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後話》煙りはお好き?
しおりを挟むゆっくり上がる紫煙がふわりと揺れて広がる。
解けて広がり消えていく中に、新たに濃い紫煙が追加されていき、溶け込み、広がる。
「あ~、藍さん? 煙草辞めたんじゃないんですか?」
「んー、なんか口寂しくてさ。煙草屋さんの猫が可愛くって、撫でくりし放題。抱っこさせてくれるし。撫賃に買って来ちゃった」
煙草の箱をフリフリ。
灰皿にはもう何本も折れた吸い殻が。
根元まで吸わない人か。煙りと香りを楽しんでいるようだ。
白く長い指に細身の煙草が揺れる。
猫か……。ん?
にゃんですとーーーーーーーーーッ!!!!!
慌ててマスク装着!
心なしか鼻がムスムス、目がシパシパし出していた。
「藍さん! お寛ぎのところ大変申し訳ないッ!」
藍さんをベランダに追い出した。
煙草箱とライター、灰皿といった喫煙セットを渡し、ピシャリと掃き出しの大きな窓を閉める。
『え?え?どういう事ぉ~~~~?!』
ガラス戸の向こうで藍さんが俺に向かって訴えてる。追い出されたのが信じられないといった顔だ。
拝み倒して掃除を始めた。
諦めたのか室外機の上に灰皿を置いて、柵に凭れて風に煙りを流して遊んでいる。
風呂場に突っ込めば良かっただろうか……。
楽しそうに煙草を燻らしてる姿を見ると、ベランダで良かったかと思ってしまった。
粗方掃除して、お出かけ着もクリーニングの袋へ入れた。
あとは藍さんです。
ベランダを見て驚いた。
柵に大胆に凭れて、口から細く紫煙を吹き出し、腕を空に伸ばして風に煙草を当てて、流れる煙りを眺めてる。
そのままふわりと柵を越えても自然な感じに見える。空にふわりと浮かべそうな雰囲気だ。
ハタと現実に気が戻る。
ああああ! この人、危ねぇぇぇぇんだぁぁぁあ!!!!!
と、飛び出しかけて、ブレーキ!
驚かしたら、余計に危ないだろう。
平静で!
ガラス戸にあゆみ寄る。
動きが猫のようだ。
伸びてる猫。
猫? そんな可愛い代物じゃない。そうだなぁ……
豹だ。うん、黒豹の白版?そんなのがいたらだけど、藍さんの動きは白豹(勝手に命名)の滑らかな動き。気高い美しさがあった。
あー、俺、コレ、好きぃぃぃ……
語彙が死んだ。
ぽけっと見惚れてたら、俺の存在に気づいたのか。柵に凭れてニッコリと微笑む藍さん。
そろそろ出れるのかなぁて感じで立ち上がる。
思わず「好き」となんの脈絡もなく言ってしまいそう。
そっと少し開けて、「着替えて欲しいんで、それをコレに」と隙間から袋を出し、自分の服の胸元を引っ張って示す。
「ここで脱ぐの?」
受け取ってくれたが、咥え煙草で呆れ顔。
「猫の毛がどうなってるか判らないから…」
すまなそうに言ったら、煙草を白い指で掬うように唇から離すと灰皿に捩じ込み、脱ぎ出した。
さっさと全裸。うん、全裸。
えっ!全裸?!!!
あまりの当たり前な感じの動きに、ぼんやり見してしまった。
袋に入れたそれを持つとスタスタと中へ。
「シャワーしてくるわぁ~。片付けよろ~」
袋片手にお尻フリフリ去って行った。
煙草の箱が空です。
灰皿には半分も吸っていない煙草が幾本も押し消されていた。山盛りだ。
香りのいいところだけ吸って、煙りで遊んだらしい。シャボン玉かよ。
吸い殻、その他を片付け、掃除機、拭き掃除で仕上げ。カオルちゃん直伝のミルクティーと焼きたてクロワッサンを用意させていただきました。
冷凍パンって凄いよな。しかもオーブントースターでパンが焼けるんだゼ。ぷぅ~っと膨れて焼きたてパンの出来上がり。
ーーーーお酒の方が良かったか?
多分、その方が喜ぶだろうけど、辞めさせたい。
だって、飲みたいのはアルコール度数のキツイのだ。飲み過ぎるんだよ。酔っ払うと記憶が無くなるし。身体に悪い。絶対に悪い。
「あらぁ、いい香りぃ」
ぽわわ~ん宣いながら、ほこほこの藍さんが帰ってきた。
「青くん、ありがと」
俺の顎下に指を添えるとクイっと引き寄せられて、キス。
煙草臭いが、嫌な感じはない。不思議だ。
「猫、ダメだったんだ」
藍さんが白豹にしか見えなくなってきた。
ソファに座る仕草もカップを持つ所作さえ何もかも。
嗚呼、モフりたいぃぃ………
「猫アレルギーで。……猫は好きなんですが」
「そうなんだぁ。猫好きだとは思ってたよ。……猫グッズがさりげなくあるもんねぇ」
キッチンや棚に視線を向ける。
「それに『クーにゃん』って『にゃん』なんて付いちゃってるし~」
「ですよねぇ~………えっ?………えーーーーッ?!!!」
聞き流して、ストレスなく返して、イタズラっぽく笑う藍さんがこっちを見てて……気づいて、慌てた!
「あっ、えーと……俺も風呂入ってきます!」
逃げた。
なんで?!
バレてるって事でOK? OKなの?!
洗濯機にさっきの藍さんの服を突っ込み、自分も脱いで、服を放り込んでいく。
考え続けるが、答えが……
バレてる。バレてるよな?
藍さんは分かってるって事だよな……。
そういう事だよなぁ……。
では、記憶の方はどうなんだ?
不安定になってる感じは…ない。
カオルちゃんに相談?
いやいやいや、カオルちゃんは俺が『クーにゃん』だって知らないし。
いや待てよ。勘の良さそうな人だぞ。カオルちゃんが藍さんに言った?言ったのか??
ガシガシ頭を洗う。
無心に洗う。頭はぐるぐる……。
答えが定まらないまま、リビングに向かう。
コーヒーの香り。
見れば、食器は洗われ、コーヒーを淹れてる藍さん。
鼻歌でも聞こえそうに、楽しそうにドリップしている。
「あっ、もうすぐ出来るよぉ~。青くんみたいには出来てないかもだけど、飲もう」
隣にはこの前買ってきたチョコの缶がある。
藍さん的にはそれが食べたいらしい。
可愛いなぁと思いつつもどうも落ち着かない。
カップとチョコ缶をローテーブルに運んでる。
俺は動けないでいた。
「こっち…」
藍さんが俺の手を引いてソファに座れせる。
隣に座って、チョコを選んでる。
「なんで知ってるか、不思議?」
赤い宝石のようなのを摘んで、こちらをみる。
イタズラっ子の表情。少し垂れた目がキラキラしてる。秘密の暴露を楽しんでる。
「そうですね」
嗚呼、知りたいですよ。
「随分前だけど、配信中、笑ってたでしょ? ものすご~く」
ぽってりした唇が開きチョコが消えていった。
藍さんと暮らしてます。
アパートは引き払って、俺のところにやってきてくれた。
編集部屋では、相変わらずゲーム配信は続けていた。
藍さんがいない時や眠った後こっそり。辞めようかとも思ったが、習慣を辞めるのは難しい。ゲームをしてると配信したくなる。
頻度は落ちたが、編集作業の息抜きだったから尚更で。
確かにツボにハマったのか馬鹿笑いしたのをなんとなく覚えてる。
ほろ酔いでゲームして、習慣で配信もしてたような気がする。
あの配信は酷いものだったので翌日アーカイブから消したように思うが。
あれ!? あれなの?!
「そうそう。あれですよぉ~」
カップに口をつけてる。
俺の心の叫びを見透かした発言。
藍さんは超能力者ですかぁーーーーッ。
「だって、あんなに楽しそうに笑ってるんだよ? オレも混ざりたくなるじゃん」
起こしちゃったんだ……。
「ゲームしてたでしょ? 『クーにゃん』の見てみたら配信中。前から引っ掛かってた事が解決」
こちらを見る目はしっかりしてて……
「大丈夫。折り合いつくまでにはなったから。オレ忘れるの得意なの」
じゃあ、コレも忘れて……
「青くんのお陰。オレを愛してくれてるの分かるから。オレで居られる」
顔が近づいて、ふわりと唇が重なる。
チョコとコーヒーの香りがします。
甘くて苦い。
藍さんのようです。
スッと離れていく。
男前に笑ってます。
ドヤ顔です。
何に対してのドヤ顔かなんてどうでもいい。
せっかく淹れてくれたコーヒーだけど、今は飲めそうにありません。
「好きです。大好き!」
どっぷり藍さんに溺れてます。
自覚?無自覚?そんな事はどうでもいい。理由なんてぶっ飛ばす。喧嘩上等です!
ソファに押し倒してました。
うふふと笑う藍さんがゆったり俺を抱きしめてくれる。
「今度、ゲーム一緒にしよう?」
配信は終わりになりそうです。
「俺…『クーにゃん』でもいい?」
甘えてしまう。
揉み心地のいい胸に頬を擦り付ける。
「青くんの一部みたいなモノでしょ? 口の悪い青くんも新鮮で好き。あまりにおイタが過ぎると怒るけどね」
頭を撫でてくれる手にうっとり。
眠ってしまいそう。
「推しも手に入っちゃうってオレ最高過ぎない?」
藍さんがなんか嬉しそう。
俺なんか憧れも何もかも腕の中です。モフれます。
背を撫で、脇腹を撫で、裾から手を差し入れ、胸までスルスルと手を滑らせる。
胸をやわやわと揉んで乳首を指先で弾いた。
ひゃんっ!と声と身体を跳ねさせる。
ふふふと笑う藍さんを見ると、しっかりとした眼差しに安心しながら、唇を求めた。
チョコのほろ苦い味が広がる。
藍さんの味のように感じた。
甘く蕩かしてあげましょう……。
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