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「好きです。結婚してください」
何度目か分からない愛の告白に目の前の人物は頭を抱え、疲れた表情で私を見ている。
ローズ・スペンサー。それが今の私の名前。
元の私は、しがない会社員だった。その日は金曜日なのに珍しく残業がなかった。給料も出たばかりだったし頑張った自分のご褒美にと、ちょっといい肉と酒を手に、浮き足立ちながら混雑するホームで電車を待っていた。金曜という事もあり、ホーム内は帰宅者で溢れかえっていた。
そんな中、線路の近くで電車を待っていた私はドンッと大きく肩を押され、線路に落ちてしまった。そのタイミングで運悪く電車がやってきて、短い人生を終えた……
──……はずだったのに目が覚めたら、この身体になっていた。
当然、困惑したし混乱もした。だが、本体に残っていた記憶のおかげで何とか日常を送れている。まあ、元々楽天的な性格だったので、すぐに自分の置かれている状況を受け入れたと言う点が一番大きい。
だけど、たった一つだけどうしても受け入れられない事態が起こっていた……
◈◈◈
この国はリタニカと呼ばれる国。さほど大きな国では無いが、争いごとを嫌う国王のおかげか治安はすこぶるいい。更には火山性の温泉が湧き出しており、観光地としても有名な国。
ローズの父であるスペンサー公爵は騎士団の団長を務めており、引退した今では騎士団の指南役や陛下の側近として慌ただしい日々を送っている。
忙しい父に変わり、ローズを甲斐甲斐しく世話をしているのが義理の兄であるアシェル。ローズが10歳の時に父が再婚して兄妹になった。今では本当の兄妹の様に仲が良いと評判だ。
──……と言うのがこの身体に残っていた記憶なのだが、問題はここじゃない。
死ぬ前の私の記憶と、この身体の持ち主だったローズの記憶を掛け合わせて気が付いた。
(もしや、ここは乙女ゲーム?)
それはローズになる前の前世で、自分が寝る間も惜しんでやっていた乙女ゲーム『恋に落ちたら』のヒロイン、ローズに憑依していたのだ。
しかも、既にエンディングを終えていた。ヒロインであるローズは王道の王太子ルートを突き進んだらしく、めでたく王太子との婚約が確約されていた。
最初は間違いであってくれと願ったが、殿下自らローズに会いに来たことでその願いは虚しく散った。
「どうした?顔色が悪いようだが……」
「ああ、すみません。少し考え事をしてました」
心配そうに顔を覗き込んできたこの人は、レオンハルト・シュヴェンター。この国の王太子で攻略者であり、今の私の婚約者でもある。
レオンはまさに絵に描いたような王子様で、顔良し性格良し器量良しの超優良物件。ローズが好感度を上げまくってくれたおかげで、レオンがローズを見る目は熱を持っており、完全に恋している者の目をしている。
だが、私はどうしてもその目を直視できない。
なにもレオンが嫌いと言う訳ではない。元々プレイしていたのだから、それなりに愛情と愛着があるから嫌いなどなれない。それでもこの人は結婚出来ない。いや、したくない。──何故なら、私には好きな人がいるから。
「ゼノ」
「はいはい。呼んだ?」
レオンが名を呼ぶと、一人の男が現れた。
ゼノと呼ばるこの人物はレオン直属の影で、今は婚約者になったローズを護る為に、護衛兼影として傍にいてくれている。このゼノこそが、ローズの想い人。
ゲームの中のゼノは、俗に言うサブキャラポジションで格別目立った動きはなかったし、腰巾着の様にレオンの端に映っていた印象だった。
イケメン揃いの攻略者に対して、ゼノは全体的に良くも悪くも普通。なんなら影の人物という事もあって、少し近寄り難い雰囲気すらある。
私からすればミステリアスな雰囲気と、見た目がモロタイプ。
ゲーム仲間からは批難続出だったが、そんなもの唯我独尊。自分は自分で他人は他人。言いたい奴には言わせておけばいい。
そんな訳でローズになって初めてゼノを目にした時は、嬉しさのあまり動悸と酸欠で倒れたのは記憶に新しいところ。
「ローズ?」
ぼんやりとしていると、レオンが声を掛けてきて我に返った。
「やはり体調が悪そうだ。ゼノ、すまんが部屋へ運んでくれ」
「それは俺の仕事じゃないでしょ。目の前に婚約者がいるんですよ?」
面倒くさそうに言うゼノ。主でありこの国の王太子であるレオンに対して無礼な態度だが、レオンは咎めることはしない。むしろ、レオンの方がバツが悪そうにしている。
「それは分かっているが、私はすぐに城へ戻らなければならんのだ……ゼノ、頼む」
レオンの真剣な表情に流石のゼノも「分かった」と溜息交じりに承諾した。
「もう少し話したかったが、すまない」
名残惜しそうにローズの頬に優しく触れながら言われた。こんな表情を見てしまうと、罪悪感で胸が痛む。
レオンが好きだったローズは今はいない。出来る事なら婚約を破棄したいが、こればっかりは自分らだけの問題ではない。下手をすれば爵位返還の上に国外追放、一家離散なんてことだってありえる……
(何度婚約前に戻って欲しいと願った事か……)
「姫さん?」
「──んあ!?」
色々考えている内にレオンは城に戻って行ったらしく、気が付いた時にはゼノの顔が息のかかる距離にあった。
細身の割にがっしりとした体格のゼノは、ローズを軽々と抱き上げ軽やかに階段を上がっていく。全身でゼノの体温を感じ、ローズの心臓は煩いくらい脈打っているのが分かる。ゼノに気づかれるのでは無いかとヒヤヒヤしていると、クスクスと笑う声が聞こえ顔を上げた。
「赤くなったり青くなったり、あんたの顔は忙しないな」
眉を下げて笑うゼノの顔を見たら、ドクンッと想いが込み上げてきて無意識のうちにゼノの服を掴み、縋るように口が開いた。
「好き」
何度目か分からない愛の告白に目の前の人物は頭を抱え、疲れた表情で私を見ている。
ローズ・スペンサー。それが今の私の名前。
元の私は、しがない会社員だった。その日は金曜日なのに珍しく残業がなかった。給料も出たばかりだったし頑張った自分のご褒美にと、ちょっといい肉と酒を手に、浮き足立ちながら混雑するホームで電車を待っていた。金曜という事もあり、ホーム内は帰宅者で溢れかえっていた。
そんな中、線路の近くで電車を待っていた私はドンッと大きく肩を押され、線路に落ちてしまった。そのタイミングで運悪く電車がやってきて、短い人生を終えた……
──……はずだったのに目が覚めたら、この身体になっていた。
当然、困惑したし混乱もした。だが、本体に残っていた記憶のおかげで何とか日常を送れている。まあ、元々楽天的な性格だったので、すぐに自分の置かれている状況を受け入れたと言う点が一番大きい。
だけど、たった一つだけどうしても受け入れられない事態が起こっていた……
◈◈◈
この国はリタニカと呼ばれる国。さほど大きな国では無いが、争いごとを嫌う国王のおかげか治安はすこぶるいい。更には火山性の温泉が湧き出しており、観光地としても有名な国。
ローズの父であるスペンサー公爵は騎士団の団長を務めており、引退した今では騎士団の指南役や陛下の側近として慌ただしい日々を送っている。
忙しい父に変わり、ローズを甲斐甲斐しく世話をしているのが義理の兄であるアシェル。ローズが10歳の時に父が再婚して兄妹になった。今では本当の兄妹の様に仲が良いと評判だ。
──……と言うのがこの身体に残っていた記憶なのだが、問題はここじゃない。
死ぬ前の私の記憶と、この身体の持ち主だったローズの記憶を掛け合わせて気が付いた。
(もしや、ここは乙女ゲーム?)
それはローズになる前の前世で、自分が寝る間も惜しんでやっていた乙女ゲーム『恋に落ちたら』のヒロイン、ローズに憑依していたのだ。
しかも、既にエンディングを終えていた。ヒロインであるローズは王道の王太子ルートを突き進んだらしく、めでたく王太子との婚約が確約されていた。
最初は間違いであってくれと願ったが、殿下自らローズに会いに来たことでその願いは虚しく散った。
「どうした?顔色が悪いようだが……」
「ああ、すみません。少し考え事をしてました」
心配そうに顔を覗き込んできたこの人は、レオンハルト・シュヴェンター。この国の王太子で攻略者であり、今の私の婚約者でもある。
レオンはまさに絵に描いたような王子様で、顔良し性格良し器量良しの超優良物件。ローズが好感度を上げまくってくれたおかげで、レオンがローズを見る目は熱を持っており、完全に恋している者の目をしている。
だが、私はどうしてもその目を直視できない。
なにもレオンが嫌いと言う訳ではない。元々プレイしていたのだから、それなりに愛情と愛着があるから嫌いなどなれない。それでもこの人は結婚出来ない。いや、したくない。──何故なら、私には好きな人がいるから。
「ゼノ」
「はいはい。呼んだ?」
レオンが名を呼ぶと、一人の男が現れた。
ゼノと呼ばるこの人物はレオン直属の影で、今は婚約者になったローズを護る為に、護衛兼影として傍にいてくれている。このゼノこそが、ローズの想い人。
ゲームの中のゼノは、俗に言うサブキャラポジションで格別目立った動きはなかったし、腰巾着の様にレオンの端に映っていた印象だった。
イケメン揃いの攻略者に対して、ゼノは全体的に良くも悪くも普通。なんなら影の人物という事もあって、少し近寄り難い雰囲気すらある。
私からすればミステリアスな雰囲気と、見た目がモロタイプ。
ゲーム仲間からは批難続出だったが、そんなもの唯我独尊。自分は自分で他人は他人。言いたい奴には言わせておけばいい。
そんな訳でローズになって初めてゼノを目にした時は、嬉しさのあまり動悸と酸欠で倒れたのは記憶に新しいところ。
「ローズ?」
ぼんやりとしていると、レオンが声を掛けてきて我に返った。
「やはり体調が悪そうだ。ゼノ、すまんが部屋へ運んでくれ」
「それは俺の仕事じゃないでしょ。目の前に婚約者がいるんですよ?」
面倒くさそうに言うゼノ。主でありこの国の王太子であるレオンに対して無礼な態度だが、レオンは咎めることはしない。むしろ、レオンの方がバツが悪そうにしている。
「それは分かっているが、私はすぐに城へ戻らなければならんのだ……ゼノ、頼む」
レオンの真剣な表情に流石のゼノも「分かった」と溜息交じりに承諾した。
「もう少し話したかったが、すまない」
名残惜しそうにローズの頬に優しく触れながら言われた。こんな表情を見てしまうと、罪悪感で胸が痛む。
レオンが好きだったローズは今はいない。出来る事なら婚約を破棄したいが、こればっかりは自分らだけの問題ではない。下手をすれば爵位返還の上に国外追放、一家離散なんてことだってありえる……
(何度婚約前に戻って欲しいと願った事か……)
「姫さん?」
「──んあ!?」
色々考えている内にレオンは城に戻って行ったらしく、気が付いた時にはゼノの顔が息のかかる距離にあった。
細身の割にがっしりとした体格のゼノは、ローズを軽々と抱き上げ軽やかに階段を上がっていく。全身でゼノの体温を感じ、ローズの心臓は煩いくらい脈打っているのが分かる。ゼノに気づかれるのでは無いかとヒヤヒヤしていると、クスクスと笑う声が聞こえ顔を上げた。
「赤くなったり青くなったり、あんたの顔は忙しないな」
眉を下げて笑うゼノの顔を見たら、ドクンッと想いが込み上げてきて無意識のうちにゼノの服を掴み、縋るように口が開いた。
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