現実世界への戻りかた

蜜柑

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イフリートの鎧編

月給とおっさんの体臭

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 闇に包まれたルーファの森は不気味だった。
 獣の呻き、夜鳥の鳴き声。どちらも遠くから聞こえてくるが.... 油断はできない。
 大輔は辺りを警戒しつつ、焚き火で暖をとっていた。
 ゆらゆら燃える火からバチッと鳴り、大輔はその音に仰天し腰を抜かす。
 やはり一人だと心細い。知らない森なら尚更だ。
 「ルシアナちゃん早く帰って来てくれ.... 」
 大輔の命を不思議な力で助けてくれた彼女、ルシアナは『そろそろ夜がきます。火にくべる枝を取ってくるので大輔さんはそこで待っていてください』
 そう言って逞しく森の奥へと駆け抜けていったのだが、あれから数十分はたっている。
 枝を拾ってくるのにそんなに時間がかかるのだろうか。
 「どうも嫌な予感がする」
 大輔はルシアナが駆けていった森の奥を見る。夜のせいなのだがそこは暗く暗黒の世界に続くような気がした。
 大輔は固い唾を飲み込み、一歩踏み出す。知らない道を行くのはとても遠慮したいが自分の命を助けてくれた人を放ってまで逃げるほど恩知らずではない。
 大輔はじりじりと森の奥へと入っていく。その時だった。何か大きな物体が大輔の真上を通りすぎ、ドシャっと音をたて焚き火の近くへと落ちた。
 火に照らされたそれは、猪に似ているが頭に角が生え目も鋭い。見たことのない獣だった。
 大輔は呆然とそれを見ているとズルズルと何かを引きずる音が聞こえる。
 「そいつはルドルフです。枝を拾ってる途中で出くわしたので夕食にと仕留めました。
 それにしても大輔さんは運がいい。オルボルクの肉といいルドルフの肉といいどちらも最高級の肉にありつけるなんて」
 凛と澄んだ声。
 ルシアナが片手に大木を持ち戻ってきたのだ。大輔はお帰りと言おうしたが、何十キロもあるであろう獣を空に放った彼女の馬鹿力とまた肉かと思うと引きつった笑いしかでなかった。

 ルシアナ曰く加護で身体能力を跳ね上げたらしい。
 彼女は鮮度が大事と呟くと倒れているルドルフの血抜きを始めた。
 普通なら女性はこういった汚れる仕事は嫌がりそうな物だが、ルシアナは手を汚しても、頬に血が掠めても嫌がる素振り一つ見せず機械的に作業をこなしていく。 
 「て、手際がいいね.... よくこういう事しているの?」
 「.... 王国に遣える騎士だからといって一月の報酬はそこまで高くありません。貰えるとしても精々金貨一枚程度。武具の補強や食費に充てると直ぐに手元からなくなります」
 金貨といったワードに頭を悩ませていると、大輔さんが着ている衣裳上下を合わせて金貨一枚くらいの価値ですと付け加えた。
 このスーツは十二万したので、金貨一枚が十万程度かと大輔は解釈する。
 「え.... 月の報酬が十万程度って安すぎる!! 学生のアルバイトでも十万以上貰っていると言うのに」

 大輔の驚愕をよそにルシアナはルドルフの腹を綺麗に捌くとそこから拳一握り分の大きさはあるであろう胆嚢を取り出した。
 大輔はうへぇと苦虫を潰した顔をし何に使うのと聞く。
 「ルドルフの胆嚢は日に当て乾かせば胃薬としてそこそこの値段で売れます。大体銀貨五枚の値段でしょうか。因みに銀貨百枚で金貨一枚分です」
 「銀貨百枚で十万だから、一枚当たり千円か」
 ルシアナは胆嚢を見つめながら、深く溜め息を吐く。
 「騎士として働いてもたいした稼ぎにならない。
 だからこうして森に出歩き獲物を狩っては使える部位を市場で売り、金を稼ぐようにしてるんです。
 さぁ夕食にしましょう。本当は肉も持って帰りたいのですが、この量はとてもじゃないですが持ち帰るのに邪魔になります。それに獣にだって狙われる。ここは素直に夕食に使いましょう」
 そう言ってルシアナはルドルフから肉を切り抜き、木の枝に刺していく。
 大輔も見よう見まねでその作業を手伝うが、肩の痛みが邪魔して上手く刺せない。
 それを見ていたルシアナから私がやるので大人しく待っていてくださいと注意を受け、また大輔はぼぉーとゆらゆらと燃える焚き火を眺める。
 火が弱くなっていたので、近くに落ちていた木の枝を焚き火にくべた。
 「これからどうしよう.... 」
 それは独り言で言ったつもりだったのだが、ルシアナの耳に届いていたようだ。
 「どうしようもなにも大輔さんがいた世界に帰る方法を見つけるしかないと思いますよ」
 それは分かっている。分かってはいるが。
 大輔は頭をボリボリとかきむしり、深く溜め息をついた。
 「因みにルシアナちゃんは帰る方法とか分かる?」
 「いえ皆目検討もつきません。そもそも異世界は仮想のものだと思っていたので本当にあるなんて思ってもみませんでした」
 「そう.... それはそうだよね」
 大輔自信もまだここが異世界だなんて信じていなかった。
 しかし、見たことない獣や魔法を使う魔女を思い出して嫌でもここが自分がいた世界とはかけ離れている世界だと認識してしまう。
 もしや電車にもう一度轢かれれば元の世界に戻れるかもしれないと考えたが、まずこの世界に電車があるのか? それに轢かれれば必ず戻れるという保証はどこにもない。
 「どうしようもないじゃないか.... 」
 思わずポケットにしまった黒い箱を力強く握りしめてしまう。
 蓮奈は今頃どうしているだろうか。線路に落ちた時多数の目撃者もいた。
 きっとニュースにだってなっている筈だ。
 「馬鹿な事をしてなければいいんだけど.... 」
 蓮奈は強い人間だ。後を追うなんて考えるほど弱くはない。
 しかしそれでも気にはなる
 ゴソッと携帯を取り出し、大輔はそれを眺める。
 時刻は午前二時、日本でいう丑三つ時だが果たしてこの世界の時間を日本と同じように考えていいのだろうか。
 「相変わらず圏外か.... 」
 もし元の世界に戻ったら何件メールが着信履歴が
入っているのだろうか。
 蓮奈だけではない。会社の上司や後輩。親友に家族だって心配している。
 だから何としても.... 
  「.... 帰りたいですか?」
 ルシアナは焚き火の近くに刺した肉をたてると一人分を開けて座り聞いてきた。獣の臭いがうつらないように配慮しているのだろう。
 
 パチパチと肉の油が弾ける。
 「それは勿論帰りたいさ。大切な人が待っているんだ」
 「そうですか.... やはり大輔さんは運がいい」
 「え?」
 ルシアナは一つ一つ肉を裏返し均等に熱を与えていくとすぅーと瞳を閉じ、淡々と語る。
 「近々ローゼン王国では王妃の婚約の儀が行われます。各国の王や貴族が祝いに来るのですが、そこには滅多に現れない祭司様も祝いに来られる予定です。
 祭司様は世界のあらゆる事をご存知なのでひょっとしたら大輔さんいた世界に帰る方法も分かるかもしれません」
 「ほ、本当!?」
 あまりの興奮に大輔はルシアナの手を握る。大輔の瞳はキラキラと希望に満ちていた。
 「ここで嘘を言うわけないじゃないですか。それよりもはなしてください。獣の臭いがうつりますよ」
 「ごめん.... あっ、でも俺ローゼン王国に行く道を知らない」
 ルシアナはですからと言って未だ握ってきている大輔の手を振り払うと、こほんと咳払いをする。
 焚き火でそう見えるだけかもしれないが、彼女の頬は紅く染まっていた。
 「私がローゼン王国まで案内します。どのみちローゼン王国には帰るつもりでした.... きゃっ!」
 不意に抱きつかれ、ルシアナは取り乱したように声をあげるが大輔も取り乱したように喜びの声をあげていた。
 「ありがとう。ありがとうルシアナちゃん!! こんなおっさんの為に」
 「分かりました。大輔さんの感謝の気持ちは十分に伝わりましたので、離れてください! 臭いです」
 「ハハハ! 照れちゃって、大丈夫。俺が幼少の頃、じーさんがよく狸や猪を捕っては解体していたから獣の臭いには馴れているんだ」
 「そ、そうではなくて! が臭いんです」
 「え!」
 大輔は急いでルシアナを離し、体臭を確認する。
 しかし何ともない.... 少し煙草臭いのと泥の匂いがするだけだ。
 しかし匂いとは自分が思っていたよりも周りからは臭く感じられるもので。
 そういえばデートの時蓮奈がよく言っていた。
 『大輔~ちょっと臭うよ? 私は平気だけど他の娘は嫌がるから気にした方がいいよ』
 『余計なお世話だ。それに俺はお前以外と.... 』
 『あーハイハイ。そうだね。でも一応気にはかけといてよね。自分の彼氏が臭いなんて周りに思われたくないからさ』
 あの時はからかっているのかと思っていたが、ほんとなのか。本当に俺は臭いのか!!
 ルシアナは気まずそうに
 「近くに綺麗な湖があったので血を流してきます」
 そう言い残しそそくさと森の奥へと消えていく。
 これから彼女とどう接しよう。ポツンと取り残された大輔は今後の事を考えるのだった。
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