦はしてはいるんですけど…。子どもは、お医者さまの力を借りました。お腹に入れて貰ったの」
確か彼女の家は医療関係で秀でてたな…。
オレの存在って……。
陛下のお相手が出来る唯一って事?
オレの身体が目当て?
気分がスーッと冷えていくのを感じていた。百年の恋も覚めるってヤツか?
オレは、一層、死んだ事にしてれば良かったのではないだろうか…。
この人を大切にしてくれてるようだから良い人なんだよ。悪い感じの人ではなかった。あの時は、確かに燃え上がるようなのがあった。あったが…。
彼を好きだと思う。今も昔も。でも、これって思い出の中の事。オレ自身も言ったじゃないか。好きだったのは、昔の事だ。今じゃない。もう、好きじゃない。好きじゃない。二度と会わないって思ったじゃないか。
オレはぐるぐると頭の中に訳の分からないモノが渦巻き出した。
「あの…」
絞り出すように声が出てきた。
「はい…」
キョトンとオレを見遣ってくる。
「オレの、この現状を知ってるのは、王妃さまだけですか?」
「はい、誰も知りません。ご家族が隠されてるようで、こちらではあなたの生死さえも何も分からず。なので、直接お尋ねいたしました。陛下もそうだったのだと思います。だから、踏み込まずにしているのだと…」
使者の件か。使者は手紙の受け渡ししかしてないので、内容までは知らない。
「お願いがあります。オレは死んだ事にして下さい」
身体冷えてる。頭は冴えるように冷えていた。これが最善なのに今までオレは提案もしなかった。
家族は落ち着いたら帰れるようにと準備してただろうと思う。オレもいずれ帰ってくるつもりでいたように思う。はっきり思ってなくても、なんとなくそうだろうなぁと思っていた。
もっと早くに考えないといけない事だったんだ。
オレが妊娠してなければ、養子の件は発動しなかったかも知れない。
オレの過ちがみんなを困らせてる。
「あなたの口から告げられれば、陛下は信じるでしょう?」
ここにはもう帰らない。陛下にも会わない。オレはオレの人生を進む…。それでいい…。
「オレはここに戻る事は、「分かりました。陛下には、そう伝えます。あなたはもう違う人として人生を歩んでるって事ですね。ご家族がここまで隠されたんです。いずれはここに帰ってきて欲しいんでしょう…」
オレの言葉を遮り王妃が話しながら、オレに近づいてくる。
彼女の手がオレの顔を包むように添えられた。
「あなたがここを愛してる事は、あのダンスの時に分かってました。だから、ここにあなたは居ると勝手に思ってただけで。あなた方の幸せを踏み躙るつもりはありません。ただ、私がもう一度あなたに会いたかったのです。あなたも陛下を愛してるんでしょ?」
なぜ?
たった今、想いを断ち切ったんだ。
…想い?
オレは、陛下が……。
「だって、こんなに涙が…。陛下には会わないのは、私の事を思ってですか? 私の願いは、陛下の幸せです。ですが、同じぐらい、あなたの幸せも…」
微笑まれた。彼女の指がオレの頬を拭ってる。手を添えるようにそっと触ってみた。湿ってる。
指先を見れば濡れていた。泣いてるのか?
「踊って頂けませんか?」
彼女が手を差し出してる。
手を取った。
「喜んで…」
風の音を聞きながら踊った。鳥の囀りが聴こえる。
「幸せですか?」
「はい、とても…」
あの南の海の街で幸せに暮らしてる。この緑に囲まれてるこの土地も大好きだ。
「さっきの約束を反故にして申し訳ないのですが、陛下には、何も伝えません」
一瞬身体が固くなったが、微笑む彼女とゆったりした足運びに、真摯な意志を感じた。
「全ては、今まで通り秘密の森のベールの向こうですわ…。あとで、ここ固有の草花を見せて下さい」
くるくる回る彼女が華のようだ。
「はい、案内します。一緒に見に行きましょう」
彼女に任せていれば、大丈夫なような気がした。秘密を共有する友だちのようだと思った。二人とも足がふらふらになるまで踊った。
最後は、大笑いだった。
「父さま、店の前の大きい人どうにかしてぇ~」
奥で在庫をチェックしていたオレに、雑貨店の店主が板についてきた愛娘がブスくれながら言ってきた。
大きい人?
ふっわりと高めに結い上げたポニーテールが揺れてる。
大きくなった。立派な店主だ。
元はオレが店に立っていたが、彼女の方が客ウケも良く。商品の開発も優れていて、オレは材料の仕入れなどが向いてるので、早々に店を譲った。
化粧品や雑貨小物の店。
小さいながらも繁盛している。
結局、オレはこの南の地で貿易を生業にした。他民族の交流は楽しいし、新しい発見もあって勉強になる。苦い勉強も多々あるが、大きな損失はないのでヨシとしている。
チェック表のバインダーを彼女に渡しながら、外を伺う。何かを探してるようだ。キョロキョロしてる。ハンチング帽を被った大きな男の人だ。
仕入れと称して実家にも帰っている。馬で駆け回っている。ちゃんとハーブなどを仕入れて、同じ量の手土産を渡されてれ、戻ってくるという事をしている。
兄も領主を継いで、旅行どころではなくなったからこれでいいのだ。色々な土産話と品々は忘れない。甥っ子も結婚した。地元のご令嬢と縁があったようだ。
陛下は早い段階で退位され、現国王の支えになってるようだ。先王の統治は穏やかで賢王と惜しまれつつの退位であったようだ。新しい世には、その時代の王をと言われ、退位された。
あとを継がれた現国王も聡明であると伝わってきてる。
王妃さまとは、たまに手紙をやり取りしてる。領地で極たまに出会ったり…。
彼女は今、確か衛生関連の事業に本格的に取り組んでるはずだ。研究施設も作ったとか…。
しかし、こうも体格のいい男が小さな雑貨店の店先で彷徨かれては…。そこで入りたそうにしてるご婦人たちも困ってる。気づけよぉ~。
「確かに。ちょっと話してくるよ」
この土地の人ではないのは服装から分かる。言葉はオレの故郷ので大丈夫だろう。
「何かお探しですか?」
迷い人に手を差し伸べる。
「あー、ああ、すみません。石鹸を専門に売ってる店を探してるんですが」
ここの言葉で返事をしようとして、気づいて母国語に切り替えたようだ。手に紙を持ってる。その店の事が書いてあるのだろう。
振り返った男の顔にオレは固まった。
何故、ここにいる?
彼は、気づいてないようだ。オレも色白って感じじゃなくなってるし、随分と歳を取った。
動揺を悟られないように手元の紙を覗き込む。
ずるい。彼は渋いいい男になってる。
「…ここに行きたいんですか? 石鹸専門店じゃないですが、多分、ココです」
ウチの店を指差した。
店の中で娘が目を丸くしてる。『ウチに来るの?!』とでも言いたい顔だ。
確かに客層にいないタイプだな。
ご婦人方で賑わってる。もう少ししたら一旦客が引く。
「今は店が混み合う時間帯なので、時間をずらしましょうか?」
店の前の道から退いて貰った。往来の邪魔でもあったからね。オレに付いて来てくれた。
「何か事情が?」
「なんと言えばいいかな。奥さんの役に立ちたくてね。泡立ちが良くて安価な石鹸を探してる。出来れば、製法が知りたい」
奥さんか…。いい響きだ。彼女の微笑む顔が思い浮かんだ。
仕入れに来たのかと思えば、レシピを買いに?
取り引きというより、教えて欲しいと来た感じだな。取り引きなら、こんな形で行われない。
「作ったのだが、どうも上手く行かず、助言が貰えればと…。噂話を耳にして、思い立って来てしまった」
足が自然とオレが好きな高台の公園に向かっていた。
確か、娘が作った石鹸がご婦人の間で話題になってると、発生源の母が嬉しそうに言ってた。社交界から引退してる母だが、そういうご婦人同士のお茶会に行って、孫自慢をしてるのだろう。
彼女自身を自慢できないものだから、作った物を自慢してるんだな…。もう、母上さま~。
「ここからの景色は綺麗ですよ…」
彼と並んで、街並みの向こうに海が見える景色を紹介した。
「美しいですね…」
海からの風が吹き上がって来た。
遠くにウミネコの鳴き声が聞こえる。風に乗って来たのだろう。
「幸せですか?」
暫く無言でふたり並んで景色を眺めていた。
彼がハンチング帽を脱いで、風に髪を遊ばせている。綺麗な金髪は健在だ。髭は口髭は無くなって、短く整えられた顎髭のみになっていた。
オレは、いつの間にか、海ではなく、彼を見ていた。それに気づいたのは、彼に言葉をかけられ、灰色の瞳に見つめられた時だった。
「ええ、とっても…」
「すみません。すぐには気づけなかった。あなたは、すぐに私だと分かったんでしょ?」
「……はい」
「私は、あなたに酷い事をした。どんなに詫びたところで許されない事を…。命さえも危険に晒してしまった…」
「…だから、探さないでくれたんですか?」
懐かしい匂いに包まれていた。拒否すればすぐに解いてくれそうな抱擁だったが、オレは彼に腕を回していた。抱きついて顔を隠したかった。泣き顔なんて見られたくない。
陛下はオレが毒殺されそうになっていた事を報告書で知ったとの事だった。
その報告書は、王弟殿下から渡されたらしい。そのまま陛下の書庫に保管されていたが、いつの間にか失くなって。廃棄文書と一緒に処分したらしいとか。
実はそのあとの事は王妃さまの話で知ってる。処分作業をしていた文官がタイトルに衛生局の役に立つかもとこっそり移動させたのが事の顛末だった。
善意が転がって彼女とオレを結びつけた。
オレと彼女の関係を知ったら、陛下はどう言うだろう。言わないけど。この関係は彼女とオレの秘密。友人の秘め事。
ここに彼が来た事を彼女は知らないのだろうな。
「奥さんの事、愛してますか?」
オレとはこれ以上はダメだと釘を刺す。
「愛してる。だが…彼女は知ってるんだ…。私が、俺が、君が好きだって事。愛してるって事を」
苦しい程に抱きしめられてる。
「身体の相性が良かっただけですよ」
言いたかった事を言った。これで、お別れだ。
「それは、この気持ちの延長線上にあった事であっただけで…。好きで、堪らなくて…」
時間が巻き戻ってしまう。心臓の鼓動がオレを引き戻していく。ふたりの時間が巻き戻る。
「そなたは、俺を好いてはいないのか?」
ずるいッ! そんな甘い声で鼓膜を揺らさないで…。
「……好き。好きです。愛してます。うぐっ、うぐぅぅ…」
大泣きだよ。いい年した男が、大きな逞しいおじさまの胸で大泣きだ。
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ラストへ向けて、駆けてますよ~。
またまたエッチ無し回でございます( ̄▽ ̄;)
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